シザンサス

□40,六式と覇気とゾオン系
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翌日の昼。

春の女王の町、セント・ポプラにて―――


「お、おい、いくら何でもありゃぁ やりすぎじゃ……」

「だ、誰か海兵呼んで来いよっ」

「もうずっと前に呼んだわよ! いつまで経っても来やしない……」

「しっ! アイツらに聞こえるぞ」



町の南側に位置する港で、セント・ポプラの住人たちはざわめいていた。

その視線の先には、一隻の海賊船と、血塗れで倒れた海賊たち。

そして、7つの人影……

「う……ぐ……も、もう……やめでぐれ……っ」

"ドカッ"

「がはっ!?」

元の顔立ちが分からないほど、顔面が腫れ上がった海賊の男を、ハトを肩に留まらせた男は、無言かつ無表情で蹴り上げる。

鮮血が辺りに飛び散り、地面に落ちた海賊の男は泣くように呻いた。

「も……許じで……殺じで、ぐれぇぇっ……」

「……」

"ドッ、ドゴッ、ドスッ、バキッ"

「ぐっ、うぐっ、ぐはっ、がぁぁっ!」

死なないように細心の注意が払われながら、的確に激痛を感じる場所を蹴られている。

あまりにも残酷な仕打ちに、離れたところからその様子を見守る住民たちは、青ざめた顔で息を呑んでいた。

子供たちは皆、家に帰されている。

港には、穏やかな波の音と、繰り返し蹴られる音だけが響き渡っていた。

そこに……


"バサッ"


小さな羽音が響く。

ブロンドの長髪の女が振り返り、眼鏡をスチャっと上げて微笑みを向けた。

「あら、おかえりなさい。早かったのね」

"おかえり"

それは、確かに求めていた言葉だった。

けれど、全く別の世界の言語かと疑いたくなるほど、温かみがない。

ティオは、鳥の姿のままでカリファの肩に降りた。

離れたところから、サイファーポールの黒服たちが様子を窺っているため、変身は解けない。

「……なに、してるの」

唖然としながら言葉を紡ぎ出すと、隣に、コツコツと靴音が近づいてくる。

「ちと顔貌(かおかたち)は変わってしもうたが、お前さんなら あの頭飾りで分かるじゃろう?」

そう言って、カクは楽しそうに口角を上げ、ルッチの足の下に沈む男を指さした。

……あれは、キャンディー海賊団船長、マクレーン・キャンディー。

ここより少し手前の海域で、最近になって名を上げ始めていた海賊団の船長だ。

島々を巡っては、人々から金品や食料を奪う、典型的な海賊だった。

新たな縄張りを開拓しようとここまで進んできたのだろうが、運が悪かったようだ……

「海賊には相応の罰を与えんとのう。今まで多くの人々を傷つけた分、一度死ぬ程度では足らん」

言っていることは理解できる。

けれど、そんなことより、ティオは元CP9たちの感情が恐かった。

(……また、これ……この、かんじょう……)

人を甚振(いたぶ)ることに対して、罪悪感や後ろめたさのような、特有の感情の波形が生まれない。

ただ一般人と同じように、喜怒哀楽の中で揺れているだけ。

正常なままで狂っている、サイファーポールによく見られる感情……


「おい、海兵はまだなのかっ」


耳に届いた誰かの囁きで、ティオはハッと我に返った。

改めて覇気を拡げ直すと、サイファーポールの黒服たちの気配や、海兵の集団と思しき気配の塊が引っ掛かる。

これだけ目立ってしまえば、いくら頂上戦争の後で忙しいとはいえ、海軍本部や世界政府に知らせが入り、CP0がすっ飛んでくるだろう。

ティオはカクの肩へと飛び移った。

「ふね、てにはいった? はやく、しゅっこう、じゅんびっ」

「ん、何じゃ急に、何か来るのか?」

「これだけ、はで、すると、せかいせいふ、しらせ、はいるっ。しーぴーないん、おもてのせかい、で、めだってる、わかれば、しーぴーぜろ、おってくるっ」

「そうか、それはマズイのう」

カクはまず、カリファにそのことを伝え、先に出港準備を始めるよう促す。

そして、未だにキャンディを痛めつけているルッチに、ため息混じりに近づいた。

「おーい、そろそろ気は済んだか?」

「……」

"ドカッ、ドゴッ、ベキッ"

「おーい、ルッチ」

「……」

「おい、いい加減 返事くらいせんか」

カクがルッチの肩にポンと手を置くと、スイっと右脚が振り抜かれ、嵐脚が打ち出された。

「おっと」

カクはそれを難なく(かわ)す。


"ヒュッ、ガシャァンッ!"


「きゃああっ!」

「うわああっ!」

飛んだ嵐脚は、近くにあった教会を真っ二つにした。

遠巻きに様子を見ていた住民たちは、1人残らず逃げていく。

カクはルッチに、飄々と笑みを向けた。

「元・伝承者サマからのお達しじゃ。ちと目立ちすぎて政府に連絡が入った可能性が高い。海兵共が来る前にここを去るぞ」

ルッチは、カクの肩に留まったティオをチラリと見ると、舌打ちをする。

そして、指銃(しがん)で血に染まった手を洗うべく、庭に水道がある民家へと歩き出した。

カクはその背中を見て、しばらく荒れそうじゃな、と苦笑する。

元々、指令が無くとも勝手に政府の笠を着て、犯罪者を狩りに行くような男だったのだ。

長かった潜伏生活の憂さを晴らせる機会を邪魔されては、機嫌も悪くなって当然というもの。

「それにしても、困ったわね……購入予定の船が届くのは一週間後。それまでどう身を隠せばいいかしら」

カリファが顎に手を当てると、ルッチが通り過ぎながら呟く。

「船ならそこにあるだろう」

え? と振り向いたカリファの視界に入ったのは、キャンディー海賊団の船。

ルッチが言いたかったことを察して、ため息をついた。

「これじゃ、どっちが海賊か分からないわね……。フクロウ、クマドリ、あなたたちはあの海賊船から海賊共の死体を降ろして、この港で手に入るだけの食料や日用品を積んで頂戴」

「了解だ〜、チャパパ〜」

「よよいっ、ぁ承知ィ(つかまつ)った〜ァ」

「ジャブラ、あなたは船の買い付けをキャンセルしてきて。契約のときに一時金を払ってるから、きっちり取り返してくるのよ」

「ギャハハッ、金の取り立てかァ!」

「取り立てじゃないわよ、払い戻し」

3人がそれぞれの場所へと駆け出すと、カリファはルッチが歩いていった方へ振り返る。

「でも、行き先はどうするの……って、あんなところまで……」

ルッチは少し離れた民家の庭で、勝手に外付けの水道を借り、入念に手を洗っていた。

代わりに、戻ってきたカクの肩から、ティオが助言を送る。

「ちかくのしま、しらみつぶし、される。さける、べき」

「それは分かるけど、遠い島なんてエターナルポースでもないと辿り着けないわよ?」

すると、ブルーノが懐を探った。

「ならば、ここはどうだ?」

取り出されたのは、グアンハオのエターナルポース。

「この島からは適度に距離がある上に、政府所有の施設だが、居るのは教官と子供たちだけだ」

カクが腕を組んで頷く。

「懐かしい場所じゃのう。政府の連中も、まさか わしらが政府施設に行くとは考えまい。灯台下暗しじゃな」

そこへ、フクロウ、クマドリ、ジャブラが戻ってきた。

「チャパ〜、船の準備は終わったぞ〜」

「よよいっ、ぁいつでも〜、出港可能だ〜ァ」

「ほらよ、船の契約金、取り返してきたぜ?」

と、そのとき……

「……?」

ティオは、小さな"声"が近づいてくるのを感じて、顔を向けた。

その視線の先には、ティオよりずっと小さな少女が。

陽の光にキラキラ輝く瞳で、こちらをじっと見つめている。

その手中には、一輪の花があった。

「……」

……真っ直ぐに、純粋無垢に、"感謝"の声が貫いてくる。

何も知らないことの幸せを、少し羨ましく思いながら、ティオは翼で少女を指した。

「……あのこ、おれい、したいって」

「「「?」」」

元CP9メンバーは全員、ティオの翼の先へと視線を向ける。

カクが きょとんと瞬きを繰り返した。

「あれは、最初にルッチが助けた母娘(おやこ)の……」

これは、ルッチに花を受け取らせるべきだろうが、今の機嫌の悪さで会わせるのは、逆に少女の幼心を傷つける気がする。

一瞬でそこまで考えたカクは、カリファに視線で合図した。

カリファは、はいはい、と小さくため息をついてから、優しい笑顔を作って少女に歩み寄る。

「私たちにご用かしら?」

少女は辺りを見渡し、ルッチを探した。

「肩にハトがいたお兄ちゃんは?」

「彼は今、ちょっと手が離せないの。何かご用があるなら私が聞くわよ?」

「えっとね、じゃあコレ! お兄ちゃんに渡して! それと、助けてくれてどうもありがとうって、伝えてほしいの! あと、お姉ちゃんたちも、町を守ってくれてありがとう!」

「あら、綺麗なお花ね。こちらこそありがとう」

花を渡すと、少女はにっこりと笑顔を見せてから、走って家へと戻っていく。

眩しすぎるお礼に、元CP9たちはニヤニヤしながら、少女の背中を見送った。

少女が建物の影に消える頃に、ようやくルッチが戻ってくる。

その眼前に、カリファが花を差し向けた。

「あなたが助けた女の子が、あなたにって」

「……」

ルッチは、眉間にしわを寄せて花を見下ろすと、何も言わないまま船の方へ(きびす)を返す。

その、照れているんだか不快なんだか分からない様子に、カクは肩をすくめて口角を上げた。

「相変わらず愛想のない奴じゃな。……さて、そろそろ出航しようかのう」

カクの一言で、メンバーたちはそれぞれ動き始める。

誰も居なくなったセント・ポプラの街を、最後に目に焼き付けて、8人は船に乗り込んだ。

 
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