星屑ひろいの少年2

□時よ止まれ
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「だから、なんでそんなこと」
悠太は、小難しい上官の説明に少し参ってしまった。本当に聞きたいことは、もっと簡単な返事であるはずだった。
「みんなを生かすためだよ、小宮山君。われわれの目的は、それ以上でもそれ以下でもない。
 我々が社会の価値観の種類、いわゆる『物差し』と呼ばれるものを一本か二本にしてしまえば、もう誰も無駄な思考をし、手前勝手な思想で自殺したりしなくなる。
 君には、そんな社会こそ絶望的だ、という風に映るかもしれないが、むしろ逆だよ。社会の、権力の言う通りにしておけば、ちゃんと必要最低限の富を得られるんだ。そうすれば、一部の富を持つ人間たちは反感を持つだろうが、全体としてみればむしろ格差が無くなって、社会はいい方向に向かうことになる。
 きっと君は思うだろう。
『そんな社会は、正しいのだろうか?』『個人の意思とか尊厳とかは、存在しないのだろうか?』『ソビエトや東欧諸国など社会主義国は、現在ではほとんど残っていないのではないだろうか?』
 我々は、人間の、自ら志向し、非活動よりは活動を好む性質を、『活動(アニマル)への欲求(スピリッツ)』といって、内側からの衝動の一種と定義する。
それらは、人間を活動的な生き物だとは認めても、自ら考え選択していく主体的な存在とは考えない。活動したい、何事かをして自分の欲求を満たしたい、という欲求は、本能の一種として、労働に割り当てられるべきものだ。
 すべては、世界政府、ムーン・クレイドルの幹部が作成した憲法と、秩序、そして彼らの意思によって決定される。
部外者は反抗したいと考えるかもしれないが、仕方あるまい?すべての資本を持つのは、いまや世界政府のみなのだから。
 そうして、すべてが統一された社会では、もう若者が無用に死ぬことなど無い。政府のいうこと、上層部の言うことに従っておけば、万事うまくいく。活動的な少年期を過ごし、立派な青年期を経験した後、一人の堂々たる同志として世界政府に忠誠を誓い、いずれ結婚し、子を産み、老いて死んでいく。
 今まで過度な競争で資本主義社会が奪ってきた本当の人間らしさ、一定の期間で回る生命のサイクルを復活させる。
いずれ、誰も気づくものはいなくなるだろう。
自分にも、自ら考え、行動する意思があったことを。もっと主体的に人生のステージを切り開いていく内面的な力があったことを。
 自由な思想こそ一歩間違うと、自分を自殺に追い込む思想となる。だから、それを完全に摘み取り、みんなが本当の意味で生きていける社会を作るのだ。みんなが、世界政府の作る絶対的な法規と秩序の下に受け身で生活することで、真の理想郷が完成するのだ。
 そして、最後に残された問題、 二〇世紀後半に生まれた社会主義国家のほぼすべては、現在消滅したという事実…それへの対処もすでに考えられている。
 そのカギを握るのが、彼女だ」
 上官は、そう言って、あごで万梨阿を指示した。
「今までの社会主義がなぜ失敗に終わったのか?それは、ひとえに、大衆のここに原因がある」
 上官は、そう言って自分の頭を指さした。
「頭…ですか?」
「頭、正確に言えば『精神』だ。
今までの社会主義国では、全員が労働者階級となり、共産党の指示の下で計画的な生産活動を行えば、社会はうまく機能していく、はずだった。しかし、実際には競争が起きなくなり、無気力が蔓延し、権力は腐敗した。
 私たちは、過去の歴史に学んだ。それも、選民思想を持ち出して、ナチス・ドイツのように他民族を排斥することもしない。
 私たちは、世界政府を樹立する際、一つの思想体系をよりどころにする。私たちは、唯物史観を持たない。目に見えることがすべてだとは考えない。
人間の価値は、形而下にも形而上にも等しく存在する。すべての人類は、絶対的唯一の存在の下に、まず、精神的に統一されなくてはいけない」
「せいしんてきに…統一?」
 悠太には、途中から上官が何を言っているのか、ほとんど分からなかった。ただはっきり分かるのは、上官は地球をひっくり返すようなことを考えており、それを心底正しいことだ、と思い込んでいることだった。
「私たちは、形而上に置いて、絶対者を置くことに決めた。物質社会がx軸なら、新たなy軸を創り出すようなものだ。全国民、全人類の崇拝の対象となるのは、彼女だ」
 そう言って、再び万梨阿の方をちらりと見た。
「万梨阿を、神様にするんですか?」
「あいにく私は、無神論者なんだ。
この場合、『預言者』という呼び方が一番ふさわしいだろう。そして彼女を中心にした思想体系は、『宗教』と呼べる。
 『ムーン・クレイドル』は、イブを中心におく宗教運動によって精神的統一を果たす。そこでは、利他の精神が説かれ、隣人愛の精神に溢れ、そして勤勉と政府への奉仕が『最後の審判』の後に自分たちを救う唯一無二の方法と説かれる。
スターダストは、神を疑ういやしい人間たちへ下された『啓示』の一部である」
「…なんだよ、それ」
 悠太は、半ば馬鹿馬鹿しくなってきた。そんな方法が、成功するわけがないという気持ちになった。
「それにしても、随分幼い預言者だとは思わないか?しかし、彼女の持つ力だけは、絶対だ。我々人間の理解の外に存在する。
 だから、今話したことも、きっと自分の理解の外にあるのだろう、と納得してくれるのじゃないか、小宮山君?
 私は、君を排斥したり、追い出したりしようとはしない。むしろ、彼女と意思疎通が自由にできる数少ない人間として、君の協力を必要としている。
 私たちと一緒に、人類に新たな英知をもたらしてくれないか、小宮山君?」
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