星屑ひろいの少年2

□地下の秘密
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「それにしても、この空間は、どこに繋がっているの?」
「富士山の近く」
「富士山の近く…青木樹海ってこと?」
 悠太は、以前何度か、その名前を聞いたことがある。富士山を取り囲む巨大な樹海で、中に入るとコンパスが効かなくなることから、ミステリースポット扱いされていた。毎年、何百人も自殺者が入って行って、戻って来なくなるのだ。
「そんな、こんなこと、どうして今まで秘密にしておいたんだ?」
「きっと、とても大事なことだったの。だから、隠した」
「自分たちの支配を絶対的にするために、知られちゃいけないことだったのか?そうか、だんだん上官が言っていたことの全部が分かって来たぞ!
 万梨阿を知っていれば、きっと彼女の能力に気付く。そうすればいつか、自分たちの計画の大事なところに、辿り着かれてしまうかもしれない。それは、自分たちの計画の中身を知られることよりも、もっとまずいことだったんだ。
 そうだ!そうだよ!でも、まさかこんなすごいことが出来るなんて…」
 悠太は、改めて万梨阿の持つ不可思議な能力の強力さに驚いた。彼女にとっては、フィギアを変形させることも、時間を加速させることも、大して難しいことではなかった。それどころか、その力を土台にすれば、科学の力では不可能な月面での活動も可能にできてしまうのだ。
「OISDは、ただの国際機関じゃないな。きっと裏に仕掛けがある!なんだ、誰なんだ!こんな、こんな仕掛けを作ってまで、月の上を支配しているのは…」
 その時、悠太たちは気付かなかった。
 目の前の景色に気を取られ、背後の岩陰に誰かがこっそり佇んでいることを。
そしてその誰かがこちらに駆けだしてきた時も、悠太は振り返る直前まで気づかなかった。そして、ふと背後を振り返った時には、すべてが終わっていた。
「ヴっ…!?」
 背後の異様な気配に振り返った悠太の口元に、いきなりガーゼが押し付けられた。そこからしてきたのは、以前舐めていたアルコール度数九〇%の『まずいジン』のようなアルコール臭だった。
 たちまち、肺にむかむかするような不快感が襲ってきて、思わず口元を押さえつける手を握った。
 そこに立っていたのは、迷彩柄のスウェットにズボンを履いたベレー帽の青年だった。彼は、悠太がみるみる身体の力を失っていくのを確認した。すると、急に腰から取り出した長さ二十センチメートルのプラスチック容器―それはどうみても注射器だった―を悠太の左腕の血管にむりやり押し込んだ。
 悠太の身体に、すぐに強烈な脱力感が襲ってきた。強烈な眠気で頭がボーっとする。それをまずい、と思う思考が働くが、それもすぐにボーっとする空白に塗りつぶされていく。
 強烈な脱力感と眠気に、悠太はすぐに倒れ込んだ。
―まずい、頭が機能していない。
 しかし、そういう自覚も徐々になくなっていく。
 注射器を指した男の顔をなんとか確認しようと、彼が振り向きかける瞬間まで、悠太はなんとか起きていようとした。
 すべては闇に溶け込み、意識は完全にそこで分断されてしまった。
 男は、万梨阿にまで注射器を打ち込むのに、三秒とかからなかった。そして、悠太同様、万梨阿が意識を失っていくのを確認すると、倒れ込む二人を眺めながら、ベレー帽を脱いだ。
彼は、二人を見下ろしながら、呟いた。
「コインのウラの次は、オモテが出ると思ったか?」
 彼は、左手に持ったコインを、空中でピンと弾いた。そのコインは、空中で弧を描いて再び手に収まると、裏向きの面を見せていた。
「ざんねん。ウラの裏がオモテの確率は、かならずしも二分の一じゃないんだぜ?」
 そのコインの両面には、裏向きのマークが掘り込んであった。
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