星屑ひろいの少年(上)

□上官という男
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「小宮山君、ちょっと、こっち来て」
 悠太を呼び止めたのは、一七〇センチの身長で、悠太たちと同じ迷彩服を着た青年だった。ただ一つ違うのは、彼の帽子には他の悠太達とは違う、金色に輝く星型のバッジが着けてあることだった。
 悠太はその声を聞いた瞬間、思わずびくりとした。悠太の脳裏には、ついこの間、目の前の男に手ひどく叱りつけられた時の不快感が蘇りかけていた。
「は、はい。なんでしょうか、上官殿」
 青年は年下の悠太の前で表情をピクリとも変えないまま、無言で手元の書類を指さした。
「ここ、記入間違ってるんだけど」
「あ……、すみません」
 そう言った悠太は、本心で思っているのの十倍増しくらいに申し訳なさそうな態度で、上官に謝った。下げた頭をちらりと上げ、上官の顔をちらりと覗いてみた。
 上官の表情は、ぴくりとも変わらない。厳格な意志の籠もった顔の奥に、感情の色はまったく見られない。まるで無機物でも眺めるように、視線だけを悠太の頭の方へ向けていた。
 ――こええ!
 悠太は改めて震え上がった。悠太にとっての上官は、感情をむき出しにして理不尽をしてくる先輩よりもよほど恐ろしい存在だった。その恐ろしさの一端が、この冷徹な視線に現れている。
「じゃあ、これ、いつ直してくる? 」
「えっ、それは、今度またこれを提出する時、とか」
「じゃあ、次回の提出がいつか、知ってる? 」
「来週の……水曜とか? 」
 悠太は、上官に聞き返すように、問いを問いで返した。
 上官の表情は、機械のように真顔だった。
「八月三十日、来週の火曜日だよ。まず、次回の提出期限が迫っているって、自覚はあった? 」
「え、それは……」
 頭の中でうまいごまかしの言葉を探したが、そのどれもが上官に見抜かれるであろうことを悟って、悠太は諦めた。
「ありません……」
 そういうと、上官は「ハア」と乾いた溜息をついた。
「ちょっと、本当に大丈夫かな? 君は、日本政府の派遣隊として、国費でここへきている自覚があるのかい? 中途半端な気持ちじゃさっさと帰った方がいいよ。
 君だってこのままじゃ、辛いだろ。私だって、仕事をこれ以上増やしたくないんだ。形にならないこんな書類に、無駄な時間を使わせないでくれ」
「……すみません」
「繰り返すけど、前々回の段階で、小宮山君は同じミスをしているんだよ。
 誰だって、いきなりミスをするな、なんて言わないよ。だから、同じミスを繰り返すな、ってあれほど言ったよね? そのために君に、手帳のカレンダー欄にきちんと記入して置けって言って、あの場で書いたよね。あれ、書いたのに、どうして忘れたの? 」
「それは……その、」
 悠太はもじもじとし始めた。
「すみません、あの手帳、見ていませんでした」
「見ていないって、あそこに日ごとのスターダストの集積量を記入するよう、数字だけは知っておくよう、言っておいたよね? 数字を把握して置けって、あれほど言ったよね? そこらへんは、どうしたの? 」
「すみません、見るの忘れていました」
「見るの忘れていたって、いつから? 」
 悠太は、ついに堪忍した。
「前回、上官殿にご指導いただいた、次の日からです」
 精神的に手一杯で、とてもそんな余裕は無かったんだ、という本当の言い訳が悠太の頭をかすめた。
しかし言ってどうなるのだろう? きっと、「あまえだ」とか「みんなそれに耐えてやっているんだ」とかいう言葉の槍が、さらに悠太に襲い掛かってくるだろう。
「まさか、こんなひどい状況だとは思わなかった……」
 上官は、少々狼狽気味に、あごに手を当てて息を吐いた。何かを考える時、あごに手を当て撫でることが彼の癖だった。そして、悠太の失態の再発防止策を改めて
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