星屑ひろいの少年(上)

□月からの招集状
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「月面で鉱石を拾う組織のこと、知ってるか? あれの応募が家に届いたんだけど、お前、行ってみないか? 」
 高校入試を翌年の一月に控えた九月のある日、家から帰ってきた悠太に父親がそう切り出した。
悠太はその組織のことを小耳に挟んではいたが、彼の興味はもっぱら好きな絵を描くこと、来年の普通高校美術科の入学試験、そして残り半年となったクラスの人間関係に向いていた。そういう時事的なことは、悠太にとっては、ずっと遠い世界の出来事でしかなかった。
「月? 最近、テレビでよくやってるやつ? 」
「ああ、そうだ。宇宙物質というやつだ。知らないか? 
それを拾う青少年を世界中から募って、国費留学生としてOISDの月面基地に送るんだ。その案内が今日来たんだ。
基本的にこっちから国の要請に応えることになるんだけど、どうだ、やってみないか? 」
 父親はそう言って、茶色の封筒を出してみた。宛名には悠太の名前がはっきり示されている。それなのに父親は、本人の許可なくそれを開けて勝手に中身を読んでしまったらしい。
「え、でも来年は入試だよ? こっちの進路もあるし、いいよ」
 悠太はそう言って父親の申し出を断った。しかし本意は入試などにあるのではなく、そんな異郷の地に行くことが恐くて面倒で仕方なかったのだった。
そんなことより、普通高校の芸術学科へ行くことの方が、随分現実的かつ理想的な進路だと悠太は思っていた。
月へ人類が本格的に進出してから、もう三十年近くが経過していた。
 月面はしばらく「利用価値なし」として放置されていたが、数年前、地球上には存在しない特殊な鉱石が発見された。
その物質は、「star dust」と呼ばれ、日本語では「星屑」と呼ばれた。灰色の、一見ただの鉄鉱石と何ら変わりのない鉱物は、純度の高い酸素と結びつくことで強烈な発熱をした。その温度は簡単に百度を超えてしまう。
それが発見されたころ、地球の石油は想定される埋蔵量が約二〇年分と言われていた。
石油に替わるエネルギーとして、水素が開発されていた。しかし水素エネルギーの加工は困難を極め、いまだ実用化の目処は立っていない。そこで新たな資源として、急遽、スターダストが注目されたのだった。
 この鉱物の厄介なところは、今までの科学技術では探知することが出来ないことだった。スターダストは月面の石や地中に散らばっており、太陽の光をあてるとキラキラと輝いた。この鉱物の採集は、当面はそれを識別できる人間が担うことになった。
 そこで誰を送り込むか、と言う議論が世界中で巻き起こり、主に発展途上国の失業者が特別派遣隊という体で、順次送り込まれていった。
その後、一定の安全性が保障されると、先進国でも企業研修や科学調査のため、一般市民が次々月面へ送り出されるようになった。その時流の中、世界の青少年の理工学分野への興味関心の育成と言う名目の元、一定数の少年が月面へ送り出されることとなった。応募対象は一四歳から二二歳までの、心身に何ら障害のない健康な青少年、である。
期間は、その年の一二月から翌年一一月までの一年間。
基本的に公募はせず、日本政府の任意でランダムに招待状が届いた。もちろん、基本的には任意で引き受けるものである。
 悠太はその言葉で、自分の父親が納得するものだと思っていた。言い換えれば、父親は悠太の意思次第で引き下がるものだと思い込んでいた。
「お前な、そういうことじゃないんだ。入試がどうどか、そういうことじゃ」
 この言葉を聞いた瞬間、悠太の腹の中に冷たいものがひやりと流れた。相手の言葉じりを拾い上げ、それを一つ一つ打ち消していくときは、決まって父親の結論はすでに決まっている。
そして、それを変更できたことは、悠太には一度も無かった。
 父親は、今回の研修期間は、帰還後高校側に十分考慮され、入学を遅らす措置があることを説明した。
悠太が推測していた通りだった。
父は、この研修は非常に有意義な体験であることを、日本社会の科学技術の進歩を踏まえて説明し始めた。日本の大手機械メーカーは、現在こぞって宇宙航空技術を開発している。十年後には、ロープライスで一般人が月面へ行ける日が来るだろう。そうして、日本の中部地方は、宇宙ロケット技術でアメリカやEU諸国と競うようになるだろう、という話だった。
悠太は、それと自分が宇宙へ行くことがどうつながってくるのか、さっぱり分からなかった。それより、自分の興味も無い社会経済の話を聞かなければいけないことが、ひたすら不愉快だった。
「そういう技術の大きな一翼を担うチャンスなんだ」
 父親は、経済の話をそう締めくくった。
「は、はあ……」
 悠太は、感心するでも呆れるでもなく、いい加減な感嘆詞だけを漏らした。
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