シザンサス

□1,アラバスタ戦線
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途中の島で休憩を挟みながら、数日後。

ティオはアラバスタに到着した。


アラバスタ王国。

人口約1000万人の、現在はネフェルタリ・コブラが国を治めている文明大国。

しかしてその情勢は(かんば)しくなく、王族に対する反乱軍が蜂起し始めているとか……

潜入捜査には少々危険だ。


ティオは空高く飛びつつ、砂の海を見下ろした。

今回の調査は、闇会社バロックワークスとクロコダイルの関係性。

世界政府直下の王下七武海とはいえ、クロコダイルは海賊。

闇会社と繋がりがあるかもしれないなどと噂が立てば、想像は悪い方にしか及ばない。

「……」

クロコダイルが現在拠点として活動しているのは、アラバスタのレインベース。

書類にはそう記載されていた。

彼はそこでカジノを運営しているとのことである。

ティオは覚えたてのアラバスタの地図を頼りに、10時の方向に進路を変更した。








アラバスタにしては随分ときらびやかな街、レインベース。

隣町である寂れたユバとは大違いのその街は、反乱軍と王国軍が一戦交えるかもしれないことなんて、全く知らないように賑やかで、住民も、満たされた表情の者ばかりだった。

「そこの店に入るぞ」

「あ、はい!」

聞き覚えのある声がして、ティオは街を見下ろした。

見えたのは、スモーカー大佐とタシギ曹長。

「……」

なぜアラバスタにいるのだろうか。

スモーカーの部隊の管轄は、アラバスタではないはずだ。

ティオはしばらく空から2人を見下ろしていたが、とりあえず理由を聞くことにした。

徐々に降下し、スモーカーの肩にとまる。

「?」

スモーカーは何かが触れたような気がして、横目に自分の肩を見やった。

「お前は……」

立ち止まったスモーカーの方へ、タシギも振り返り、首を傾げる。

「どうかしましたか?」

スモーカーは、肩にとまったティオをじっと見つめた。

ティオは、小さな瞳でスモーカーを見つめ返し、コクっと頷いて見せる。

何かを察したスモーカーは、小さくため息をついた。

「……どうやら、この国には裏があるようだぞ、タシギ」

そう言われても、タシギは眉をひそめるばかり。

「鳥?」


"バサッ"


ティオはスモーカーの肩から飛び立ち、地面に降り立つ。


"ボンッ"


突然巻き起こった煙の中に、アラバスタのマントを身に纏った金髪の少女が現れた。

「え……ぇえっ!? と、鳥が人に!?」

「お前はコイツを知らないのか」

「コ、コイツ? スモーカーさんの知り合いですか?」

ティオがマントのフードを外すのを、スモーカーはじっと見下ろす。

「コイツは主に元帥の命令で動く、海軍本部の諜報員だ。名前はティオ」

「諜報員?」

「コイツが放たれる場所には、高確率で不穏な影が渦巻いてる」

「こんな子供が……ではさっきの姿は」

「悪魔の実の変身能力だ。少しばかり喋り方が分かりづれぇが、頭はいいし、仕事もそこらの海兵より出来る。お前も、コイツのことはよく覚えておけ。俺たち実行部隊にとって、情報をくれる諜報員との連携は重要だ」

ティオはタシギに深く頭を下げた。

慌ててタシギもお辞儀し返す。

「あ、私は海軍本部曹長タシギといいます! よろしくお願いします!」

ティオはタシギを見上げて頷いた。

スモーカー大佐とタシギ曹長といえば、海軍本部でも有名なコンビだ。

諜報員という役柄、様々な情報を知るティオは、もちろん彼らのことも知っているし、スモーカーとは、海軍本部でも何度か会ったことがある。

スモーカーは葉巻きの煙を吹いて、ティオを見下ろした。

「今回の指令は何だ」

ティオはウエストポーチを探り、小さく折りたたまれた指令書を取り出し、渡す。

スモーカーはそれをざっと見通した。

「フン……」

何の意図か、鼻で笑って、目の前の店に入っていく。

タシギもティオも、スモーカーのあとに続いた。



「いらっしゃい、何にするね?」

カウンターにつくと、店員らしき老婆が声をかけてきた。

3人は適当に飲み物を注文する。

「……」

ティオは差し出されたジュースを飲みつつ、スモーカーが書類を読み終わるのを、黙って待った。

「……クロコダイルに、バロックワークスとの関連性の疑いか」

バサッと、ティオの前に書類が返される。

タシギは目を見開いた。

「まさかっ、あの秘密犯罪会社の黒幕がクロコダイルだとでも……」

「かもしれねぇな。それを確かめるために、コイツが来てるんだろ」

スモーカーの大きな手が、ティオの小さな頭をポンポンと叩く。

「ふたり、どうして、ここいる?」

鈴を鳴らすような声で、舌足らずな言葉が紡がれた。

無表情な青い瞳に見上げられ、タシギは肩を揺らす。

「え、あ、私たちですか?」

ティオは深く頷いた。

「かんかつ、いーすと、ぶるー、でしょ?」

「あ、えっと、私たちは、ローグタウンで麦わら一味とひと悶着ありまして、このままでは終われないと、彼らを追いかけてグランドラインに入ったんです」

タシギは真剣な眼差しで、どこか遠くを見つめた。

「……グランドラインに入ってすぐ、海上で、とある無線を傍受しました。聞き取れた単語は4つ。王女ビビ、麦わら一味、指令状、Mr.0。そのときちょうど、Mr.11と名乗る男を捕えていたこともあり、麦わら一味とバロックワークスに、何らかの関係があるのではと推察しました。それで、王女ビビという単語を頼りに、このアラバスタへ来たんです。……そして、ナノハナという街で一度、麦わらに出くわしました。そこで麦わらは言ったんです。クロコダイルをぶっ飛ばしに来た、と。……その後、白ひげ海賊団二番隊隊長、火拳のエースに邪魔され、麦わらを逃がしてしまい、現在、捜索中なんです」

「……」

「……え、えっと、以上ですが……」

無言かつ無表情で見つめられ、タシギはたじろいだ。

「がんばって、ね」

ティオはいきなり、飲み物の代金にコインをひとつ置き、カウンター席を降りて、店の出入口へと歩き出した。

「え、あ、えっ!? どこ行くんです!?」

ワケが分からず慌てふためくタシギだが、ティオは振り返らずに歩いていく。

懐から新しい葉巻きを取り出したスモーカーは、声を張り上げた。

「俺たちはしばらくこの国にいる」

ティオは一度立ち止まり、振り返った。

「何かあったら来い」

そう告げる、大きな背中をじっと見つめる。

「……」

こちらを見ていないとは分かっていても、ティオはスモーカーに、深々と頭を下げた。



"……ギィ"


古くなった店の扉が鳴る。

ティオは店を出ていった。

「……」

タシギはその後ろ姿を見えなくなるまで目で追ってから、カウンターの方へ振り返った。

「大佐、ティオはどこへ……」

「クロコダイルの調査だろ。それが奴の仕事だからな」

「は、はぁ……。……あの、ティオってどういう……」

万が一にも本人に聞こえないようにと、小声で尋ねる。

「……」

スモーカーはどこか一点を見つめたまま、3秒ほど考えた。

葉巻きから、灰が零れ落ちる。

「見たまんまだ。それ以上でも、それ以下でもない」

「親、なんかは……」

「さぁな。あいつは、ある日ひょっこり海軍に連れて来られた。大将青キジが世話してた時期もある」

「た、大将青キジが!? そ、それはもしや隠し子……」

「ンなわけねぇだろ。……とにかく、アイツの素性もとい正体は、海軍と政府の限られた上層部しか知らない。俺らみてぇな一介の海兵には、知る権利すらねぇもんだ」

「そうですか……」

ティオは外見は子供だが、あまりに子供らしからぬ、というより、常人らしからぬ空気を放っていた。

無表情の真ん中に収められた、あの青い瞳。

まるで波風一つない湖のようだ。

感情が何一つ感じられない。

全てを飲み込まれてしまいそうな気すらしてくる。

ほとんど喋ることなく、表情も変えることのない彼女は、まさに陶器のよう人形だった。

 
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