星屑ひろいの少年2

□喫煙所での談笑
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 そう言って、中東系の青年に何か言う。すると、青年は椅子から立ち上がって、ロシア人の前に立った。そして、右手を出す。
「よーく見とけ。ほら、three, two, one」
 ぜろ、と言った瞬間、ロシア人が葉巻を勢いよく中東系の青年の腕の甲に押し付けた。
 青年からは、「Oh!」と悲鳴に近いような苦痛の声が漏れた。ジューッという皮膚が焼け、肉が焦げる嫌な音がする。葉巻の匂いにも、人間の脂の匂いが混じってきた。
 そして、なぜか場に笑いが起きた。
 このようなことをして笑いが起きる理由が、悠太にはまったく理解不能だった。それでも、ここではおかしいことがおかしいまま、笑って受け止められるということはよく分かった。
 中東系の青年は、三秒ほど煙草を押し当てられた後、そこに残ったやけどの跡を他の者に見せつけた。とたん、他の者から賞賛の拍手が巻き起こった。中東の青年も、それをさも当然のように手を挙げて受け止め、自分の席に戻っていった。
 再び、視線が悠太に戻ってきた。
「ほら、出せって」
 河上が言う。
「い、いや…その…」
 そう言うと、アメリカ人の少年が、河上に何か言う。
「そうか、やらないっていうなら、身代わりを出すか」
 河上は、そう言って、小林を見た。
「え、え…?」
 小林は、何を考えているのか分からない、狼狽した顔を作った。
「小宮山が犠牲にならないっつーなら、お前が罰ゲームくらうしかないな。トモダチだろう?」
「それは、やめてください」
 悠太は、引きつった顔でそう言った。これは、本音だった、いくら理不尽でも、自分の代わりに友人が犠牲になることは、もっと耐えられないことだった。
 河上は、また顔に笑いを浮かべて、悠太に行った。
「じゃあ、手、だせよ」
「…はい」
 悠太は、投げやり気味に、左手を差し出した。右手を出さなかった理由は、上官への報告がある時、右手を上に挙げるからだった。ここでの嫌がらせは嫌だったが、それを上官たちに伝えた暁には、もっと恐ろしい事態になるように思われた。
 ロシア人が、二本目の葉巻を取りだし、ゆっくりと吸い込む。そして、それを河上に差し出す。
 河上は、いきおいよくそれを悠太の手に押し付けた。
 鈍いジュウっという音とともに、肉の焦げる嫌な臭い。それに続いて、皮膚を貫くような、まるで刃物で切られたようなつんとした痛みが腕に走った。
 悠太は、思わず目を閉じ、身をよじった。左手には、自然と力がはいり、強張る。
 悠太の反応が思いのほか鈍かったことが、あまり面白くなかったようだ。青年達の間には、笑いと言うよりも苦笑の様なものが広がった。
 悠太は、心の底で思い切り彼らを罵倒しながら、再び目を開けた。
手の甲には、はっきりと、葉巻サイズ大の、皮膚を溶かした赤いやけどの跡が残る。腕の甲は、未だ苦痛でジンジンと痛んだ。
 河上たちは、しばらく英語で談笑していた。合間、二、三度悠太の腕の甲の火傷の後を見せろと言った。しかし、悠太の苦痛の表情が思ったより穏やかだったので、それがあまり面白くなかったようだった。
 彼らは、直に連れ立って一階のホールを出て行った。
 喫煙所には、悠太と小林だけがぽつんと残された。
「小宮山さん、大丈夫ですか?」
 最初に口を開いたのは、小林だった。悠太の火傷を心配している。
「…くっそう、ちくしょう…」
「小宮山さん?」
 悠太の顔には、火傷の苦痛より、権力を利用して自分の権利を蹂躙されたことによるくやし涙が浮かんでいた。悠太は、思い切り歯を食いしばった。
「地球に行ったらあんな奴ら…ちくしょう…」
 小林は、悔しさに涙を浮かべる悠太の顔に、何も声を掛けられなかったようだった。ただ、「傷を見してください」と言って手を差し伸べた。
 悠太は、気乗りしなかったものの、左手を拳のまま突きだした。そこで、あることに気付く。
「あれ、小宮山さん、傷が…」
 小林に言われて、悠太は左手の甲を見る。そこには、さっき付けられたはずの火傷が、きれいさっぱり消えている。傷の痕跡を残すように、煙草の火を点けられたところだけが、浅黒い点になっているのみである。
「これは…」
「分からない。どうしてだろう?」
 悠太は、身に起きた事態に思考が追いつかず、頭を捻った。しかし、解答らしいものは、もちろん見つからない。
「待てよ…、そう言えば、前の銃創も」
 悠太は、脇腹の辺りをさすってみた。悠太は、ほんの二週間前、何者かに銃撃を受けた。確かその時の傷も、今はほとんど他の皮膚と識別が付かなくなっている。
 明らかに、異常な治癒能力。これではまるで、自分が人間ではないかのようだ。
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