グラジオラス

□16,炎柱
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ある日。

夕方に、揺羅がいつも通りに回診をしていると、鎹鴉(かすがいがらす)が舞い込んできた。

「カァァ! 揺羅サマ、急ギ本部ヘオ越シクダサイ! 緊急任務! 緊急任務デス! カァァ!」

突然の、鬼殺隊本部への呼び出し。

(……緊急任務? 柱を降りてから、任務なんて受けてないけど……)

揺羅が蝶屋敷で忙しくしているのを、お館様も知っており、鬼化してからこれまで、任務を言い渡されることはなかった。

少々、不思議には思うが、お館様も何か考えあってのことだろうと、揺羅は、病室に居た寧々に声をかける。

「寧々、あとを頼める?」

「あ、はい! 大丈夫です!」

返事を聞くと、揺羅は急いで身支度を整え、鬼殺隊本部へと出発した。







日没から、少し経った頃。

揺羅が本部に到着すると、白髪の女の子が二人、産屋敷邸の玄関で待っていた。

「ご足労頂き、ありがとうございます」

「ご案内致します」

五歳児とは思えない、大人びた雰囲気。

……お館様が、鬼殺隊のために、我が子すらも厳しく育てているのを間近で感じ、揺羅は心が痛んだ。

二人の後を続き、産屋敷邸の廊下を進む。

やがて、奥座敷の一つに通された。

スッと、(ふすま)が開くと、そこには二つの人影が見えた。

片方は、お館様こと、産屋敷耀哉。

そしてもう片方は……

「杏寿郎……?」

代々続く、炎の呼吸の名家・煉獄家の嫡男、煉獄杏寿郎だった。

最後に会ったのは、一月(ひとつき)ほど前。

下弦の弐を討ち果たし、重症で蝶屋敷に運び込まれたとき以来だ。

結局、四日ほどで退院していったが、元気そうな姿を見るに、怪我はとっくの昔に完治しているのだろう。

蝶屋敷に運び込まれたその頃より、さらに気配が洗練されている。

十二鬼月を斬ったという経験が、このたった一カ月という短い期間でも、杏寿郎をさらに成長させたようだ。

耀哉が、いつも通りの穏やかな笑みを、揺羅に向けた。

「こんばんは、揺羅。急に呼び出して すまなかったね」

揺羅はハッとし、その場に膝をつく。

「いえ、滅相もございません」

頭を下げる揺羅に、耀哉は、ゆるりと手招きをした。

「杏寿郎の隣に来てくれるかな」

「はい」

揺羅は言われるがまま、杏寿郎の隣へ来て、正座する。

「まず、報告だけれど、つい先日、杏寿郎が炎柱に昇進したよ」

無意識のうちに、揺羅の口角が僅かに上がった。

「そうですか」

何だか、カナエやしのぶが柱になったときと、同じような嬉しさを感じる。

我が子の成長を喜ぶ親の心情とは、このようなものなのだろうか……

……しかし、それは同時に、問題行動の目立っていた槇寿郎が、ついに炎柱を降ろされたということでもある。

煉獄家の事情を知っている揺羅は、少し複雑な思いを抱いた。

それでも、今回の杏寿郎の昇進は喜ぶべきことだ。

杏寿郎が折れてしまえば、槇寿郎も千寿郎も巻き込んで、煉獄家は共倒れになってしまうのだから。

「そして、今晩、二人を招集した理由だけれど、二人で一緒に向かって欲しい案件があるんだ」

……聞けば、北西のとある村で、住民が住民を襲うという怪事件が発生しているらしい。

一度に多くの人々が鬼にされたのではと疑われ、八人の隊士が派遣された。

そのうちの一人から寄越された鴉の報告では、住民たちは人を襲いはするが、食ってはおらず、日光の下でも活動しているという。

……そして、以降の報告は届いていない。

そんな状況を鑑みて、柱の派遣が決まったようだ。

さらに、通常の鬼とは異なる住民たちを調査するため、柱ではないが、揺羅が抜擢された。

「……行ってくれるね?」

「「御意」」

断る理由などない。

二人は頭を下げると、その場から姿を消した。







目的地は、乗り物を乗り継いだ上に柱の速度で走っても、丸一日はかかるほどの僻地にあるため、到着予定は翌日の深夜となった。

揺羅と杏寿郎は、半日ほど乗り物を乗り継いだあと、鴉たちの案内に従い、出来る限り直線距離に近い道を駆けていく。

杏寿郎は、隣を走る揺羅をチラリと見た。

「まだ日は高いですが、身体は大丈夫ですか?」

揺羅も視線を寄越して、フッと微笑む。

「大丈夫、今は曇ってるからね。日が直接当たらなければ、案外平気なんだよ」

「それは良かった!」

「心配してくれてありがとね」

「仲間を心配するのは当然のことです!」

「……仲間、ね

「?」

「何でもないよ」

半年前、揺羅は杏寿郎に、次に会う時までに自分をどう判断するか決めておくよう、言った。

一体どんな考えに至ったのだろう……

普通に会話しながらも、二人は驚異的な速度で走っていく。

途中、そこそこ大きな町に立ち寄り、食事も兼ねて少し休憩した。

小さな定食屋に入ると、杏寿郎は当然のように定食を十人前注文する。

大皿に纏められ、届けられた十食分を目の前にして、揺羅は思わず笑った。

「ふっ、あははっ……アンタ、そんなに食べる子だったんだね。蜜璃といい勝負じゃないか」

「甘露寺を侮ってはいけません! 俺など比較にならないほど、よく食べるので! ハハハッ!」

「そうかい。似た者師弟だね」

穏やかな眼差しを向けられ、杏寿郎はまばたきを繰り返す。

そして、ふと、揺羅の手元に視線が向いた。

「そう言う箕舞殿は、今日もお茶だけですか?」

「ん? あぁ……そうだよ」

「しかし、それでは空腹になりませんか?」

「ん〜、一日中、全く食べないわけでもないからね。多少は空腹になるけど、もう慣れたよ」

そう言って揺羅が苦笑すると、杏寿郎は何を考えてか、数秒黙る。

そして、よし、と(ひと)()ちて、十人前を瞬く間に平らげた。

揺羅は苦笑しながらそれを眺める。

「あまり急ぐと、消化に悪いよ?」

しかし、杏寿郎はどこを見ているか分からない目で、最後の一口を放り込み、咀嚼してごくりと飲み込んだ。

「問題ありません! そろそろ出発しましょう! 鬼は待ってはくれない!」

そう言って、傍らに置いていた刀を手に立ち上がる。

揺羅は、湯呑に残っていたお茶を飲み干し、立ち上がった。

「そうだね」

そして、曇天の空の下に出ると、再び目的地へと走り出す。

揺羅は、しっかりと羽織のフードを被りつつ、そうだ、と思い出したように杏寿郎に言った。

「もう敬語も敬称も使わなくていいよ。あたしは柱じゃないんだから」

「む? いえ、そういうわけには!」

杏寿郎にとって、揺羅は剣士としても柱としても先輩であり、命を救ってもらったこともある恩人だ。

しかし、既に柱を降りた揺羅にとっては、このまま敬われ続けるのは居心地が悪かった。

弟子であるカナエやしのぶは仕方ないと思っているが、他の柱たちには、敬語で接して欲しくない。

……といっても、これまで、誰一人として敬語で接してくるような後輩は居なかったが。

「アンタ、敬語使うの苦手だろう? 言葉の端々が崩れてるし。今すぐじゃなくていいから、少しずつ外してくれるかい?」

杏寿郎は、少しばかり変な顔をする。

「むう……。……善処しま……善処する」

どこか納得いかないと言いたげな表情に、揺羅は思わず笑った。

「あははっ、すぐに慣れるよ」

 
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