メトロポリタンな彼女

□告白
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居間には台所と六人がけのテーブルが備え付けられ、台所の左右に冷蔵庫と炊飯器が備え付けられている。テーブルのサイズのわりに居間の空間は広く、余計なものが散らかっていないせいで簡素な印象を与える。机の向こうの棚の上に四三インチの液晶テレビが据え置かれている。
父は今日はサラリーマンで、平日は二十一時過ぎにしか帰らない。最近移った部署が忙しいらしい。ここ二か月は二十二時過ぎにしか帰らなかった。
今日も残業らしく、母が一人で今でバラエティ番組を見ていた。母は昼はパートとして近くのスーパーで働いている。毎日疲れて帰ってくる父を待っているのが母の日課だった。
隆太の顔を見ると問いかけた。
「どうしたの、えらく張りつめた顔をしてるじゃない」
 隆太はそう聞いて初めて自分の顔が張りつめていることに気づいた。
 できれば隆太は、この胸の懊悩を一辺に母親に打ち明けてしまいたかった。こんな苦しみを世界でたった一人ぼっち、自分が抱えていることを知って欲しかったのだ。しかし隆太は年頃だからそんなことを母親に言えるわけがなかった。それに母親にいい顔を見せたい虚栄心が顔を出してきて、のどに何かが詰まったようだった。懊悩を吐きだすことは無理のように思われた。
 ふとテレビに目をやる。そこでは数人の男女が、互いに気に入る異性を見極めるべく質疑応答をしている場面だった。最近始まった番組で、隆太はこの手の狙ったような恋愛番組を軽蔑していた。しかしそれを母親が見ている現在なら、ロッテへの告白のことも遠まわしに聞けば不審がられず済むもののように思われた。
 隆太は如何にも興味ありげなようにテレビに近づき、母親が自分の様子を確認したのを感じ取って、母親の向かいに腰を下ろした。
「へえ、合コンみたいなゲームだね」
「そうね、そのままね」
「母さん、」
 隆太の胸に、躊躇いの渦が一瞬沸き起こった。
「女子って、告白とかされてうれしいものなの」
 母親は、なんの躊躇いもなく言葉をつないだ。
「まあ、うれしくない女の子はいないわよね」
「そういうものかな」
「隆太の年頃から女の子はさ、人生で一番かわいくなる時だからね。誰かにそうやって認めてもらうことって、うれしいものなのね」
「ふーん」
 勢いで、母親の恋愛体験について聞こうかという気が起きたが、それを聞く勇気が今の隆太にはなかった。近づきたくとも遠ざかりたい、最近の隆太の母に対する距離感とはそんなもんだった。他の同級生に比べれば、おとなしい隆太の反抗期は穏やかなものなのかもしれない。ただ、ある一線を越えた話題について聞こうとした途端、隆太は喉の奥が詰まったように何かが中でつっかえて、それ以上に踏み込むことが阻まれた。
隆太は「そっか。わかったよ」とだけ言って椅子から腰を上げた。これ以上自分に詮索は出来ないものと思ったからだ。そんな自分の姿を見る母親の口元が僅かに緩んでいることに隆太は気付かなかった。
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