フリチラリア

□8,100年前の続き
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―――藍染率いる破面(アランカル)たちとの決着から、1カ月。

瀞霊廷は、まだ不完全ながら復興が進み、平穏な日常を取り戻しつつあった。

五番隊も、新たに就任した隊長の下、未だ副隊長が復帰していないにも関わらず、滞りなく業務を遂行している。

(いち)隊員として復帰した千晶も、五番隊を、()いては護廷十三隊を支えるため、今日も忙しく動き回っていた。

他隊から貰ってきた書類を抱え、執務室を目指して縁側を歩いていく。

と、そこに……

「相変わらず働き者やね」

からかうような、労うような、女性の声が響いた。

聞き覚えのあるその声に振り返った千晶は、パッと表情を輝かせる。

「リサ!」

パーカーにジーンズ、『YDM』というロゴが入ったキャップを被った、矢胴丸リサ。

その動きやすさを求めたような服装は、現世の運送業を彷彿とさせる。

千晶は小走りでリサに駆け寄った。

「1カ月ぶりだね! 元気そうで良かった! ひよ里たちと一緒にいきなりいなくなっちゃうから、心配してたんだよ?」

「あんなァ、あたしがそんな貧弱なわけないやん。見ての通り元気120(パー)やし、ひよ里も羅武も、ハッチも、みんな元気や。心配しんときゃあ」

「そっか……。ふふっ、それなら良かった」

「ま、ひよ里はしばらく荒れとったけどな、アンタらが死神として復帰するて聞いて」

「あー……まぁ、そうだよね。落ち着いたら、また遊びにおいでって言っておいてくれる? 美味しいもの用意しておくからって」

「くくっ、それやったら、"しゃーないなァ"って言いながら来るやろ」

「ふふふっ」

リサはキャップを脱ぎ、指先でくるくると回し始めた。

「アタシらンことは心配いらんわ、伸び伸び自由にやっとるからな。こっちよりアンタらの方がよっぽど心配やで。ここに来るまでざっと見て来たけど、瀞霊廷、まだ復興しきってへんねやろ? そんな状況で隊長就任て、アンタら過労死すんで」

「そうかな? 案外大丈夫そうだよ? ローズは仕事中も適度に楽器弾いてるみたいだし、拳西も、苦手な瀞霊廷通信の編集は得意な人に任せてるんだって。(ましろ)は嫌なことは絶対にしないし……。三番隊も九番隊も、副隊長さんが真面目で優秀な人たちだから、上手く采配してくれてるみたい」

「ほー。まァ、アイツらは大丈夫やろ。問題はココや」

五番隊(うち)? それこそ問題ないよ。真子は仕事の愚痴は我慢できずにすぐ口に出すし、時々サボって逃げ出すから、分かりやすいもの。副隊長さんがまだ復帰できてない分、少し業務は重くなってるけど、上位席官の皆さんも上手に対応してくれてるし」

「アカンのは真子やない、アンタや、千晶」

「私?」

「どーせ、その上位席官と真子の間 取り持ってるんアンタやろ? アンタ自分の限界に気ィつけへんからな。そこんとこ うまァく見極めてセーブするんが真子の役目やけど、副隊長おらんで首回らんくなったら、アンタのことまで目ェ届かんで?」

「えっと、私ってそんなに信用ないの……?」

苦笑する千晶に、リサはジト目で大きく頷いてみせる。

「アンタの"大丈夫"には一銭の価値もない」

「想像以上に低すぎた……」

千晶が笑みを貼り付けたまま遠い目をした、そのとき……

「心配せんでも、俺が千晶から目ェ離すわけないやろ?」

よく知る声が頭の上から降ってきて、肩に腕が回された。

千晶は然程(さほど)驚かず、斜め上を見上げて瞬きをする。

「真子」

「おう」

真子は、ニッと千晶に笑みを向けてから、リサを見た。

「久し振りやなァ、リサ。霊圧感じたから来てみたんやけど、元気そうやな」

「あたしはアンタが元気そうで残念や。仕事に追われてしみったれたツラ拝んだろ思て、楽しみにしてたんやけど」

「ざァんねんでしたー、千晶が傍に()んのにしみったれるワケないやん」

「ったく、現世に()った時よりエエ顔になってもうて、なんも面白(オモン)ないわ」

二人の蔑み合いは挨拶のようなものなので、さらりと聞き流し、千晶はジトっとした目で真子を見上げた。

「仕事は? またサボって出てきたんじゃないでしょうね」

真子は、心外な、と片眉を上げる。

「はぁん? 一昨日お前に雷落とされてんのに、性懲りもなくンなことするかいな。俺の許可印 要るやつだけ終わらして、他は席官に割り振ってあんねん。この後 行くとこあるしなァ」

「"だけ"って、そういう無茶な振り方するから、席官の人たちも困っちゃうんだよ? 今までは隊長が惣右介だったし、雛森副隊長も細やかな配慮をされる方だって、みんな言ってたから、真子みたいな采配には慣れてないんだよ」

「分ァっとるわ。せやから、その"細やかな配慮"っちゅーのが出来る奴を迎えに行くねん」

「え……"この後 行くとこ"って、まさか雛森副隊長のところ?」

「あァ」

「ちょっと待って、雛森副隊長はまだ療養中だよ?」

「怪我は随分前に完治してるんやろ? お前が俺に言うたんやないか」

一か月前に真子が雛森に喝を入れてから、千晶は暇を見つけては、雛森のお見舞いに行っていた。

藍染のことで傷心中だったところに、さらなる追い打ちをかけられて、身も心もズタボロになった雛森をフォローし、真子が厳しいことを言ったのは、全て雛森のためであったと伝えるために。

そうして幾度も通っていたからこそ、千晶は雛森の容態をよく知っている。

「確かに怪我は完治してるけど……彼女の傷はそれだけじゃなくて……」

千晶は視線を彷徨わせ、見舞いに行った時の雛森の様子を思い出した。

「……もう、惣右介のことは全然口にしなくて、代わりに五番隊のことをすごく気にかけてるの。私がいなくても大丈夫か、仕事はうまく回ってるかって、何度も何度も……。彼女が戻って来るにしても、五番隊が真子のやり方に馴染んで、体制が整ってからの方がいいんじゃないかな。病み上がりに、隊長が変わったばかりの五番隊の副隊長なんて、いくら何でも荷が重すぎるもの」

数か月どころか、年単位で様子を見てもいいのではないかと、千晶は考えていた。

一方、真子はリサと目を見合わせてから、二人して面倒くさそうな顔で千晶を見下ろす。

「お前、優しさ紛れに他人(ひと)甘やかすクセ、相変わらずやなァ」

「甘やかすって、そんなこと……」

「昔っから何遍(なんべん)も言うてるやろ? 甘やかしはそいつのためにならん、寧ろ潰してまうだけやって」

「……」

千晶は、浦原が十二番隊の隊長に就任したときのことを思い出した。

瀞霊廷にとっては100年以上も前の出来事だが、ずっと精神世界にいた千晶にとっては、つい最近のことなのだ。

……あの時も、浦原と上手く折り合いのつかないひよ里にハラハラし、何とかしたくて堪らなかった。

それを真子に咎められ、新隊長が隊を自分の色に染めるのを、邪魔してはいけないと言われた。

今回も同じだと言いたいのだろうか……

「あたしも、今回は真子に賛成やな」

「リサ……?」

「これは元副隊長としての勘やけど、その子がしょっちゅう五番隊の様子訊いてたンは、隊の心配いうより、隊に自分の居場所があるか気にしてたんとちゃう?」

「!」

「自分が()らんでも隊務が回んねやったら、自分()らんやん。聞いてる感じ、千晶が放っとけんで甲斐甲斐しくしたくなるような、我の弱い子なんやろ? 自分が隊に戻りたいかどうかより、隊に自分が必要かどうかを考える子なんとちゃう?」

「そ、っか……」

千晶は、自分がしようとしていたことが雛森のためにならず、寧ろ苦しめていたことに気付いた。

雛森が安心して帰ってこられるようにと、五番隊の整備に力を入れれば入れるほど、雛森の居場所を失くしてしまう……

無意識に目を伏せた千晶の頭に、真子が手を置いた。

「落ち込むことあらへん。今回は空回りしただけで、お前の優しさに救われとる奴はぎょーさん居てるからな」

穏やかな眼差しで見下ろしてくる真子を見上げ、千晶も頬を緩める。

「ありがと……。リサも、ありがとね」

リサは口角を上げ、キャップを被り直した。

「気にしんときゃあ。アンタのそのお人好しに、あたしらも動かしてもらったことが何回もある。せやから、代わりに、アンタが行き過ぎんように、あたしらが止めるんや」

……いつだって他人(ひと)を想い、嘘偽りない慈善で努力を重ねる千晶は、多くの人の心を味方につける。

けれど、心意気だけではどうにもならないことが、世の中には星の数ほどある。

そのどうにもならない部分を手段で埋めて、千晶の理想を叶えられるのが、いつだって広く多角的な視野を持ち、情とは切り離して冷静な判断が出来る、真子なのだ……

千晶は、頼もしい仲間や恋人が傍にいてくれることが、何だか嬉しくて、緩む頬を止められずに笑った。

「ふふっ、あははは」

「何や急に笑って……」

「ごめん、何でもないの。ただ、いつも本当に助けられてるなぁと思って。ありがとう、二人共」

改まって礼を言われて、二人は面食らったような顔をした。

リサは照れくさくなったのか、キャップのつばを引いて目深にかぶる。

「〜〜〜っとにアンタは……素直すぎて恥ずかしいわ。……それに、そこのニヤついてる馬鹿が調子乗って惚気(のろけ)出すんもウザい」

指を差された真子は、この上なくニヤニヤと嬉しそうな顔をしていた。

「調子乗ってるんとちゃうで〜? うちの嫁はホンマに可愛えぇて言うてるだけや」

「ちょっ、真子!」

「それを調子乗ってる言うんや。……ハァ、アホらし。配達帰りに顔見に寄っただけやし、そろそろ帰るわ」

"配達"というワードから、千晶はあることを思い出す。

「そういえば、伝令神機にリサの名前で広告みたいなの届いてたけど、配達ってそれのこと?」

「そうや。現世に行かな手に入らんモンを、尸魂界(こっち)からの依頼を受けて届けてんねん。今んとこ小物や雑誌が多いけど、種別は問わんつもりやから、アンタらも何か欲しい時は声掛けやぁ」

「うん。ありがと」

「それじゃ「ちょい待ち、リサ」

瞬歩でその場を去ろうとしていたリサを止めた真子は、隊首羽織の袂を探った。

取り出したのは、六つの白い封筒。

「これ、現世に残ったお前ら四人と、喜助たちンとこに届けたってくれるか?」

その封筒を見た瞬間、千晶が僅かに頬を染めて唇をきゅっと引き結んだ。

リサは眉を顰め、六枚の封筒を受け取り、自分の宛名が書かれた一枚を開ける。

中に入っていたのは、結婚式の招待状。

「真子、これ……」

目を見開くリサに、真子は千晶の肩を引き寄せて、ニッと笑みを見せた。

「そういうことや」

千晶も、恥ずかしそうに微笑んでいる。

リサは、しばらく呆けていたが、自然と頬が緩んできた。

「は……はは、ははははっ……そうか、やっと……そうなんや」

100年前当時、結婚まで秒読みだろうと目されていた二人は、虚化実験のせいで、無慈悲にも引き離された。

再び生きて会うことすら、叶うかどうか分からずに、耐えがたい不安に追われ続けた日々。

その100年を乗り越えて、二人は再会を果たした。

そして今、100年前の続きを歩み始めている。

「おめでとう。真子、千晶」

リサは心から、友人たちの新たな門出(かどで)を祝福した。

真子と千晶は、同じような幸せを孕んだ瞳で、リサを見つめる。

「ありがとう、リサ」

「式は三カ月後、流魂街で開く予定や。瀞霊廷よりは来やすいやろ?」

リサは封筒を見下ろし、穏やかに目を細めた。

「ん。ひよ里も、流魂街やったら来る気になるやろ……。確かに預かった。これでも配達業やからな、しっかり届けたる」

「おう。よろしゅうな」

「楽しみにしてんで。それじゃ」

ひらりと手を振って、リサは瞬歩で消えていった。

霊圧を追うようにしばらく見送ると、真子は抱いていた千晶の肩をポンポンと叩く。

「さて、ほんなら副隊長 迎えに行こか。早よ副隊長戻して、休みらしい休み取りたいしなァ。婚姻手続きも、式の準備も、全然進まへん」

そう言って、ため息混じりに縁側を歩き始めた。

結婚式の準備、というよりは、婚姻の手続きに恐ろしく時間がかかるため、瀞霊廷復興中で忙しい中ではあるが、休みが欲しいのだ。

千晶は慌てて真子の後を追う。

「ちょっと、まさかそれが雛森副隊長を早く戻す理由じゃないでしょうね?」

「さすがにそこまで外道(げどう)やないわ。……さっきの話に繋がることやけど、あの雛森いう子、時が経つほど五番隊が自分の知らん場所ンなって、戻りにくくなるで。怪我が治ったんやったらさっさと引き戻したらな」

「そう……。でも、無理強いしちゃダメだよ?」

「そうならんように、お前も連れてくんや」

「え? 私まだ仕事あるんだけど……」

「一緒に()ィ、これは隊長命令や!」

千晶は呆れ顔で、額に手を当てた。

「ホントにもう、どうでもいい時に限って隊長命令使うんだから……」

「どうでもいい時やないで〜? 使いたいときに使っとるんや」

「自信満々に何言ってるんだか……」

ちょうど、縁側の曲がり角から、書類を抱えた平隊士が二人出てくるのが見えた。

千晶は小走りで彼らに駆け寄り、自分が抱えていた書類を預け、仕事のことで幾つか伝言を託す。

そして、猫背でゆらゆらと歩く真子の後を追いかけた。

 
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