星屑ひろいの少年(下)

□悠太の生きる道
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そして、自らの孤独をどうしても他人と分かち合えないものとして、自分の中で勝手に落としどころを決めてしまっているようにも見えた。
だから、彼は絶えず前を向いて猛進しているように見えても、表情を見れば強がって笑っているだけに過ぎないのだと思えた。苦しいのを必死にこらえているにすぎないのだと思えた。
すべては、彼の偉大過ぎる頭脳が彼の精神にもたらした影響だった。
三人目は、悠太は自分でも意外だと思うのだが、小林だった。
一見誰にも相手にされず、孤独に見えているかもしれないが、小林は世間の中で自由に動き回れる唯一無二の人間だった。世間の常識を半歩外れたところで生きていくことを決意した男だった。
悠太は、自分でもなぜかは分からないが、小林の人生こそもっとも自分の求める事実に近いような気がしていた。小林ほど世間の目を気にせず、自分の世界に耽溺出来たらさぞいいだろうと思わずにはいられなかった。
しかし一方で、小林は現実を生きるのにあまりに消極的だと思えたのも事実だった。
地球でも非常に友人が少ないのを彼は認めていたし、この少年編隊においても彼が悠太以外の人間と話しているところを見たことが無い。
部屋に戻れば所狭しに並べられた美少女達の模型に心を奪われ、しばしの安らぎの夜を迎える。そして朝、夜の魔法が解けると同時に彼は、またもぞもぞと動いては星屑採集の現場に向かっていく。
悠太は、彼のそう言う生き方が、あまりに退廃的だと思った。
そして、自分はもう少し強く現実に働きかける生き方がしたいのだと思った。
それはもちろん、この編隊の中の出世競争に打ち勝とうとか、大企業でサラリーマンになろうとか、そういう実際的なことを意味しているのではなかった。
自分が目指している絵本作家というものが、芸術とか美の世界に閉じこもって現実に目を向けないのも、悠太にはどこか不自然に思われた。
悠太も以前は、俗世的な金や男女関係、酒やたばこといったものを、何か下劣で汚らしいものだと思っていた。
しかしここでの労働を経験するうちに、一見汚らしいものでも、そういったものから目をそらしていては、結局自分の世界に閉じこもっているにすぎないのだ、と考えるようになった。
そう言う部分も含めて、初めて人間の真実に近づけるような気がしていた。
そうしたことを考えるうちに、思考はいつまでも堂々巡りをした。
三人の人生観、生き方が、悠太にはいずれも真実を含んでいるように思われた。
しかしどれも悠太にとっての真実ではありえなかったのだ。悠太は、自分が何か袋に詰め込まれて身動きが取れない状態になっているような気分にさせられた。
まだ悠太の知らない世界のどこかに、悠太の求めるものにぴたりと当てはまる世界観があるのかもしれない。悠太のお手本となってくれる人が、どこかにいるのかもしれない。
しかし生憎、悠太にそんな多くの時間は残されていないだろう、と悠太は自覚していた。ここから帰れば、高校への出願の日がすぐにやってくる。
悠太の人生にとっての第一の選択は、もう目の前にまで迫っていた。
それと、悠太は最近、周囲のものが口にする言葉が次第に変わりつつあることに気が付いていた。
 以前は彼の周囲の者は口を開けば「帰りたい」だの「来るんじゃなかった」、「理不尽だ」という言葉を口走っていた。
そして現在にもまして、未来の自分の境遇を嘆くのだった。
そう言う文句ばかりだった周りの者が、最近では「出世したい」「早く少佐になりたい」「一年以内に准尉にはなるつもりだ」という言葉を口に出すようになった。
ここに居る期間は一年のはずなのに、「二年以内に大佐にまで登りつめてやろう」などという者まで出てきた。
悠太は、彼らが口にする文句に最初は耳を疑った。
しかし悠太の予感は、運悪く的中したらしかった。ここでの閉塞的かつ長時間の拘束生活が、悠太たちの精神に次第に変化を及ぼしてきたのだ。
彼らは、自分が周りよりも一歩でも抜きんでようと考え始めたのであった。
それは長時間の学校生活が、純粋無雑で無欲な少年を、競走馬のような精神の持ち主に変えてしまうような作用と全く同じだった。悠太は、環境が周囲の者たちに与えた影響を恐ろしく感じるとともに、自身もその出世競争に巻き込まれずにはおれない未来を自覚した。
生き残るために相手より抜きんでる、それは生物においてのある種の宿命のように思われた。同時に、そうせざるを得ない運命に対して一種の寂しさを感じずにはおれなかった。
悠太は、本当なら絵本作家になりたかったのである。
その意志を現在も揺るがす気は無かった。
しかしここにきて目まぐるしく環境が変化していくうちに、自分自身も競争に巻き込まれずにはおれないと分かりだしてきた。
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