グラジオラス
□20,こどもたち
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時は少し遡り、柱合会議が始まった頃。
「ごめんくださいませ〜」
炭治郎と禰豆子を背負った隠二人は、蝶屋敷に到着した。
「ごめんくださいませ〜」
入口で声を張るが、誰も出てこない。
後藤がため息をついた。
「……全然、誰も出てこねぇな。いつもならすぐに誰か出てくるのに」
女性の隠は、仕方ないと言いたげに首を横に振る。
「きっと、那田蜘蛛山の一件で怪我人が溢れて、忙しいんですよ」
「坂垣さんが居てくれると早いんだけどなァ……。庭の方 回ってみるか」
「そうですね」
二人は蝶屋敷の広大な庭へと迂回した。
炭治郎は意識はあるものの、ぐったりと後藤の背に身を預けている。
「お前、さっきまで騒いでただろ。自分で歩けよな」
「……すみません、ホントもう体中痛くて痛くて……」
「爺さんか。……あ、人いる」
庭にやって来ると、ひらひらと舞う蝶たちの中に、少女が立っているのを見つけた。
女性の隠が顎に手を当てる。
「あの方は確か、継子の方ですね……お名前は……」
炭治郎はきょとんと、少女を見つめた。
「ツグコ?」
後藤が名前を口にする。
「栗花落カナヲ様だ」
蝶と戯れるその姿に、炭治郎の記憶が呼び覚まされた。
「……最終選別のときの子だ」
後藤はジトっとした横目で炭治郎を見る。
「お前、昨夜カナヲ様に踏んづけられたこと忘れてるな? ……継子ってのは、柱が育てる隊士だよ。相当才能があって優秀じゃないと選ばれない。女の子なのにスゲェよなァ」
女性の隠がカナヲに駆け寄った。
「失礼致します、栗花落様。胡蝶様の申しつけにより参りました。お屋敷に上がっても宜しいですか?」
「……」
カナヲはにこにこと微笑んでいるだけで、何も答えない。
「よろし、い……?」
「……」
「よ、宜しいですかねっ? ……あの、その」
どうしたものかと、あたふたする隠。
すると……
「どなたですか!」
「「ひゃ!?」」
背後から声を掛けられた。
振り返れば、青色の蝶の飾りをつけた少女がいる。
「いえっ、あの……」
「胡蝶様の申しつけで……」
アオイは、隠の背中に傷だらけの隊士を見つけて、状況を察した。
「怪我人ですね。どうぞこちらへ」
そう言って、スタスタと競歩並みの速度で歩き出す。
隠の二人は、走って追いかけた。
……そして、その背に揺られながら。
炭治郎は何となく、カナヲをじっと見つめていた。
隠二人を先導するアオイは、病室の方へ歩いていく。
すると……
「五回!? 五回も飲むの!? 一日に!?」
何だか騒がしい声が聴こえてきた。
アオイは、またアイツか、と言いたげに頬をひくつかせる。
「三カ月間飲み続けんのこの薬!? これ飲んだら飯食えないよ! すげぇ苦いんだけど! 辛いんだけど! ていうか薬飲むだけで俺の腕と脚治るワケ!? ホントに治るワケ!?」
叫び続ける金髪の少年に、きよはオロオロしていた。
「静かにしてくださいっ、他にも寝ている方がいらっしゃるんですから……」
しかし、少年は収まらない。
「もっと説明してよ誰か! 一回でも飲み損ねたらどうなるの!? ねぇ!」
そこに、アオイの怒号が響いた。
「静かになさって下さい!」
「ぴぎゃ!?」
「説明は何度もしましたでしょう! いい加減にしないと縛りますからね!」
とてつもない剣幕で言われ、善逸は布団を頭からかぶって震え始める。
アオイは盛大なため息をついた。
「……まったくもう」
そして、炭治郎の方へ振り返る。
「今、治療の準備をしますから、少々お待ちください」
そう言って、きよを連れ、別室へ向かった。
炭治郎はというと、ようやく知っている顔を見れて、緊張がほぐれる。
「善逸!」
「ギャアアアッ!」
「大丈夫かっ? 怪我したのかっ? 山に入ってきてくれたんだな……っ」
そのよく知っている声に、善逸は恐る恐る布団から頭を出した。
「た、炭治郎……」
善逸は感情のままに、炭治郎を背負った後藤にしがみつく。
「うわぁぁんっ炭治郎〜! 聞いてくれよォ! 臭い蜘蛛に刺されるし、毒ですごい痛かったんだよ〜! さっきからあの女の子にガミガミ怒られるし! 最悪だよ〜!」
……そうして、再会トークで盛り上がっている間に、アオイときよは、炭治郎のベッドを用意し、簡単な治療が出来るよう準備した。
準備が整うと、炭治郎に出来る限りの応急処置を施す。
揺羅やしのぶでなければ、完全な治療は出来ないからだ。
善逸に出している薬も、カナヲが持ち帰った揺羅の指示書通りに調合しただけ。
今、蝶屋敷は大量の怪我人で溢れているが、誰一人として、本格的な治療は開始できていなかった。
……応急処置の後、患者衣に着替えさせられた炭治郎は、ベッドでホッと息をついた。
鬼殺隊本部で、しのぶに飲まされた鎮痛薬がまだ効いており、地獄のような筋肉痛には、まだ襲われていない。
(……それにしても、みんな無事で良かった)
想像よりずっと手強かった十二鬼月に、勝つことは出来なかったけれど、生きて帰ってこられたのだから。
(……禰豆子、痛かっただろうな)
傍らの箱を見れば、微かな寝息が聴こえてくる。
那田蜘蛛山でも、先ほどの鬼殺隊本部でも、苦しい思いをさせてしまった。
(……そういえば、禰豆子が人を食ってないことを、誰かが断言してくれたって言ってたな……誰なんだろう……。混じり者って言葉も聞こえたし……)
今回、初めて"柱"という存在を知り、師匠の鱗滝がその柱であったことも知った。
鬼殺隊について、まだまだ知らないことが多いな、と思いながら、炭治郎はゆっくり眠りに落ちていった。