星屑ひろいの少年2

□ムーン・クレイドル
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「小宮山さん、ききましたか? この月面に、女がいるんですよ」
「女なら、万梨阿がいるだろ?」
「いえ、彼女は特別の任でここへ連れてこられた人でしょ?
そういうのじゃなくて、いわゆる『吉原』みたいな場所が、ここにもあるって、よく話題に上っていますよ」
「吉原…?」
 悠太は、小林の話を聞いて、ポカンとした。吉原という場所がどんな場所で、どんな目的で利用されるかなど、悠太に知る由は無かった。
小林は、悠太の困惑した顔を少し眺めて、あまり言葉にしたくないという顔で言った。
「吉原は、江戸時代の日本最大級の風俗街です。風俗が言っていうのは、男が金銭を払って女性に性的サービスをさせるんです。そういう町は、江戸時代よりもうずっと昔からあったらしいんですけど、今に残るくらい大きな政治的経済的影響力を持っていたのが、その吉原という街なんです」
「ふうん、そんなものがあるんだ…」
 悠太は、再び困惑した。
 やっと最近、自己とか社会とか、将来とかいうものへの意識が芽生え始めた彼にとって、風俗街の話などあまりに突飛すぎて、想像が及ばなかった。それでも、吉原という街を動かす金銭の力が、ある種自分が憎んでも憎み切れない圧倒的な力であることを思って、少し不愉快になった。
 小林は、そんな悠太の気持ちなど気づくはずも無く、話を続けた。
「もとはここに視察に来る、OISD、経団連、政治家のお偉いさんの相手をさせるために、向うのA地区六ポイントの寮の向うに、隔離して作ったらしいです。それが、なんでか知らず、僕たちの住むB地区の近くに移転されたらしくて、アメリカ人の青年が恐いもの見たさで行ったのですが、もう、すごかったみたいです」
「すごかった?何が?」
「彼は『oh, my god』とだけ言って、それ以来口を閉ざしてしまったらしいです」
「なんだよそれ。っていうか、僕たち少年編隊でも、行けるのか?」
「以前は、そもそもA地区の最深部に厳重な警備態勢で隔離されていて、誰も存在すら知らなかったんです。
ところがいつの間にか、徐々に六ポイントから姫たちが抜け出すようになったらしくて、なし崩しのような形で、Aの一の宿舎の一角で不正行為が行われているそうです。そうなれば、もう相手がどうとか関係ないみたいで、求めるのは純粋な対価だけみたいです」
「それって、つまり…」
「小宮山さんも想像に難くないはずです。これですよ」
 そういって、右手と左手で輪っかを作って、コインの形を作って見せた。
「…まあ、そうなるよな」
 悠太は、それを聞いてももう何も思わなかった。
ただ、心の奥にまだ残っている、この世界に金銭や生活より大事なものがあると信じたがっている自分を、また自覚しただけだった。
それにしても、そういうことにほとんど興味を示さない小林が、こんな下世話で遠い世界の話をしてくることが、驚きだった。
「おまえってそういう話、普段はしないけど…興味あるのか?」
「興味が無い、といえば嘘になります。それでも、僕が愛するのは、この世界の人間ではありませんから。僕が愛するのは、純粋な二次元だけです」
「じゃあ、なんでそんな話…」
「警告ですよ、警告。
聞くとこあろによると、編成隊のリーダー達が、部下の金を巻き上げて、そこにちょくちょく行くんだそうです。
小宮山さんもまさかとは思いますが、誰かに誘われても、絶対にいっちゃいけませんよ」」
「ああ、そうだな。あいつらに目を付けられたら、厄介だもんな」
「リーダー個人に目をつけられるだけならまだいいんですが、彼らを敵に回すことは、編隊全体を敵に回すのに近いですからね。しかも、金と女と権力がからんでいるわけですから、もう危険な匂いしかしないというわけです」
「金と女か…、まさか、こんな僻地でそんなことが巻き起こるとはな」
「人情沙汰は、人がいるかぎり付き物ですよ。それより、そんな女の人なんて、いったいどこから引っ張ってきたんでしょうね」
「そりゃ、金を積めばいくらでも来たいやつはいるんじゃないのか?」
「そりゃ、日本でだって、稼ぐ額はすごいらしいですからね。
でも、こんな僻地、しかも相手にするのは国際機関や国のお偉いさんですよ?一体どんな人が、ここで風俗を勤めるんですかね?」
「そりゃ、世界各国の選び抜かれた人たちだろ」
「そういうコンテストでも、あるんですかね?」
「そりゃ、僕にも分かんないよ」
 悠太と小林は、それぎりその話をすることを止めてしまった。
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