未タイトル

□酒宴の花
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とりあえず考えていることが態度に出やすくて、それがまさに今だった。僕は必死にジェスチャーも交えて必死に訴えた。
「俺の友達がお見舞いに昨日来てさ、可哀想だからって冗談めかして買ってきたんだ。それで僕もほんとは読みたくなかったけど仕方なく受け取って、今日捨てに行こうと置いてたんだ」
 もちろんウソだ。ホントは地下の売店で買った。
「随分素敵な友達ね。一度に七冊も買ってきてくれるなんて」
 葉菜はそう言って僕のコレクショクをさらに六点袋から出した。
「え?」
「積まれてたわよ」
 おかしい。山村老人に貸したのは一冊だけだ。まさかあの老人、知らない間に僕のベットの下を覗いていたな!
「一冊千円近くするのにかなり大金をはたいてエロ本を買うのね」
 葉菜が言った。
「いやーそいつ金持ちでさ!ベンツとか乗ってんだぜ」
 だんだん自分でも話が分からなくなってきた。
「ウソでしょ? 荒巻くん」
「どうして? 」
 おかしい。彼女はまるで確信でもあるかのような目をしている。どこから来る自信なのだろうか。
「今まで何度も来たけどあなたの友達を見かけたことなんてないわ。つまり」
 葉菜は僕をまっすぐ指さした。
「あなたは友達がいない」
「はっきり言うなよ!」
 当たってるけど! まだ誰もお見舞いなんて来ちゃいないけど!
「なんで友達の話からそこまでの結論にいくんだよ」
 僕は食い下がった。
「それはそうと、認めた方がいいんじゃない?」
 そう彼女は言った。
 眼力があり直情的。なんとなく分かるかもしれないが、彼女はプライドが高い。純然たるサディスト(言い過ぎ)だ。まあ女王様キャラなんだ。きっと小さいときから頭が良く、大学入学までエリートコースを突っ走ってきたんだろう。僕はと言えば、なんとか大学入試という死線を潜り抜けてきたが、とてもそんなエリートとは程遠い。彼女は今回の件について勝者敗者を決めたいのだ。
「はいはい、認めるよ。それは僕の本だ」
 こういう人種は少なくない。僕はこんな時どうやって折り合いをつけるか十八年間の人生でとっくに学習済みだった。
「そう。やっぱりあなたの本だったのね」
 彼女は少し得意げだった。そして別の話題を切り出した。こういうタイプに限って、一時の感情は激しくても後に尾を引くことは無い。決して付き合いにくいことは無いのだ。
「しばらく来なかったけど元気にしてた? これ作ってきた煮物だからよかったら食べてね」
 彼女はそう言って紙包みを僕に渡した。
「ありがとう。いつも楽しみなんだよなあ、これ」
 常日頃の病院食は味が薄くて淡泊で、つい最近まで成長期だった僕にはどうも味気ないものだった。だから彼女の差し入れは素直にありがたい。
 彼女は白織の荷物運びが済んだ後もちょくちょく僕の見舞いに母親と交代で来てくれる。それは親すら見舞いに来ない僕の大きな励ましになっていた。
 ふと傍らを振り返るとさっきいた少女はもう居なかった。僕たちが口論しているうちに逃げたらしい。混乱に乗じて逃走する。まるで捕らわれたスパイのような手際の良さ。もしくは僕が単に夢中になっていたからかもしれない。
「……」
 それにしてもあそこまで人間に対して過敏症だとは。僕は少し彼女のことが気に掛かっていた。


 葉菜さんと別れた僕は、そのまま自分の病室に向かった。時計は午後八時を回っている。その後寝る準備をして、ちょっと考えてテレビのある休憩所に向かった。思えば寝たくなったら寝て、食べたかったら食べる、病院とは実に動物らしくいられる場所だ。悪いことではないけれど、生産的でないことは確かだ。でも仮に休学中の大学に僕が通ったとして、生産的に動けたとは思わない。いつも受け身で生きてきた人間だ。それしか知らないから、これからもそれを続けるかもしれない。
 さっきとは別の休憩室では七、八人の映画好きが九時からの洋画を見ていた。今日はどうやら医者の話らしい。集団に混じってぼんやり僕が見ていると、次第に引き込まれていった。
医者は名誉ある仕事で患者より権威ある存在と考える医者も多い。しかしその医者はあくまで患者の立場に立ち、ともに悩み成長していくというもの。なかなか面白いヒューマンドラマだった。
ぼんやり見ていて僕は急に閃いて思わず「あっ」と声を上げそうになった。そしてすぐさま自室に戻り、手帳にアイデアを記した。これが果たして上手くいくのか分からなかったけれど、試してみる価値はあるとそう思えた。 
若いころの苦労は買ってでもしろ、だ。僕はあえて苦労しにいくような人間ではないけど、やる価値はあると思う。そのためには多少の恥も仕方あるまい。やっと白織に応える方法が一つだけ思い浮かんだのだ。
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