未タイトル

□霧の街と彼女の居場所(上)
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向岸(むこうぎし)ねねは変わった少女だ。
 まず、名前が変わっている。「向岸」とは、どの岸のことだろう? 名前は地名や家系を表すことが多いから、彼女は川岸にでも住んでいたのかもしれない。ならばこっちの岸にいた人は、なんという名前なのだろう?
「ねね」という平仮名の単調な響きの名前も、そんなに多くないはずだ。女の子にしては、ちょっと古臭くて単調だ。彼女の両親は、どんな思いで彼女に名前を与えたのか?
彼女は、性格も同世代の子たちとは違っている。
超人見知りで、知らない人が近づくと我を忘れて騒ぎ出す。僕も彼女と当初知り合った時は、まともに会話すらできなかった。
彼女と少し仲良くなった今なら、彼女も多少僕の会話に付き合ってくれる。
 彼女の目は、純粋な目をしている。彼女は僕と話すとき、僕の瞳を真っ直ぐ見つめるのだ。普段からそういう習慣がついているらしい。僕は彼女にまっすぐ視線向けられると、心のどこかがざわついてしまう。無意識的に恐怖を感じてしまう。目は心の窓と言うが、彼女の真っ黒で大きな真珠のような目を見ていると、彼女の中の何かが僕の中に流れ込んでくるような感じがする。
 僕はそれが恐いのだ。彼女の純粋さが僕の胸に流れ込んで来れば、僕と言う存在が変えられてしまうような気がする。現実を悲観する卑屈な自分を否定されているような気持ちになる。無理やり人生の表舞台に引っ張り出されはしないか、という恐怖を感じる。だから居心地が悪いのだ。
 彼女の瞳は、僕の心の「陰」の部分に光を当てようとする。別に彼女が意図的にそうしているわけではなくて、彼女の目つきや存在が、僕の心の中の陰気な部分を照らし出してしまうような感じがする。
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