星屑ひろいの少年(上)

□小林という男
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「小宮山さん、見てくださいよ、これ。『リアル・マーメイド』blue-rayの特装限定盤なんです。今月八日発売で、冷泉花世のフィギアが付くんですよ」
「へえ、そうなの。『リアル・マーメイド』か、僕も地球に居た頃はちょっと見てたな」
「冷泉さんはいままで人気が高かったにもかかわらず、特装版のフィギアにはなりませんでした。
 今回のblue-ray発売に関しては、今まで以上に激しい争奪戦が予想されます」
「小林も、予約するの? ここ、地球じゃないけど? 」
「当然です。ちゃんと、帰った時用に今から予約します」
 小林はそう言うと、スマホを見せた。
 悠太と小林は、話しながらうろうろとしては、採取できそうな鉱石を見つけて手元の作業袋に入れていた。二人は今日も、課せられたノルマを達成するべく、黙々と石を拾っている。
 小林という男は、悠太が今までだった人間のどの典型とも、どこか違っていた。 悠太が最初に彼に出会ったのは、月に到着して二日目だった。
彼らは朝礼で総勢百名が規則正しく整列する時、隣同士だった。日本人の中では、アイウエオ順でならばされる時、二人の苗字は必然的に近い位置に来るからだ。
 彼はいつも肩甲骨の真ん中あたりから、少し地面の方へ傾いていた。はたから見ても、明らかな猫背だった。
目線はわざと人と合わせないようにしているらしく、彼と正面から対すると、必ず目線が合わない。それは彼の先天か後天かに授かった、人間嫌いな性格を象徴しているかのようだった。
同級生の悠太に対してすら敬語で話す調子も、最初に会った時はどこかよそよそしい印象を悠太に与えた。
 少年編隊として招集されて少し経った後、悠太は小林の寝室へ行ったことがある。少年編隊の構成員は四人一部屋の寝室が用意されていた。入口を入ると狭苦しい部屋の左右に二段ベッドが一つずつに据え置かれている、簡素で必要最低限のものしかない部屋だった。
 先輩構成員も当然いるわけで、彼らと悠太たち後輩の間には厳格な上下関係が存在していた。一方で、配給で届いたアルコールや煙草を未成年の後輩たちに貸し与えることも、先輩構成員の義務だった。
 寄宿舎の部屋は、基本的に国籍ごとに分けられている。そのせいで、日本人の部屋には日本人だけの持つ、独特の囲気が濃厚に流れていた。
吉田や渡辺と言った苗字の連中は日本人部屋からあぶれていまい、多国籍の連中と寝食を共にしなくてはならなかった。それを嫌う者の中には、日本人部屋に常駐している者もあった。
 悠太が小林の部屋を初めて訪ねた時、彼のベッドは入口から見て右下だった。
そこには、皺くちゃになったシーツの上にいい加減に布団が放置されていた。そうして、彼の枕元や壁際には、所狭しにアニメやゲー-ムのキャラクターフィギアが並べられていた。小林の持つフィギアは、明らかに変質的な趣味から選ばれていると分かった。
大抵のものが髪が長く、瞳の大きな少女だった。悠太の知るアニメのシリーズには、小林の所有物を含め様々な女性キャラクターが出てきたはずだ。しかし彼が選んだ女性は、大体が学生であり、ロングヘアーで、瞳が大きく無垢な印象を与えた。
悠太はそれらを見て、彼がかなりの偏愛家であることを知った。
 小林は、退廃的で消極的な性格だった。それは彼一人を放っておくとそうなるということであり、ここでの共同生活で彼の性質はあまり表面には出てこなかった。
悠太は彼と何度か、一緒に星屑集めに行ったことがある。彼は、しきりに自分の好きなアニメやゲームの話をしたがった。
悠太は彼の話の大雑把な内容は理解できたが、話が込みってくるともう聞くのが面倒になってしまった。そしていい加減な返事をしながら地面を眺めていた。小林は石を持ち上げては眺めていた。その間にも彼の口は語るのを止めなかった。
悠太は、もっと建設的な話をしたいと思い、帰国したら一体どうするかと聞いてみた。すると、彼はさっきまで少し持ち上げていた首を少し下げて、「はたらこうかな」とだけ呟いた。
 彼の性格は、悠太の上官とまるで正反対だった。
上官は、非常に現実的だった。そして自分の取り決めたいくつかのルールに絶対の価値を置いていた。
そのルールは、彼の強い理性によって取り決められたものだった。彼にとって、そのルールを妨げるものは全て余計なものだった。
自分の中から湧き出た欲望であっても、ルールを妨げるならばそれは切り捨てるべきものだと決めていた。彼の非常に禁欲的で自分に厳しい性格は、まるで修行僧のようだった。彼が時々部下たちに対して口にする「あるべき姿」「理想」というものは、驚くほど具体的かつ社会的常識の延長線上にあるものだった。
 彼は日本でもトップクラスの有名大学の出身だった。事実、彼の頭はすばらしく優秀だった。
彼の口を出る言葉は、どことなく教科書的で感情の色に乏しかった。しかし彼の話は誰にとっても簡潔で分かりやすかった。
少年編成隊の者たちが、簡単な事実すら正確に報告できないのとは、まるで違っていた。彼はどこまでも地に足が付いた考え方をしていて、しかも強い上昇志向の持ち主だった。
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