星屑ひろいの少年(上)

□悠太と少女
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薄暗い寄宿舎の裏に、その少年は横たわっていた。
 ゴミ箱が、壁沿いに二十近く並べられていた。その一角が崩れており、そのただ中に、寝そべるように少年はいた。
生ごみの中身は、ペースト状の宇宙食の袋、ジュースもしくはアルコールの入っていた空き瓶、くしゃくしゃに丸められた紙くずなどだった。それらが散らばり、若干の臭気を放つ真中に、悠太はいた。
 悠太は、身体が冷えるままに冷たい地面に横たわっていた。
顔は赤くて、呼吸が通常より深く、まるで眠っているようだった。目もトロンとして閉じかけている。鼻から入った空気は鼻孔を通って喉を抜け、胸部と腹の中心部辺りまでを大きく膨らませた。潮がゆっくり引くように、空気は鼻から口へ抜けて行った。
暗い洞窟に風が吹き込む様な、ヒューヒューという風切り音が鼻腔から出ている。
悠太は、迷彩色のベレーをぐしゃりと折り曲げて、無理やり枕として使っている。スウェットのようなだぼっとした迷彩服を上下に纏い、腰は革のベルトで締めてある。足には滑り止めラバーの付いた、防寒仕様のブーツを履いている。それを丈夫な靴ひもで解けないようにしっかりとした蝶結びで、足に固定していた。
悠太の服装は、全体として陸上自衛隊と酷似していた。
彼は、本名を小宮山悠太といった。
いつからそこに立っていたのか分からないが、悠太の寝そべっている横に一人の少女が立っていた。
 少女は白いワンピースを纏い、緑色のミディアムヘアをしていた。天然パーマのせいで、毛先が捩れて外側に広がっている。瞳は、限りなく黒に近い緑色をしていた。
少女は、悠太に問いかけた。
「どうして、そんなところで横になっているの? 」
 悠太は不愛想に目をとろんとさせて、真上を向いたまま口を開いた。
 悠太の視線の先には、真っ暗なむき出しの宇宙空間に、宝石を散りばめた様な星々が光っていた。
「別に、横になりたくてなっているわけじゃないよ。眠くて立ち上がれないから、寒いのを我慢して横になってるんだ」
「ふうん、変な人。寒いなら、ベッドに戻ればいいのに」
「戻りたくないから、ここにこうして横になっているんだ。君は、だれ? 」
「誰かと問われれば、ともかくここにいる者よ」
「こんなところにいるのは止めた方がいいよ。ここは、いいことなんて一つもない。さっさと元いた場所に戻った方がいいよ」
「来るべきところに、来ているのよ」
「誰かに来るよう、言われたのかい? 」
 悠太は、そこで初めて首を少し上に挙げて、少女の方をちらりと見た。
「そうでもないわ」
「ふうん……君は、随分と変わり者だね」
「そうね、そうかもしれないわね」
 悠太は、彼女の返事が曖昧なのが気にくわなかった。首を再び下げて、上を見た。
「答えになってないよぉ」
 泥酔した、相手に絡むような言い方だった。同時に、相手に対して、同情を求める声だった。もしくは、すねた子供が見せるわがままだった。
「あなたは、どうしてここにいるの? 」
 今度は、少女が逆に悠太に聞き返した。
 しかし悠太は少女の言うことなど聞かず、思いつくまま今日の出来事を話し出した。
「今日はさ、面白くないことがあったんだ。
今まで頑張って集めてきた星の屑百個が、劣化がひどくて使い物にならなかったんだ。
上官は……上官殿は、そんなしくじった僕を、激しく叱責したんだ、『本当にやる気はあるのか』なんて言いながら。
あんまりにも僕のことぼろくそに言って、僕にはもう立つ瀬が無かったんだ。
でも仕方ないじゃないか。ここに配属されて仕事に就いてから、まだ三週間だよ、三週間! 
ここに来る前に通っていた中学校を休んだ時もつらかったし、ここまで来るためのスペースシャトルは、小型機に無理やり人を詰め込んでいたから、ここについて上官殿に指示を頂くころには、もうすっかり慣れないことで疲れ切っていたんだ。
そんな中でたまたま上官殿の話を聞きそびれたからって、僕だけが悪いわけ、無いじゃないか。
 だいたい僕だって、星屑なんか積極的に拾いたくてここに来たわけじゃないんだ。僕はホントはデザインの専門学校に通う予定だったんだ。でも、日本政府が国際宇宙開発機構(OISD)の協力事業で、中学生から大学生までの中から、選抜で星へ星屑ひろいに行く人を選んで、僕が運悪くそれに当選しちゃったんだ。
 そりゃ僕だって、こんなよく分からない未開の場所で、星の屑なんて拾っていたくはないよ?
そんなことなんてやらないで、専門学校に行って絵の勉強をしたかったんだ。でも、OISDの特待生として派遣されれば、家族にもまとまった配当金が入って来るんだ。
特待生として一年間勤務するだけで、履歴書にも立派に書くことができるし、三年もやっていれば国家資格として一部国税が免除されるんだ。
僕は、いわば金のためにここに来たんだ。
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