星屑ひろいの少年2

□時よ止まれ
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上官は、何か苛立たしいかのように、絶えずリーダー四人の前を行ったり来たりしている。両腕は後ろで組んだまま、時々悠太の方をちらちらと見た。彼は、深い思考に入る時、必ず前後左右に歩く癖があった。
「ぼ、僕は、分かりません。一体何のために、そんな世界を作るんですか?」
「正確には、もうすでに出来上がっているものに、仕上げをするだけだ。
 君は、まだ社会を知らず、自分がどんな道程を辿って社会人になっていくか、はっきり知らないだろう。しかし、きっといずれ気づく。
 君のお父さんもお母さんも実は、不完全で、君となんにも変らないただ一人の人間だ。そして、それはきっと東京だろうが、ニューヨークだろうが、ロンドンだろうが、エルサレムだろうが、まったく変わらない。社会と言うのは、一種の危ういバランスの上でふらふらと均衡を保って、歴史を形作ってきた。
 『何のために』と聞かれれば、『歴史的に見てみんなが幸福に生きるため』の最適解がそういう世界だから』と答えるだろう。
 例えば、君は去年一年間の日本での自殺者人口を知っているか?」
「し、知りません」
 そんなもの知っている方がおかしいだろう、と悠太は思った。
「約四万九千七〇〇人だ。
その内訳をみると、一〇代と二〇代の男女で、構成比六〇%。不思議なことに、同じ先進国の韓国でも一〇代二〇代で六三%とかなり似た数字が出ている。
 他の先進国でも、自殺者人口の増加と若年層への過度な偏りは変わらない。
 日本は、三〇年前まで年間自殺者が三万人を割っていた。それが、ここ一五年程度で、如実に数字が膨張し始め、現在の自殺者数に至っている。今後、この人数は維持こそされ減少することはないだろう。
 日本という、二〇世紀後半は世界の一大経済大国だった国が、今、こんなひどい有様になってしまった原因が分かるかい?小宮山君」
「第四次オイルショック…ですか?」
「そう、その通り。
 一五年前、中東から発生したかのオイルショックは、かつてのオイルショックとは明らかに違っていた。
それは…言うまでもないと思うが、石油の埋蔵量がその時点で三〇年を切っていると言う、ほぼ確定的事実が明らかになったことから起きた、デマと社会不安の拡張・連鎖だったのだ。
 石油が取れなければ、社会インフラに必要なエネルギーが供給されない。そうなれば、半ば強制的にでも別のエネルギー資源を使うしかない。石油、地熱、風力、原子力と並べられたうち、もっとも加工しやすくリスクが少なかったのがスターダストだった、というわけだ。
 しかし、それでも社会不安は実情よりもはるかに極端な広がり方をしてしまった。社会の、特に食と生活に恵まれているはずの先進国の若者たちが、不安に煽られるように、次々自殺していった。
 二〇世紀という時代は、今考えてもすさまじく血なまぐさい時代だった。ユダヤ人を大勢収監したドイツのアウシュヴィッツ収容所という場所では、まず、自分の未来に絶望し、精神的に参ってしまった人間から病気に侵され、死んでいった。
 強制収容所ほどではないが、今の社会は、精神的側面から考えると、まるで収容所の中にいるようなものではないか?
みんな死にゆくのを前提にしながら、ない気力をあるように振舞って生きている。その中で、スターダスト開発は、ほとんど唯一残された未来への希望、新たな経済成長の起点となるべきエネルギーだった。
しかし、それをわれわれOISDが握る。
掌握することで社会は一時的に機能しなくなるかもしれないが、相手がこちらの事情を呑み込むのも、きっと時間の問題だろう」
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