星屑ひろいの少年2

□喫煙所での談笑
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ここ数日、喫煙所で悪い遊びが流行っていた。
 その遊びというのは、一種の賭け事だった。
もともと娯楽の類のほとんどない月面において、数少ない余暇の時間を如何に過ごすのかという問題は、少年たちにとって非常に大きなものだった。
 あるものは、地球からもってきたトランプでゲームに興じていた。これは非常にグローバルな娯楽であって、言語の通じない異国の少年が日本人の部屋に出入りすることがあった。
ある者は、家庭用電子ゲーム機を地球からのスペースシャトルに載せてきて、それを活用して一人遊びに興じていた。しかし二四時間の集団生活、しかも厳密な上下関係が敷かれているせいで、一人遊びは大抵、つまはじきにされたものが興じる遊びだった。
 そこで考案されたのが、アルコールと喫煙だった。
 政府の体裁上、青少年の健全な月面での研究活動を掲げているため、酒の類は支給されていなかった。その代り、誰が持ってきたのか分からないが、ほとんど純粋なアルコール成分で出来た液体が出回り、それを舐めながらつたない英語でコミュニケーションに興じる少年達の姿がよく見受けられた。
 かくいう悠太も、何度か、上官に叱責を受けた時、憂さ晴らしで舐めたことがある。
口に含む前から消毒液の匂いのぷんとする液体は、日常生活では決して飲めたいものではない。しかし、生活モラルの低い、不良少年たちは、よくこれを舐めて話している。
悪いことをする時だけは、人間は団結する生き物らしい。
彼らが一緒にいるのは同じく粗暴で明らかにまともな生活を地球でも送っていなかったであろう、ロシア人、アメリカ人、どこかわからないが浅黒いアジア系の少年たちだった。ロシア人に言わせれば、これは「最高にマズイウォッカ」だという。また、イギリス人に言わせれば、「粗悪なジン」なのだという。酒を飲まない悠太にはその見解の真偽は分からない。
しかし、悠太は煙草は好きではなかった。あの鼻を突くつんとした匂いがたまらなく気持ち悪い。なぜ燃やした煙を肺の中に充満させて、口からもったいぶって吐かなくてはいけないのか?
 地球では先輩にあたる青年に一度、率直な感想をぶつけてみたことがある。
「最初はまずいもんさ。でも、だんだん気持ち良くなるんだ」といって、箱から貴重品なはずの一本を勧めてきた。
 悠太はそれを丁重に断った。そして、なるべく喫煙所には近寄らないでおこう、と心の底で誓った。
悠太も小林も、ここの交流の輪からは完全に外れてしまっている。悠太は趣味の合わない先輩隊員たちと一緒にどうでもいい痴話話に興じることが嫌いだったし、小林はそもそも対象から除外されている。
 そんなことだから、寄宿舎一階の広いホールの端にある喫煙ルームは、悠太にとってなるべく関わり合いたくない人間たちの巣窟だった。
 それが、である。
「おい、小宮山。お前、ちょっとこっち来いよ。ほら、そっちの、なんだっけ、小林か?お前も、来い」
 一日の仕事が終わった月面時間午後七時、悠太を呼びつけたのは三班リーダーの河上という一八歳の青年だった。
 彼は、典型的な天才タイプで、一度見聞きした数字や情報を一瞬で暗記し、数日後にすらすら話すことが出来た。大学受験を終えた直後だと言うが、上官ほどではないにせよ、悠太でも知っている有名大学の経済学部に進学が決まっていた。
 そんな秀才がどうしてこんな場所に来たのか、悠太には分からない。しかし頭の性質が一級品の河上は、人間としてはゴミ屑以下だった。
 彼は、規律規範をよく守り、ルールをよく守った。同じ日本人だからという理由もあるかもしれないが、各班リーダーを取りまとめる上官も、彼を叱責したのを見たことはない。スターダストの採集もそつなくこなし、いつも可もなく不可もない実績を残していた。
 しかし、悠太は河上の暗黒面をよく知っていた。
悠太に限ったことではない。河上より地位の低い者は、彼の部下に対する態度をよく知っていた。
 彼は、良識を振りかざして、部下に理不尽を働くのだ。煙草を自腹で買いに行かせたり、自分が座って煙草を吸っている間、部下たちを働かせて星屑を集めさせたりした。ある時は、他の班のリーダーにコネを作っておいて、自分の班の達成できないノルマを他の班の者に集めさせたことがある。
 その班のリーダーは、河上に毎日煙草を三本ずつ譲ってもらう代わりに、彼の理不尽を見て見ぬふりをした。結果、その班員たちはその日、二時間も余分に採掘場に残って、星屑を集めなくてはならなかった。
 そんな男が、悠太と小林を呼びつけたのだ。いい予感のするはずが無かった。二人は、特に抵抗しないまま、喫煙所の前に置かれている分煙板の裏に回った。
 案の定、ロシア人、アメリカ人、中東系の青年を含む七人もの悪党たちが、椅子に腰かけていた。
 河上は、流暢な英語で彼らに話し掛けた。すると、拙い英語の返事が返ってきた。悠太は、自分たちが彼らのコミュニケーションのおもちゃにされることを一瞬で悟った。
「おい、ゲームしようぜ」
「ゲーム、ですか?」
 悠太が聞き返すと、河上は一枚のコインを取り出した。
 ゲームのルールは簡単だった。
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