星屑ひろいの少年(下)

□夜が来る
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その少女は、地下の薄汚い牢屋のような空間に幽閉されていた。
 悠太が彼女を月面で見た時のように、白いワンピースを着て身体は青白くて細かった。
ただ違ったのは、本体は髪の毛がちりじりに乱れていて、汚らしくすらあった。ワンピースもぼろぼろで、あちこち薄汚れたり擦り切れたりしている。左の足首には重い錠前が掛けられており、それが彼女を地面につなぎとめていた。
 彼女はきっと、なんどもここから抜け出そうと足掻いたのだろう。
足首の皮は錠前で何度も擦り切れ、ぼろぼろになっている。赤黒い痣が周囲に、まるでしみのように張り付いていた。
 目はうつろで焦点が合わない。ただ下を見て、何かぶつぶつと呟いているようだった。白い肌は、研究室のほこりで汚れていた。唇もカサカサに乾燥していて、そこから漏れる音声は言語とも音楽とも判別がつかなかった。
 手の爪は伸びたままにされており、腕はだらりと地面に垂れていて、それで体重を支えている。
 目の前の少女は、たしかに、悠太が月面で遭遇した少女だった。それも、悠太は彼女にさっきまで会っていたはずだ。
月面での彼女は、悠太に比べて愉快な素振りすら見せていた。目の前の少女が悠太の知る少女だなんて、悠太にはほとんど信じられなかった。
 現実の彼女は、ほとんど薄汚れた子犬と変わらなかった。
「彼女は、ここでのスターダスト採集をするために、ここに連れてこられた。もともとは、ある病院施設……精神病院にいた。
 彼女は、生まれてからずっと知的障害者扱いだったんだ。そう、ここでスターダストが発見されるまでは」
 悠太は、急に背後から声がしたことに驚いて、後ろを振り向いた。
 そこには、上官が立っていた。
「まったく、ちょっと戻っているうちに君は……」
 上官は、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。隠しきれない秘密がとうとうばれてしまったことは、明確だった。
「……いいさ、小宮山君。本当は秘密裏に行っていることだから知ってほしくは無いけれど、君に、この空間のことを教えてあげるよ。
君たちはまだ気づいていないかもしれないけど、私たちがこの広大な月面で、機械で感知できないはずのスターダストを、どうしてここまで特定出来たと思う? スターダストがどこに眠っているのか全く分からないのに、宇宙ステーションを作り、寄宿舎を立て、きみたちが仕事が出来るまでにここを開拓できたのは、なぜだと思う?
彼女は、スターダストを感知できるんだ。 それも、ほとんど科学的根拠のない、直感で! 
彼女は、地球に居た頃、宇宙から降り注いできた星屑のかけらを、地図から一瞬で探し当てた! それを知った政府と研究機関が、彼女に月面の地図を見せて、今のこの場所を見出すように仕向けたんだ。
私もその場所にいたけれど、本当に見事なものだよ。何の迷いもなく、月の衛星写真から一点を指さして、『ここ』とだけ言ったんだ。
その時の彼女は、笑っていたよ。自分が人の役に立てることが、なにか誇らしいようだった。
ここに彼女を連れてきたのも、彼女が自分で名乗り出てくれたおかげなんだ。おかげで、星屑の場所をより正確にはあく……」
悠太は、途中から上官の話など聞いていなかった。ただ勝手に彼女の方へ足が向かっていた。
悠太が彼女の前にしゃがみ込んでも、少女は相変わらず視線をずらさない。目の焦点を曇らせて、ぼおっ、と下を向いている。
「おい、小宮山君! やめろ、彼女にさわると……! 」
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