星屑ひろいの少年2

□プロローグ
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それから、悠太にとっては劇変した、しかし表面的には至極平たんな日々が始まった。
 悠太は、小学生の頃からそれほど夢を見るタイプの人間ではなかった。睡眠中の記憶はほとんどなく、合ったとしても何か見た気がするが、大抵はっきり覚えていなかった。
 それが、月面に来て、非常にたくさん夢を見るようになった。
 大抵は地球の生活の、それもごく当たり前に生活する瞬間を切り取ったような光景が、脳裏に焼き付くように思い出されるのだ。
朝、母親が作った味噌汁とトースト、目玉焼きを食べ終え学校に登校するとか、給食の時間になって、それほど仲良くは無いクラスメイト達と机を向い合せて食事をしている最中とか、真冬の体育の日に外へ出て、袖の中に手を入れながら準備体操をしている最中だとか、そんな夢ばかりを見た。
 それらには、ストーリーも脈絡もあるようには思えなかった。ただ一瞬、その風景の一部に自分が溶け込んでいるような気がして、その場に本当にいるようなつもりになる。そして少し時間が経って覚醒のときが来ると、そこでようやく夢を見ていたことに気付く。
 夢を見た後の気分は、なんともいやなものだった。
 悠太は、地球に居た頃がとりわけ安楽で平穏だったかと言えば、そうではない気がする。地球では地球なりの苦労があり、悩みがあった。ただし月面での生活よりはるかに快適であったことは、否定しようのない事実だった。
 それが証拠に、悠太は移動時間も含めると一日平均一三時間の労働をしていた。
 その最中は、たまに雑談をする時もあるが、大抵は黙々と、ひたすら効率性と安全性のみを考えて仕事をしている。少年編隊には女子はほとんどいないため、コイバナで盛り上がるようなこともほとんどない。余暇の時間も十分になく、異性の刺激も無いため、何もしなければ精神までが月面のようにカラカラに乾燥したものになってしまいそうだった。
 そんな中での生活だから、地球とどっちがマシかと問われれば、迷うことなく地球だ、と答えることだろう。
 悠太の朝は、午前六時、その嫌な夢から覚醒してスタートする。
大抵目覚めが悪く、地球に帰りたい、とセンチメンタルな気分になる。しかし自分はここで絵を描き、それを地球の美術館に飾るなりオークションに出すなりで世間に発表するのだ、と自分を奮い立たせる。
最近は、それがほとんど習慣になりつつあった。
 自己暗示の効果は抜群で、そのおかげで悠太は一日、ほとんど悲壮感を感じず生活できるようになっていた。
 朝、七時に、寄宿舎一階の食堂で、食事を摂ることになっている。
 この食事というものがたいへん厄介なもので、大抵はパンとビアソーセージ、レタスにマヨネーズかドレッシング、となっている。
 地球から宇宙空間に運ぶため、すべての食材が一度、真空詰めにされている。それを水に戻すか、封を開けてしばらく放っておいて、元の形状に戻るのを待って食べる。
 パンは一度ペシャンコになったうえに、日持ちするよう砂糖など調味料がかなり減らされているため、パンと言うよりはぶよぶよした小麦粉の塊を食べている、と言った方が正確だった。
 ビアソーセージは、保存のため通常よりさらに塩分が使われており、しかもカチカチに乾燥してサラミのようだった。おまけに風味もほとんどない。
レタスに至っては、ドライ加工されたカピカピのフレークを、水で三分間戻しただけだった。どう考えても触感は別物で、栄養があるのかすら、悠太には分からなかった。
 そんなよく分からないモノを口に入れ、カラカラに乾いた口を無味無臭の蒸留水で流し込んだ。
 七時四〇分に全体朝礼があり、上官が前に出てきて、本日の最終目標数を口頭で発表させられた。
 ちなみに悠太の第一班の数字目標は四五〇個で、これは一人当たりに振り分けると八時間で一〇個の星屑を集めなければいけないことになる。
 移動時間も一応労働時間に含まれるから、ただでさえ一時間に一〇個は厳しいうえ、移動時間中は何もできないから、「残業」をして仕事を終わらせるしかなかった。移動中は、不測の事態を考慮して二列に整列させられて行進したし、作業中はうっかり雑談で手が緩もうものなら、上官からどんな言葉が飛んでくるのか分からない。
 黙々とストイックに作業する彼らの中から、上官に見初められ、次の班のリーダーに引き上げてもらおうと競争の思想が生まれるのに、たいした時間はかからなかった。
 競争の思想が起こって一か月ほどたつ頃には、日の採集量で仲間内に序列をつけ始めるような風潮さえ起ってきた。
彼らは、誰が「使える」とか「使えない」とか言った言葉を付けて、採集量の少ない者に対していばるようになった。
 そんなことがあるから、本来なら労働意欲が皆無とっていい無責任の権化、野生児の様な男が、「数字数字」といって騒ぎ始めた。月面の少年たちは、過酷な労働環境の中で「競争」という関心ごとを見つけ、今度はそれにまい進するようになった。
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