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□cruel to be kind
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カトレアの『秤投げつけ事件』は夕食前には全校生に知れ渡っていた。
おそらくあの場にいた生徒たちが広めたのだろう。
歩いていると、他寮の、主にグリフィンドール生から口笛や冷やかしを一心に受け、彼女は内心苛立ちを覚えた。
しかも問題はグリフィンドールだけではなかった。
ザビニから話を聞いたスリザリン生はカトレアかドラコ、どちら側につくか決める必要があったのである。
カトレアにすればどうでもいいことなのだが、彼らにとってはとても重要な意味を持つらしい。
今のところ、ほとんどが彼女の味方だったが、その根底にあるマルフォイ家の没落を意識せずにはいられなかった。
ドラコは医務室で鼻を真っすぐに戻す治療を受けると、そのまま寮に引きこもってしまったので、この状況が理解できているのか判断がつかない。

夕食を取る気にもならず、カトレアは談話室に戻ると暖炉の近くにある椅子に座った。
足を折り曲げその上に顎を置いて暖炉の炎がちらちらとうごめいている様子を見つめながら後悔の念に苛まれていた。
自分がやったことではなく、感情を爆発させてしまったことに。
人前であれほど感情をさらけ出したのは初めてだった。
我ながら品がないし、愚かなことをしたと思う。

しかしどうしても許せなかった。
養母に対する侮辱だけは。

ドラコとの関係は確実に終わったと彼女は確信していた。
もう二度と戻らないし、改善する余地もない。
わざわざ本を借りてまで仲直りをしようとした自分が馬鹿馬鹿しく思えた。

すると突然目の前に自分の鞄がぶらさがった状態で現れた。
顔を上げると、背後でノットがそれを突き出していた。
相変わらず無表情で、何を考えているのか分からない。
「忘れ物」
素っ気なくそう言ってそれをカトレアの足下に落とした。
「安心しなよ」
カトレアが何かを言う前にノットが言った。
「スラグホーンはきみに怒っていない。むしろさすがソーン家だって喜んでた」
その間放って置かれたマルフォイはお気の毒、と気を使っているのかぎこちない笑みを浮かべた。
カトレアはにこりともしなかった。
「実際はどこの馬の骨とも分からない娘だけどね」
フン、と鼻を鳴らし、そっぽを向くとノットは不機嫌そうに眉を上げた。
「食べ物でもそうだけど、僕に当たるなよ」
「当たってなんかないわ。ただむかつくのよ」
「言っとくけど、避けなきゃ僕が鼻を折ってた」
「あなたなら避けられると思ってたわ」
「きみは僕を買いかぶり過ぎ」
ノットは回り込んでカトレアの目の前に立った。
彼の黒に近い濃い茶色の瞳が、グレーの瞳を覗き込んだ。

「言っとくけど、僕はどちらの味方でもないし、きみのことをあれこれ言ったこともない」
ノットはゆっくりと、カトレアに言い聞かせるように一言一言強調しながら言った。「だから……」
「もし私が純血じゃなかったら?」
カトレアはノットの言葉を遮った。
挑むように顎を上げ、目を細めて目の前の痩せた少年を睨みつけた。

「それでも私のことを何も言わずにいられる?」

カトレアはソーン家に入って以来、同じような経験をしてきた。
誰もが突然現れた自分に驚き、最初は笑顔の仮面を張りつけてへつらってきたが、彼らが裏で何を言っているかは分かっていた。

出自も分からない子供。
純血なのかも分からない。
あんな子を養子にするなんてどうかしてる。

散々陰口を叩いてきた彼らが閉口したのはカトレアが美しく、才能溢れる魔女だということが分かったからだ。
カトレアは努力知らずの天才だったが、養母である前当主の評判を傷つけることはしたくないと思い、自分の言動にはことさら気をつけていた。
養母が自分の悪口のせいで悲しむことが何よりも嫌だったのである。
皮肉なことに当時のことを知っていた幼馴染みはそれがカトレアを最も傷つけることだと知っていた。
そして彼が知る限り最も残酷な言葉で、彼女の心を傷つけたのである。

そして今、この問題がまた浮上してきている。
スリザリン生がどちらの側につくかで揉めているのはこういう理由だからだ。

カトレアを純血だと認めるかどうか。

確かに彼女は純血であるシリウス・ブラックの娘だった。
ならもう一方の血は?
もし母親がマグルならば、彼らはありとあらゆる力を使ってカトレアを、そして養母であるオルガ・ソーンの名誉を傷つけるだろう。

それはカトレアが何よりも避けたいことだった。

セオドール・ノットにはこの思いは分からない。
何故なら彼は純血だから。
きっと彼も、カトレアに背を向ける連中の一人だから。
ノットは自分から目を反らし、暖炉の炎を眺めている彼女をじっと見つめた。

「―――好きにすればいい」

そう呟いてノットは彼女のそばを通り過ぎ、寮の階段を上って行った。

残されたカトレアはパチンと指を鳴らして暖炉の炎を消した。

9月なのに炎が消えた談話室は冬のように肌寒く、カトレアは両腕で自分を抱きしめた。
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