星屑ひろいの少年(下)

□「資本主義」の精神
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悠太の身体の内側から、ある種の力が湧いてきた。
 悠太は、もう以前の迷い通しの悠太ではなかった。「社会の常識」と言う名の良識を備えた、思慮分別のある大人だった。少なくとも、悠太は自分のことをそう思おうとした。
 いままでのように、子供のような幼稚な願いなど、出来る限り持たないようにと自分に言い聞かせた。そんなちっぽけな自分のエゴなどより、自分は人のため世のため、ここで立派に自分の務めを果たそうと考えたのだ。
 そうだ、今までの方が間違いだったのだ。
いつまでも、形にならない幼稚な願いを持って現実を嘆き、出来るだけ責任を他人に転嫁させて文句ばかり垂れている。悠太は、そんな今までの自分に決別するつもりだった。
 星屑をなぜ拾うのか、と問われれば、今の悠太ならはっきりと「社会のため」だと答えられるだろう。
 自分がどうしたいか、が重要なのではない。
もともと自分がそれを望んでいたか、が重要なのではない。
なぜなら社会は、自分のルールでなど回っていないからだ。それよりも、もっと社会的に意義のあることをしようと思った。社会に求められる要請に、自分の方から答えるのだ。
自分が社会の歯車であることは構わない。ただ、自分の行いが少しでも社会に対してプラスの作用を持てばよい。
 今までの悠太にとっては、自分の夢をかなえることはとても価値があることだったし、人に譲れない大切な「未来」だった。しかしその姿が今は完全にぼやけて輪郭を失い、その代りに革張りの高級な椅子にどっかりと腰を下ろす自分の姿が、未来への光妙とともに自分の前に横たわっていた。
 その未来像は、「権威」を纏っている分、分かりやすくて明確だった。金の力を帯びている分、父親ですらけちを付けるわけにはいかなかった。
 そんな姿に憧れているかと問われれば、もちろんそんなことは無い。
 悠太の未来には、絵本作家の未来を諦めきった彼の未来には、どう考えてもその理想像以外の姿など、あり得なかった。他の選択肢などありはしなかった。
 悠太は、運命というものを、あらゆるものを地面に縛り付ける重力のようなものだと感じていた。
 人は一生それに支配され、いくつになっても、いつまでたっても、その強力な力との結合は解き放つことが出来ない。いつまでも人は過去に捕らわれ、偶然と運に恵まれたものだけが、自分の好きなこと、やりたいことをして人生を過ごせる。
 悠太も、以前はそんな人に憧れていたし、本音を言えばそんな人たちが喉から手が出る程羨ましい。自分も、やりたいことをやって自己実現の道を突き進みたいと切に願っていた。
 しかし現実の采配は残酷で、本当にくやしくて残念で理不尽なことだけれど、悠太はそのごく少数のうちの一人に選ばれることはなかった。
悠太は自己実現とか、夢を形にするとか、好きなことを仕事にするとか、そんなことは出来ないで、ビジネススーツを着こなして毎日会社に通い、家庭を築き、それなりの苦労もしながら、社会の一員となっていく。そういう「その他大勢」のうちの一人にふり分けられてしまった。
 子供の頃に描いた夢はすべて幻想で、それは水泡の如く消え失せて、悠太の前には厳しい社会とか現実とかいうものが横たわっている。
 悠太の心はどんどん守りに入っていった。悩むことを止めた代わりに、今まで視界に入ってこなかった利害関係だとか同僚だとか、人生設計だとかいうものが頭を大きくもたげてきた。そして、物事をすべて損得と言う視点から勘定するようになっていた。
 同時に、悠太の心には強い競争原理が働くようになった。
 悠太はその日から、一個でも多くの星屑を拾おうと思い始めた。
 星屑を拾うことは決して好きではないけれど、そうして人一倍苦労することが未来の光妙をますます強め、後になって何十倍ものリターンとなって還ってこればよい。そして、ここで同様に働く者たちから一歩でも抜きんでるのだ。そうすれば、自分の未来像へより一歩近づける。
現在の苦労が、未来の悠太をより一層偉くしてくれる投資となるのだ。
 気づけば、少女はもう悠太の下を訪れなくなっていた。
本当に来なくなったのか、もう悠太には彼女が見えなくなったのか、それは分からなかった。しかし、悠太にとってそれはどっちだっていいことだった。彼女が人生の一時期にしか見えないものだったとして、人は必ずそれを踏み越えて未来へ進まねばならない時が来る。
悠太にもいよいよ彼女が見えなくなる時期が来て、悠太はそれを越えてでも進まねばならなくなった。
それだけのことなのだ。
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