星屑ひろいの少年2

□星屑の海
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悠太が少女―のちに、万梨阿(まりあ)という名前の少女の正体に気付いてから、次に意識が覚醒したのは、寄宿舎の中の医務室だった。
ここは、月面の過酷な労働で体調や精神を崩す者が続出するため、常時いくつものベットが用意されている。
 急造でこしらえた簡素な部屋には、前時代的な鉄パイプのベットにアルミ製の医療器具、錠剤の形の精神安定剤など、「アナログ」な機器ばかりが置かれていた。
 これは、OISDが経費をケチったと言うよりは、地球にある精密機器は月面への輸送の際に発生する衝撃に耐えきれず、月面に持ち運べなかったという方が正確だった。
 悠太は、まだ覚醒しない頭を持ち上げた。
アルコールを舐めすぎた次の日のように、頭がひどく重かった。おまけに、貧血のように手足の先が痺れて、冷たい。
 悠太は、自分の胸に手を当て、ちょうど腹の中心に、包帯が何重にも巻かれているのに気付いた。それを、下から撫でさすって数センチ上に向けたところで強烈な痛みが走った。
「いでっ!」
 悠太は、苦痛に顔を埋めて、手を離した。身体の内部は傷が治癒しても、まだ表面の傷は治りきっていないらしい。
 悠太のうめき声を聞いて、ベットの周囲のレース越しから声を掛けてくる人間がいた。
「小宮山くん、小宮山くん、目は覚めた?」
 声は、女の声だった。悠太は、それを何度か聞いたことがあった。
「はい、覚めました」
「そう、よかった。調度痛み止めの薬を処方しようとしたところだけど、自分で飲めるかしら?」
「はい、大丈夫です」
「そう。じゃあ、失礼するわね」
 ベットのレースが引き上がり、そこに三十前半くらいの女性が立っていた。
 彼女は、名前を園部美保と言って、OISDの命でここに赴任した医師である。
彼女について、細かい経緯は不明だった。しかし、極めて事務的だが棘の無い性格で、彼女はここに住む少年たちからは、好かれも嫌われもしなかった。
 彼女は、ガラスコップに注がれた水と、錠剤を悠太に手渡した。悠太は、礼を述べてからそれを受け取ると、一気に飲み干した。ここで作られた濾過水は、以前と全く変わらない滑らかさで、喉の奥へと落ちて行った。
 しばらくそれを眺めていた園部は、珍しく悠太に質問を投げかけてきた。
「そういえば、君は、自分が発見された時、どうなっていたか、覚えてる?」
 悠太は、自分の頭の中を探ってみて、記憶の断片を探してみた。さっきまで深い眠りに落ちていたせいで、覚醒前の記憶は、まるで絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜたしたように混沌としていた。
「…撃たれた?」
 悠太の口をついて、不意にそんな言葉が出た。
 確か、自分は上官を振り切って、地下室の階段を上っていった。その先の大きな岩盤によじ登り、声を上げた。その時だった。あの時は、アドレナリンが分泌されていたのか、完全にハイな状態だった。
近くから、火薬の爆ぜるような音が聞こえた。続いて、自分の脇腹に、身体を突き抜けるような痛みが走り、自分はよろけて岩からずり落ちた。
 転落し、地面に強く頭を打ち付けた。上官が、何か叫びながら近づいてきていた。彼は、必死に何か呼びかけながら、悠太の身体を担ごうとした。
 ―上官に、撃たれた?
 悠太の脳裏に、そんな言葉が湧き上がってきた。それは、曖昧模糊とした記憶の中で、唯一それらしい結論であった。
 しかし、上官の名前を口に出せば、園部がどんな行動を起こすか分からない。そんな考えが、悠太の脳裏に沸き起こり、それを口に出すことは無かった。
「そうね、詳しくは銃創が…銃の傷跡が、ふさがった状態で、君は見つかったの。でも、傷口が、もう何年も経たかのように治癒していて、塞がっていた。あれだけ深い傷跡なのにね…」
「そ、そうなんですか?」
 上には、調査依頼と、君が傷の治癒に専念することを伝えておいた。上は、目下、犯人はだれか、調査中よ。君は、しばらくここで安静にしておいて」
「そ、そんなことが…」
 悠太は、自分の頭を捻ってみて、その記憶が乏しいことに困惑した。まるで上から、強烈な刺激を受けたせいで、自分の記憶が薄まってしまったようだった。
 園部は、それっきり、同情の言葉も掛けず、さっさとどこかへ行ってしまった。悠太は、曖昧模糊な頭を抱えて、しばらくベットの上でじっとしていた。
 夜、消灯時間になり、部屋の明かりが消された。カーテンのレースを開けると、そこから病室の窓が見えた。
太陽の光を受けて青い光を放つ地球が、相変わらずそこに鎮座している。他に音は無い。月面は、まるで砂漠の夜のように静寂で、無味乾燥だった。
 悠太は、寝られない頭を抱えて、再び目を閉じた。睡魔が、悠太の意識を徐々に奪っていった。
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