星屑ひろいの少年(下)

□悠太の生きる道
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悠太の心の中には、いつのまにか自分がこれからの人生の路をどのように歩いて行くべきなのか、というような考えが、向うから歩いてやってくるように日に日に大きな課題として心の中に膨れ上がってきた。
 それは、以前の極まっとうな生活では埋もれてしまい、真に正面から向き合うことを避けてきた問題だった。
しかし一旦困難な状況に追い込まれると、悠太の頭は必死に自分の人生のモデルケースとなるべき人物を探すのだった。
それは何も、どこか遠い国の英雄や、維新の志士と言った人々ではない。ただ、悠太の今の悲惨な状況を心のどこかで割り切れるような、分かりやすい世界観が必要だったのだ。
 そう言う答えのない問いに悩まされる時、決まって悠太は目の前の星屑採取に専念できず、頭の働きが奥の方から鈍くなっているような感覚に襲われた。それは無論毎日やってくるものではなかったが、ふいに一人だけで作業をしている時などそれは襲ってきて、強い力で意識を別のどこかへ持ち去ってしまう。
そういう時、悠太はどうしようもない空しさと同時に、焦りのような気持ちに焦がされて、だからといって何をやったら良いのかさっぱり分からないという、八方ふさがりの状態に陥ってしまうのだった。
 発展途上の悠太にとって、目の前に対称的な人生観を持った三人の人物がいた。
 一人は、彼の父親だった。
悠太の知る父親は、会社から帰ってくると毎日のようにだらしのない恰好で野球を見ながらビールを飲んでいる。悠太に大事な話をする時でさえ、彼は決して悠太と目を合わせようとしない。悠太を説き伏せようとすれば、必ず社会の常識や「世間とはこういうものだ」という固定観念が顔を出す。
 悠太は、そんな父親の悪癖と呼べる習慣を有害なものとして嫌っていたし、あんな風にはなりたくないと心底思っていた。
しかし心の奥では、そんな父親が哀れにも思われた。
社会の激流に翻弄され、自らの意思で飛ぶ飛行能力を奪われた鳥は、安住の地だけを必死に探し回って権威と言う大きな木の下に依りつく。
そこで束の間の安息を得ようとするのである。
 悠太もここに来てみて、社会というものの猛威がいかに激しく、自らのエネルギーを奪っていくのかということを身を持って感じさせられた。
かといって、一生このままでよいかと言うと、まったくそんなことは思わない。願わくば、どこかに自分の脚をしっかりと着地させて、そこから一息に社会を泳ぎ切ってやりたいと言う気持ちもしていた。
 次に浮かんだのは、上官だった。
 上官は大学院生だが、将来を所望された、頭の性質の素晴らしい人間だった。
 悠太は上官を見ている時、見たことも無いのに山寺の修行僧を思い浮かべた。
それは、山の中で苦行をしている坊さんが山から下りてこれば、上官のような性格に仕上がっているのだろう、と言う勝手な妄想から出たイメージだった。
 上官は素晴らしく頭の性質の良い人で、それこそ尊敬に値する人かもしれないが、あまりにも自分の意思を軽視しすぎるような気がしていた。
 複雑な社会の流れやここで採れた鉱石をどうするかなど、社会や組織全体の小難しいことの説明が、上官ほど分かりやすく上手な人を悠太は知らない。知的レベルがまったく違う相手に、難しいことをここまで分かりやすく説明する上官の姿は、一部の少年に畏敬の念を抱かせていた。
 一方で、そこから独自の見解や考えをいうことも忘れなかった。それは悠太の父親ほど雑然としておらず、それこそ彼の頭の中がきちんと整理されていないととても出来ないような芸当を、彼は毎日やって除けていた。
 一方で、彼は感情の色を自分が出すことを極端に嫌っていた。
「自分はこうしたい」「これは嫌だ」という言葉を口にするのを一切見たことが無い。絶えず思考を重ねて出てくる言葉は、どこまでも冷徹な論理の言葉であり、たとえ彼以上の脳力の人でもそれを覆すのには大変な労力がいるに違いなかった。
 それでも上官が時々笑いながら口に出す失敗談は、彼が苦行層のように自分を追い詰めた結果としか受け取れないものがほとんどだった。
 学会発表の資料を大量に用意するために、キーボードをたたきすぎて腱鞘炎になったとか、アメリカへの交換留学中、体調が慣れていないのに研究室の資料を夜遅くまで読みふけっていて心身のバランスを崩したとか、受験生の時は教科に合わせて毎日の睡眠時間を変えていたとか、悠太にとってはやりすぎだと思わずにはいられない話題に、彼は事欠かなかった。
そうして、それを自嘲気味に笑いながら話す上官の姿を、悠太はなぜか悲しく思った。悠太にとって上官は、理知的で厳しすぎる人である。同情の余地は無いはずだ。
しかしなぜか、彼がそういう過去の話をするとき、悠太には上官の世界観が悲壮の色を帯びているように思われた。
彼は、ものすごい情報処理能力と怜悧な思考力と引き換えに、活き活きした心の働きを失ってしまっているように思われた。
研究対象にばかり目を向けているうちに、自分の中にどんな感情が渦巻いているのかに目を向けることを忘れてしまっているように思えた。
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