星屑ひろいの少年2

□喫煙所での談笑
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 河上が、コインをはじいて空中でキャッチする。そのオモテが上なら右手を、ウラが上なら左手を上げる。簡単なルール故、悠太も小林もすぐ理解できた。
 三回勝負で上位三名が、最下位三名からタバコの支給を受ける。現物が無ければ、現金で対応。幸い、両替商をやっている中国人がおり、彼のところに持って行けば日本円でも外国貨幣に換えられる。
 悠太は、悪い予感がしながらも、場を漂う雰囲気からして、うまく断る手段はないと判断。小林も、いつものように猫背の背中を一層傾けて、彼らを見ないようにしている。
「分かりました。やります」
「よーし、そうこなくっちゃなあ。さあ、START!」
 一回目は、悠太と小林はともに右手を挙手。結果は、オモテだった。
 二回目は、悠太は右手、小林は左手を挙手。結果は、ウラだった。
 三回目は、悠太は左手、小林は右手を挙手。結果は、オモテだった。
 ゲームの性質上、二回以上正解した小林は、二回目終了時ですでに勝った側に回ることが出来る。悠太を含む白星一回以下の少年四人が残り、ゲーム続行。小林含む三名は離脱。
 四回目は、悠太は右手を挙手。結果は、ウラ。
 五回目は、悠太は右手を挙手。結果は、ウラ。
 この時点で、二連勝のロシア人が勝ち抜けし、下位三人が決定。続く最後の勝負で、悠太はまたも黒星を引いてしまった。
 ―五回やって、白星一つ…。
 悠太は、最後の勝負で右手を挙げながら、河上を見やった。あらかじめそうなるとでもいいたげな悪意の感じられる笑みを浮かべている。
「あの、これって、本当にフェアな勝負なんですか?」
「チート疑ってんの?あるわけないじゃん、ほら、コイツ勝ったし」
 河上は、勝ち抜けした小林の背中をバンバン叩いた。小林は、相変わらず黙っている。
「そんな、でも…」
 だめだ、反論の言葉が見つからない。悠太は、直感では八百長を確信しながら、それを立証できない自分の頭脳を憎んだ。
「それじゃあ、そういうことだから、ほら」
 そう言って、指を三本突き立てる。
「三…って」
「三万だって。それで、許してやる」
「待ってください、煙草はここでは、高くても千円くらいじゃ」
「その時々で相場が違うんだって。ほら、まさか、一度した約束、破るの?」
「いや、そういうわけじゃあ…」
「俺らだって、自腹きって勝負してるって、覚えてるよね?あくまでフェアなんだって。それとも、それも疑うなんて、お前、そんな卑怯者なの?」
「いや、そんなんじゃ…」
 悠太は、しばらく口をもごもごさせていた。口を付く言葉は、見つからなかった。相手のぎらぎらする悪意に自分の権利と意思が蹂躙されることが、堪らなく不愉快だった。
 しかし、ここで食い下がっては、おそらくますます河上の思うつぼになる。
彼は、実際的な報酬以上に、自分の理不尽で相手が蹂躙される様を見ることに精神的な快感を覚えるのだ。そんな彼自身の心も、以前、誰かから歪に押し曲げられてしまったのではないか、と悠太は考えていた。
 しばらく肩を上下させ、荒い息遣いをしていた悠太だが、口を突いて出た言葉は驚くほど弱弱しかった。
「…もってません、そんなお金」
 これは事実だった。悠太は、ここに持ち合わせてきた現金は、一万円だったのだ。それを聞くと、河上は「財布、見せてみろ」と言ってきた。
 悠太は、財布を手渡す。中身を確認し、中に入った一万円を抜き出すと、外国人の青年たちに何やら英語で話しかけた。
 すると、何やらアメリカ人の金髪の青年の言った言葉で、場に笑いが起きた。河上は、そのジョークに乗っかるように、悠太の方に振り向いて言った。
「それじゃあ、罰ゲームだ、お前を手術する」
「…手術?」
「そう、手術。Hey!」
 そう言うと、スラブ系の大柄な茶髪の青年が歩み寄ってきた。悠太の体躯の一.五倍はあるその体躯の青年は、ポケットから紙包みを取りだし、それを広げた。
 中に入っているのは、煙草の比にならない程太い、葉巻だった。直径二〇ミリメートルはありそうだった。
 青年は、一本を口にくわえると、ライターを取りだし、ジュボっと火を点けた。そして、ゆっくりとそれを吸いこむと、プウっと紫がかった灰色の煙を吐いた。
 それを三回ほど繰り返した後、それを河上の顔に持って行く。河上は、男の手から直接葉巻を咥えると、プウーっと分厚い煙を大気中に吐き出す。煙草とは違う、鼻をむずむずさせるトウガラシのようなにおいが、悠太の鼻を突いた。
 河上は、悠太に向かって言った。
「小宮山、手、出せ」
「え…何をする気で」
「いいから、出せって」
「…いや、です」
「だから、罰ゲームだって。まさか逃げ出すの?みんなフェアに闘ったのに?じゃあいいよ、ほら、」
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