星屑ひろいの少年2

□地下の秘密
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後は、別にレバーを引く必要は無かった。台車は、自重に引っ張られるように、滑らかな下り道を走っていく。正面から吹き抜ける風に、迷彩柄のベレーが飛ばされそうになって、慌てて手に持った。
 悠太は、万梨阿の方をちらりと見た。このくだりが楽しいらしく、側面に乗り出して、先の方を覗いていた。風が彼女の髪を乱したせいで、顔中に髪の毛が張り付いてしまい、それを必死に手で払いのけていた。
 その様子に、悠太は思わず笑ってしまった。
 道は、しばらく下った後、急に左側にカーブした。
 横からのGが掛かり、悠太と万梨阿の身体は大きく右の方に傾いた。万梨阿が身体を投げ出されそうになって、悠太は慌てて抑え込んだ。
 トロッコ列車が坂を下って、一〇分ほど経った頃だった。
 急に、列車のスピードが弱まった。そして、徐々に減速していき、やがてゆっくり停車した。
 その先は、まだまだ暗闇だが、裸電球は悠太たちの近くのものと同じ高さにある。どうやら、ここからは平たんな道らしい。
「もうそろそろ、ついた」
 万梨阿が言った。
「ついた?ここが、秘密が隠されている、ってところなのか?」
「うん。さあ、いこ」
 そう言うと、万梨阿はまた悠太に背負ってくれ、と要求した。
 悠太は、万梨阿が少しふてぶてしいように感じたが、あえて口にはしなかった。黙って彼女を背負うと、さっきと同じ重さが身体中に圧し掛かって来た。
 悠太はなんとか立ち上がり、そのままずっと道を歩いて行った。
 そこからの道は、さっきと同じでほとんど物音のしない静寂の支配する空間だった。たまに、天井あたりから水滴がぽつぽつとしたたり落ちる場所に出会った。
 悠太は、以前、ニュースで、月面に水の流れていた跡が発見された、という報道を聞いたことがある。
あれはたしか、まだJAXAが解体されないまま残っていた時代だった。今、こうして見ている水滴は、もしかしたら人類が初めて月面で発見した水かもしれない。
 薄暗い道は、一キロもすると終わりを迎えた。急に、通路の四方がコンクリートで塗り固められた人工物に変わったのだ。
 悠太は、それでも歩を止めず、何も物音のしない通路を歩いて行った。
 すると、ぱっと視界が開けた。
 狭苦しい通路から一転して、広い広い大ホールに悠太は立っていた。
壁はあちこちコンクリートで塗り固められ、他から出入りできなくなっている。大ホールは青天井となっていて、コンクリートで塗り固められた円柱形の空間五〇メートル上空には、月面で見ていたのと同じ銀河系の星が強い光を放っている。
 そして、部屋の空間の真ん中を見て、悠太は驚愕した。
「な、なんだこれ…!?」
 巨大なホールの中央の空間は、まるでカッターで切り取ったきり絵のように、真ん中だけ違う風景を映し出している。タテヨコ二〇メートルもある巨大な切り絵の先に映し出されていたものは、濃い緑の樹木たちだった。
「み、緑だ…。すごい、大発見だ!」
 悠太は、万梨阿を背負いながら、興奮して叫んだ。
「万梨阿、木だよ、木!この月にも、木が生えてるんだ!すごい!」
 切り絵のように森林を映し出す空間の周囲には、朱色のプロペラを取り付けた巨大な扇風機が六台稼働していた。それらはすべて、上空に向けて回転し、空気を上部へ送り出している。
「木だ!きっと、木が作り出した酸素を、上空に飛ばして、月面の空気をきれいにしてるんだ!」
「…ちがうわ」
 悠太は、万梨阿の方を見た。興奮気味の悠太に比べ、万梨阿はまったく笑っていなかった。何か深刻な事実を打ち明けているように、眉間にしわを寄せて、不愉快そうな顔をしている。
「私の力で、空間を捻じ曲げているだけ。月には空気も樹木もないわ」
「空気も木も?でもそれって、おかしくないか?だってほら、僕らこうやって」
 悠太は、胸を大きく膨らまして、空気を思い切り吸い込んで、吐き出した。
「息をしてるじゃないか」
「ここは、月に空気を送り込むために、空間に穴をあけただけ。わたしの力は酷使すれば、空間座標を突き抜けることも出来るの」
「うそだろ?」
「ほんとよ。ほら、悠太が死にかけた時だって」
 万梨阿は、悠太の前で手を振って、呪文のジェスチャーをしてみせた。
「私が時間を巻き戻して、元に戻した」
「万梨阿、一体ここで、なにが起こっているんだい?」
「分からない。でも、スターダストは、結晶を使えば、重力を操れるの。重力で、時間と空間を捻じ曲げれば、空間と空間を繋げることだってできる」
「それは、魔法の力なのか?」
「さあ」
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