未タイトル

□プロローグ
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カフェテいリアと呼ばれる食堂は、広いホールに円形テーブルがいくつも並べられていた。
白塗りの清潔感のある壁で囲まれ、壁際に並べられた大きな窓からは黄色がかかった野山の木々がうっそうと見えて、遠くまでは見通せなかった。
午後二時を過ぎたせいだろう。この空間には二、三人の患者が席に座っているだけだった。配膳をするカウンターの中からは、食器洗浄機の音がゴーッとせわしなく響いている。
患者はいくら飲食をしてもここは無料らしい。一日中寝たきりの患者も少なくないのだから、飲食を無料にしても病院側には損失はないのだろう。
 円卓テーブルの一つに車イスを付けてもらい、その後は自分で注文をしにカウンターへ行った。一、二の三で腰を上げ、少しふらついてから歩き出した。
病院の食堂は何種類かのメニューが張り出されているのみだった。配膳のおばさんにかつ丼と味噌汁、サラダとみかんデザートを注文した。
おばさんは、冷蔵庫に行って、昼に残った料理を出して来て、レンジのところへ持っていく。
起きて時間が経つと、何も食べなかった分胃が空腹でひりひりした。手際よく温められたかつ丼と味噌汁がすぐに出され、僕は食事一式をプレートに乗せテーブルに戻った。カフェテリアのかつは、口に入れると衣がボロッと崩れ、肉の繊維が多くて噛み切りにくかった。
しかし三日間飲食をしていないんだから、僕は夢中でかきこんだ。途中でむせ、思わず咳き込んだ。
「……ごほ、ごほ」
「はい、水」
 横から水が差しだされた。
「ありがとう」
 もちろん喉もカラカラで、かき込んだところでそんなにうまくのどを通るわけなかった。一気に水を煽った僕の横にいたのは看護師ではなく、肌の白い、髪が肩まである女の子だった。看護師は僕が食事を注文しているうちに行ってしまっていた。
彼女はいつの間にか僕の円卓机の横に彼女の車いすを付けていた。彼女は全体的に生気のない顔をしていて、その中でやけに瞳だけが大きく、はめ込んだ水晶の球みたいに輝いている。彼女は、僕を覗きこんでいる。ほとんど肌の色と違わない薄いピンクの唇が、わずかに吊り上っている。微笑ってやつか。
「アンタは誰だよ? 」
「君のベットの隣の患者だよ」
 そうだったのか。ふむ、ずっと寝ていたからいまいち分からない。でも相手がいっているのだから間違いないのだろう。
「それは知らなかったよ。よろしく、荒巻大輔だ」
「白織優(しらおりゆう)だよ」
 そういって僕らは握手した。そっと取った彼女の手は骨ばっていて少しごつごつとしていた。
「あれ……白織さんってやけに腕がなんか……こう、力強いよね」
「そりゃそうさ。僕、男だし」
 そうなのか。僕ははっきりとは言わなかったが、かなり意外だった。そうか男か。わずかでも病院内恋愛なんてことが頭をかすめた自分に、みじめさを感じた。
「それにしても華奢だよな。あんまりご飯食べなてないだろ? 」
「うん、まあね。僕、幼稚園の時からここにいるんだよ」
「えっ……」
 あまりにも重たいセリフだったから、どんなふうに返したらいいのかさっぱりわからなかった。僕は少なくとも高校卒業後にここへ来たんだし、まだ一週間も経ってない。彼とはここで過ごしてきた期間が違いすぎる。
そりゃ大変ですね、じゃ安っぽい。辛くなかった? ……辛いに決まっているだろう。
僕は目の前の彼みたいに長期で入院したことは無いから、彼の気持ちが理解できなかった。これからは同じ病院仲間だな……はたして自分はそうなるのだろうか? よく分からない。なにせ、肝心の起き上がるまでの記憶がごそっと抜けている。自分はこれからどうなるんだろう?
 うまく言えずに悩んでいたら、白織から声をかけてきた。
「いいよ。そんな深刻な顔しなくても」
「うん……ごめん」
 気を遣わせてしまった。たぶん相手も僕の気持ちを察しているんだろう。それは多分今までにも同じように、相手が黙ることがあったからだ。
「でもうれしいな、荒巻くんが来てくれて。この病院、同世代の子がいなくて退屈してたんだ」
「そうなのか。こんな大きな病院ならいそうだけどな」
「うん、まあ四か月前までいたんだけどさ」
 そう言って懐かしむように視線を落とした。横の長い髪が垂れ下がって横顔を隠すその姿は、女性らしかった。
「病気が良くなって行っちゃったよ」
「そりゃ残念だったな」
「うん、まあいいよ。君が来てくれたんだしさ」
 そう言って、白織はからっと笑顔を作った。
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