星屑ひろいの少年2

□地下の秘密
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二〇分後、悠太と万梨阿は、裸電球がぽつぽつと設けられた、横幅・高さ三メートルの坑道を、ひたすら前へ前へと歩いていた。
 万梨阿は、もともと歩けない。悠太は、彼女を負んぶしながら、よたよたと前に進んでいた。
 彼女の身体から伝わる体温が、分厚い上着越しにも伝わってくる。万梨阿の体温は相当高いらしい。
 悠太は、万梨阿に気になったことを聞いてみた。
「万梨阿、さっき、君が言った『魔法の言葉』って、なんだったんだ?時間が停止する呪文なの?」
「魔法の言葉は、魔法の言葉よ。おじいちゃんが、私に教えてくれた」
「ふうん。有名な言葉なのか?」
「分からない」
「そうか」
 悠太は、彼女の話を聞きながら、不思議な感覚に陥った。悠太は、この言葉をどこかで耳にしたことがあった。しかし、それはぜんぜん無関係なところで聞いたような気がして、思い出せなかった。
「なんか、言葉の意味とか、あるのかな?」
「分からない。でも、おじいちゃんが、『今、この瞬間を生きていければ、今日を生きていける。今日を生きていければ、明日も生きていける。明日も生きていければ、一生、生きていける。そういう風に、生きていけばいいんだよ』って」
「なんだか、よく分からないな。万梨阿のおじいちゃんは、哲学者か何かなのか?」
「ううん。せいじか」
「政治家?そりゃ、すごいな。僕も知ってるかな?」
「さあ」
 万梨阿は、そういうと急に興味が失せたようで、それ以上何も話さなかった。悠太の方も、さっきまでの死闘の興奮、手足の痺れ、そして先行きの不安でそれ以上考えるのを止めてしまった。
 悠太は、不思議に思った。
万梨阿を幽閉していた地下も、地下二〇メートルくらいにあったのに、ここはさらに深い場所になる。足元を見れば、何か鉄のレールの様なものが一直線に伸びていて、暗くて見えない彼方までずっと続いていた。
 悠太は、最初、ここに着地し、万梨阿の下敷きになってしばらく悶えた後、声を出してみた。すると、はるか向こうにまで声は反響し、返ってくることはなかった。つまり、この先は行き止まりではなく、どこか別の場所に繋がっている、と考えるのが自然だった。
「それにしても、不思議だな。こんな地下道、あるなんて全く知らなかった。しかも、あちこち電球が壊れてて、かなり時間が経ってる。
これ、OISDが作った道じゃないな」
「うん、そう。ここは、今の人たちがここに来る前に、作られたものなの」
「万梨阿は、知ってたのか?」
 万梨阿は、無言でこくりと頷いた。そして、暗闇の向うを指さした。
「この先に、さっきの人たちも知らない、秘密がある」
「それって、なに?」
「見ればわかる」
「なんで万梨阿がそんなこと知ってるの?」
「ないしょ」
「そうですか」
 悠太は、表面的なことしか話さない万梨阿に、不満を覚えた。しかし、口には出さなかった。
 薄暗く、一〇メートルおきに裸電球が設置されている通路は、正確には分からないが、緩やかな上り坂だったらしい。
 三〇分近く、万梨阿を背負って坑道を歩いた時、鉄の線路の上に、タテヨコ二メートルくらいの箱型の物体が見えた。
 悠太は、すぐには分からなかったが、裸電球の下まで来て確認すると、何かを運搬する目的で足に車輪の付けられた荷車だった。真ん中のスペースは一立方メートルくらいだろうか。
 正面に、棒状に突き出たレバーが取り付けられていた。
「これ、乗って」
 万梨阿が言った。
「でも、これって人間が乗れるようには作られてないと思うけど、大丈夫なのか」
「知らない」
「知らないって、これ、加速したらやばいんじゃあないか?」
 周囲を見ても、ブレーキらしきものは着いていなかった。これでは、道の先に何かあれば、激突してしまう。
「だいじょうぶ。最悪、わたしの力でどうにかするから」
「そ、そうか」
 悠太は、それ以上反論の言葉が見つからなかった。彼女にどうにかする、と言われてしまえば、なんだか本当にどうにかなってしまいそうだった。それは、彼女が不思議な能力を持っていることに加えて、落ち着き払った態度にその理由があった。
 悠太は、まず、万梨阿を進行方向の逆に座らせ、自分はレバーの突いた前側に恐る恐る入った。そして、レバーを握る。
 裸電球で照らされた道の向うは、今までと違って明かりが低い位置にある。それは、ここからは下り坂であるということであった。
 悠太は、恐る恐る金属レバーを手元に引いてみた。
 錆びついて動かない恐れがあったが、金属の擦れる嫌な音が少しするくらいで、レバーはなんとか動いた。それを手前に引いてみると、レバーの下の歯車が動いて、台車の両輪が駆動する仕掛けだった。
 まるで産業革命前のヨーロッパの炭鉱の遺物のような機械を、悠太は必死に数回漕いでみた。
 時速四キロメートルくらいでなんとか台車は進んでいった。しかしこれでは、徒歩で歩いたほうが早いようにも思われた。
 しかし、一〇メートルくらい動いたところで、急にレバーが軽くなった。
 下りが始まったのだ。
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