星屑ひろいの少年(上)

□エピローグ
1ページ/3ページ

「あっつい……」
 外のうだるような熱気に嫌気がさした僕は、上野公園の路上の一角から、どこか退散できる場所を探していた。
 年々高まっていく最高気温は、今年度の八月にはいよいよ四二度を突破した。東京のアスファルトは、燦燦と降り注ぐ太陽の光を目いっぱい吸い込んで、気温計の表示をはるかに上回る熱気で都内を満たした。都心部において比較的樹木の多いように見える上野駅周辺でも、その熱風は容赦なく吹き付けていた。
 なんでこんなくそ暑い時期に僕が、地方の田舎町から東京へ来なければならないかというと、夏季休暇中に自分の興味のある大学に最低一校以上行け、という担任教師からのお達しが下ったからだった。
 高校二年になる僕は、これといって将来への展望があるわけではない。毎日がなるべく平和に、欲を言えば少しだけ刺激的に、過ごせるようになってほしいと願ってやまない、傍から見ればどう見積もっても平凡な男子高校生だった。
 僕にも何か、自分を特別ならしめる才能があったり、人生の方向を大きく変えてしまうような大きな事件が起こったりしてくれればいいのに。そう頭の片隅で願いながらも、僕の心はいつも学校の出来事や勉強、進路云々、どう見積もっても「人並み」のことでしか悩めない構造に出来上がりつつあった。
それでも自分の将来を変えてくれるような大きなチャンスが、残された学生時代に訪れることを諦めていない。それがどんなもので、一体どんなタイミングで来るのか、そんなことはさっぱりわからない。でも、とにかく、自分の人生をもうすでに諦めるような気持には、全くなれなかった。
 今回オープンキャンパスを地元の国公立大学にせず、都内の大学にしたのも、都内の大学に行く学力も経済力も僕には無いけれど、何か新しい刺激があるんじゃないか、そう思ったからだった。
 そう、自分を変えてくれる何かが欲しかった。自分を夢中にさせてくれる何かに、心の底から飢えていた。
 そんな期待を持っていったオープンキャンパスはどうだったか?
 僕の期待をまったく裏切る形で衝撃的だった。
 狭い講義室にぎゅうぎゅうに押し込められて、Yシャツとジーパンをはいたヒョロヒョロの教授に、東アジアの国際関係について講義を受けた。教室は無音で、ごうごうとエアコンが乱暴な音を立てているだけだった。
全国から押し寄せた高校生百人相手に、教授はまったく抑揚のない声で、粛々と隣国と日本の歴史的背景を語っていた。
 みんな必死に耳をそばだてていたけれど、僕は若干汗臭い空気と、乱暴なエアコンの音、プリントをぱたぱたさせる音と棒読みの言葉、それらを聞くうちに、だんだんと自分の気持ちが萎えていくのを感じていた。
仮に大学受験までの残り一年と五か月、必死に勉強してこの大学に入れたとして、果たして自分はこんな授業を受けたいのだろうか? 
 こんなものを聞くことが、どんな風に僕の将来に役立つんだろうか? 
 僕はここにいかないとして、どこかに本当の居場所があるんだろうか?
 じゃあ、僕はどうすれば……、どうすれば……。
 結局、この日、授業の半分を僕は睡眠に当ててしまっていた。目を覚ました時には教室中から乾いた拍手が起こっていて、教室の前後からぞろぞろと人の移動がはじまっていた。
 教室を出た僕は、うだるような暑さにうんざりとしながら、とぼとぼとキャンパスのメインストリートを歩いていた。
目の前を三人の女の子が楽しそうにおしゃべりしながら歩いている。この無駄に広いキャンパスを半日も連れまわされて、無味乾燥な講義を聞いて、それで元気でいられる理由が僕には理解できなかった。
 その日は大人しく新宿区にあるビジネスホテルに戻って、さっさと寝てしまった。
 次の日は、夕方の新幹線まで時間が出来たので、午前中は秋葉原に行ってきた。最新のアニメやゲームの情報が飛び交う中、街頭にはコスプレをしたおねえさんが喫茶店のビラを配っていた。
 この日ばかりは僕のテンションも上がったけれど、使えるお小遣いが少ないせいで、ろくな買い物が出来ない。仕方なく昼からは、まだ安い美術館へ行くことにした。
 見慣れない都内の地下鉄のホームできょろきょろとしているうちに、あれよあれよと時間が過ぎて、結局上野公園に着いたのは、十四時過ぎだった。
 当然、熱すぎて公園内なんて歩けたもんじゃない。
 僕は、しばらく首筋に焼けるような直射日光を受けながら、駅前周辺を歩き回り、なんとか公園付近の名前も分からない一つの美術館に避難した。室内に入った瞬間噴出してくる汗にTシャツをパタパタさせつつ、二千円と言う破格の入館料を払わされ、僕は館内の通路に立った。
 真っ白な壁とお世辞にも広くない通路に結構な人がいて、なかなか窮屈だった。壁には、見慣れない変わった現代アートや、針山のように人間の腕が突き出た造形美術など、僕の理解の及ばない作品がぞろぞろと並んでいる。
 僕は人を避けるように人気の居ない作品を鑑賞して回り、そろそろ二十分が経とうとしていた時だった。
次へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ