刀剣乱舞

□恋月夜
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「おはよう主。本日は 誠清々しい朝だなぁ」
本丸。女である審神者の部屋の戸を 躊躇いなく開けた刀が一振り。人は彼を天下五剣、三日月宗近と呼ぶ。
「ん…三日月……?おはよう」
重たい瞼をゆっくりと開くと、いつの間にか三日月の顔が目の前まで来ていた。
「み、三日月!?」
「ん?どうしたぁ主。…あぁ、驚かせてしまったのか」
すまんすまん。そう平謝りをし、三日月の顔が離れていく。
「もうっ……」
突然の出来事にどきどきしてしまった。こういうことを平然とやってしまうのがうちの天下五剣の良……悪いところだ。
顔を赤らめる審神者。それをにんまりと眺める三日月。そこに新しい足音が聞こえてきた。
「おーい三日月。主は起き…おっと、邪魔だったかねぇ」
「いいや、まだ何もしておらんよ。今主を連れて行く」
三日月はがっしりと審神者の肩を掴んでいる。……「まだ」、とは。審神者は寝起きで少しはだけていた胸元を全力で隠す。
「……おや?主、俺に胸を触ってほしいのか?」
どうしたらこの構えが求愛に見えるのか教えてほしい。
「うーん。三日月、主はやっぱ俺が連れてくわ」



「それでね、三日月がね……」
朝ご飯を食べながら 起きたときの出来事を薬研くんに話した。
「三日月の旦那、そりゃいけねぇぜ、朝から夜這いなんt『夜這い!?三日月殿、それは誠か!? そして薬研、後で私の部屋に来なさい』おう」
賑やかな朝だ。
「はっはっはっ。よきかな」
よくない。全然よくない。
普段、私を起こしてくれるのは 基本的に薬研くんである。でも薬研くんは 他の兄弟たちを起こす都合もあるので、そんな時は手の空いた刀が私を起こしてくれていた。
「うむ。主の寝起きの顔があまりに気持ち良さそうでな。俺がもっと気持ち良『三日月』なんだ鶴丸、いいところで」
助けてください。確信犯のようです。

三日月宗近は 最も美しいと言われる刀。
ずっと探していたけれど なかなか会えず、諦め掛けていたときにやっと出会うことができた刀だ。
三日月を見つけてくれたのは鶴丸。
そのこともあってか、鶴丸は 一人では色々なことができない三日月の介護(?)をしてくれている、言わば三日月専門介護士である。

「あぁもう、三日月の爺さん朝からこんな感じなんだぜ? やっぱ、薬研に頼まれた仕事を三日月に任せたのは不味かったなぁ」
鶴丸が申し訳なさそうに私を見るので、
「大丈夫大丈夫、三日月はいつもこんな感じだし」と慰めた。

斜め向かいに座っている今剣がご飯をぽろぽろと落としている姿を見て立ち上がる。
と、なぜか三日月も立ち上がった。
「なぁに?」と私が言い終わるか言い終わらないかのうちに、三日月が私の頬に触れ「米粒が付いているぞ」と 一粒の米を指ですくい取り、すくった米を食べた。

「食べた」
「食べましたね」
「食べたな」

「あら、ありがとう三日月」
素直に感謝を伝えた。
「君…その、随分と冷静だな…?」
鶴丸が目を泳がせる。
「え、だって。 こんなことでいちいち驚いてたら この本丸で審神者なんてやっていられないでしょう?」
「ん、まぁ確かにな」
強い主君であることを喜んでよいものなのか、主に思いを寄せる刀剣たちは迷ったという。
審神者に口元を拭われた今剣は面白そうに笑い、「今日のお月見楽しみですー」と歌仙を見る。
「はぁ……この本丸で雅の分かる者たちと月見をすることは楽しみにしていたけれど、三日月、なんというか君は雅なんだけど何かこう…いいや、何でもないよ」
「んん」と聞いているのだか聞いていないのだが分からない返事をして、三日月は審神者を凛とした瞳で見る。

「主、楽しみだな」


後に夜が来た。
 [newpage]
月見の準備をする歌仙をよそに、短刀たちは月見で使うススキを持って走り回ったり、腰に差したりして遊んでいる。
「君たちに手伝え…なんて言わないけれど、もう少し静かにしてくれないかい?」
腰に長いススキを差した厚藤四郎に話掛けると、
「うるせぇ、俺たちは今日から脇差だァ!!!!」
と叫んで走っていってしまった。

雅じゃない。雅が足りない。雅、雅をくれ。
歌仙の唸り声は、歌仙とは少し離れたところで 現世の話をして盛り上がっている審神者と光忠の所にまで届いていた。

「ごめんねぇ、主と現世の話で盛り上がっちゃって。今から手伝うよ」
「頼む…」と元気のない歌仙と、それを励ます光忠の後ろ姿を見送り、仕事が残っていたことを思い出して 審神者は自室に戻る。



辺りはもう日が暮れそうで、仕事をするには蝋燭の火が必要だった。

「……あれっ、火がつかない」
昨晩の雨で湿気ってしまったのだろうか。何度やってもマッチに火がつかず、諦めた審神者は 部屋の戸を全て開け、できるだけ外の光が部屋の書物を照らすようにした。
残念ながら空は曇っていて、思っていたより光は差し込まない。
「お月見…できるかな?」
その審神者の一人言に「できるとも」と低く響く声が耳を掠める。
背後を取られ、両肩に腕を回された。

「……三日月?」
一呼吸おいてから、三日月を見た。
ここで慌てる姿を見せてしまっては、三日月の思うツボ。三日月のペースにハマってしまう。
「主、こんな暗い部屋で仕事をする気だったのか?目を悪くするぞ?」
美しい瞳が私一人を見つめている。
確かに、日は完全に暮れ、辺りは先程より一層暗くなっていた。
こんなに暗くなってしまっては、仕事は後回しにし、本丸の皆とお月見に戻らなければいけない。
三日月に「そろそろ時間だよね。戻ろうか」と声を掛けると、三日月はその場から動こうとせず、審神者の手を取る。
「……三日月?」
己を不思議そうに見つめてくる主の手を撫で、「俺と月見をしよう」と語り掛けながら部屋を出たすぐ先に二人で腰を下ろす。



「よいしょ、 主は軽いなぁ」
三日月は何の躊躇いもなく、審神者を己の膝に招き、審神者と向かい合う。
「何?!?!」
「はっはっはっ、何もせんよ」
もうしているじゃないか…
変な汗を拭い、空を見る。やはり空は曇っていて、月が見える様子はない。
「…見えないね」
「んん。まぁ、時期に見えるようになるだろう。それよりも主、寒くはないか?」
三日月が審神者の小さな体を包む。
遠くで 鯰尾の笑い声や、安定と清光が喧嘩をしている声が聞こえる。
「三日月が居るから寒くないよ。それより、三日月は皆とお月見したくないの?」
「んー、そういう訳ではないが…主と一緒がよいな。主は、俺と二人きりで月を見るのは嫌か?」
「ううん、私もそういう訳じゃ…」
三日月とも、他の刀剣たちとも お月見をするつもりだった。

「では、よいではないか」
三日月は嬉しそうに審神者の頭をぽんぽんと撫でる。
「あー、でもほら、お団子とか。皆の居る場所にあるし、ね?」
このままでは絆されてしまうと、審神者は三日月の膝から降りようとする。

「逃がさぬぞ、主♡」「ひゃっっ!!」
三日月が審神者の手を引いたことで、審神者が転ぶ。その審神者を救おうとした三日月が、審神者に倒れ込む形になってしまった。
「あなや…」
三日月も突然のことに驚き、二人で見詰め合った。
時間が、風と共に去っていく。

「あ」
審神者は空を指差した。風が雲を運び、月が本丸を、二人の姿を照らす。
「ほら、な。晴れたであろう?」
「うん…」
美しい月だった。こんなに美しい月が、いつも空に浮かんでいるなんて。

「正直、月が見えるという保証はなかったのだが…こうして主と二人きりで月見ができること、嬉しく思うぞ」
ボーッとしていた審神者は、いつの間にか自分が 月ではなく、瞳に浮かぶ美しい三日月と見詰め合っていることに気が付いた。

「んん?主どうした?」
「や、あのっ… ちょっと。恥ずかしいなぁって」
吸い込まれそうなくらい美しい三日月が どんどん近付いてくる。
「え、あのっ…!」

「嫌では、ないだろう?」
唇に落ちたものは、満月でも 空に輝く星々でもなくて、月よりももっと輝く
一番近くの 三日月だった

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