フリチラリア
□2,技術開発局創設
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翌日。
真子と千晶は、それぞれの出勤時間に合わせて仕事に向かった。
「……はぁ……いてて……」
午後二時頃。
書類を持って八番隊へ向かう千晶は、周囲に誰もいない廊下で、歩きながら腰をトントンと叩いていた。
(真子、何で毎回朝から起きられるんだろ。……やっぱり体力が違うのかな)
自分も鍛えているつもりだが、足りないのだろうか。
そんなことを思いながら、八番隊舎へ歩いていった。
「こんにちは。門番お疲れ様です」
「あぁ、朝比奈さん。ご苦労様です」
「書類を持ってきたんですけど、矢胴丸副隊長、いらっしゃいます?」
「えぇ。本日はまだ外出されておりませんので」
「そうですか、ありがとうございます」
「いえいえ」
門番に会釈し、千晶は八番隊舎へと入っていった。
副隊長のリサを探しながら、隊舎内を歩く。
……といっても、霊圧を探れば一発なのだが。
「あ、いたいた。リサ〜」
縁側に見つけた、三つ編みおさげ&メガネの少女。
「ん、千晶か」
「あ、千晶ねぇさ〜ん!」
縁側に腰掛けて本を読むリサの後ろから、少女が顔を出した。
肩ほどまでの黒髪が、柔らかく外側に跳ねている。
「あら、遊楽まで……。また仕事サボって遊びに来たの?」
「えへへっ」
「拳西に怒られるよ?」
リサの傍に居たのは、九番隊第七席、月雲遊楽。
身長はひよ里より小さく、まだ酒も飲めない少女だ。
とはいえ、これでも成長した方で、十数年前の入隊当初は本当に小さな子供だった。
それでも当初から実力は高く、入隊から僅か10日で七席まで上り詰めた実績を持つ。
霊術院時代は数多い優等生の一人で、周囲より幼いこと以外に特徴は無かったが、九番隊入隊後に拳西がその才能に気づいたのだ。
本来ならもっと上位の席官になれるが、これ以上責任の重い地位につくことを、本人が頑なに拒んでいるらしい。
遊楽はサボリ癖があり、ちょっと目を離すとすぐ逃げ出し、他隊に遊びに行ってしまう。
特に八番隊は気に入っているのか、よく来ている。
同じくサボリ癖のある京楽と気が合う上に、リサが収集している普通とはちょっと違った本が面白いようだ。
「千晶、アンタ……」
「え、な、なに……?」
突然立ち上がったリサが、至近距離で千晶の顔を覗き込んだ。
そしてとんでもないことを口にする。
「昨日……真子とヤったな?」
千晶は石のように固まった。
対して遊楽は大はしゃぎ。
「すっご〜い! リサさん何でそんなこと分かるんですか!」
「ちょっと腰引けた歩き方しとったし、肌ツヤが若干ようなっとる。極めつけは表情や。なんやスッキr"ドゴォッ"
……突然、リサが庭まで吹っ飛んだ。
「な、ななっ、何言ってるのリサ! 教育に悪いじゃない! 遊楽が居る前で変なこと言わないd……って、あぁっ! ごめんっリサ!」
ボゴっと、リサは地面から頭を抜いて立ち上がる。
「ゴホッ……また、威力、上がっとる……えぇ、パンチ、や―――
"ドサッ"
「リサ!」
グっと親指を突き立てたまま気絶したリサ。
千晶は慌てて駆け寄ってリサの身を起こす。
両方の鼻から血が溢れていた。
「しっかりして! リサ!」
「揺らしちゃダメですよぉ千晶ねぇさん」
「遊楽……」
近づいてきた遊楽は、手に回道の光を灯してリサの額に置いた。
千晶は目を見開く。
「遊楽、回道が使えたの?」
「え? あぁ、はい。霊術院時代に、教科書読んでやってみたら出来ちゃいました。才能はそこそこあったみたいです、あははっ」
「ん……」
いつの間にか鼻血は止まり、リサは意識を取り戻した。
「リサ!」
「ん、あー……そういや殴られたんやっけ」
「ほんっとにごめんね!」
「えぇよ、別に。……おおきにな、遊楽」
リサは自力で立ち上がり、縁側に座る。
そして鼻の下の血を袖口で拭った。
「あ、そうや。ほんで何の用で来たん?」
「えっ? あぁ、そうだった。書類届けに来たの」
「そか。ほんなら、仕事戻らんとなァ」
言って千晶から書類を受け取るリサ。
遊楽があからさまに眉をひそめた。
「えぇ〜っ、リサさんもう行っちゃうんですか〜!?」
「遊楽も早よ仕事戻りゃあ?」
「嫌です!」
「即答かい。……あ、そうや。千晶、帰りついでに連れてったって」
「え? あぁ、うん、分かった」
「ひぇっ!?」
遊楽は青ざめて、瞬歩で逃げ出そうとする。
しかし……
"シュッ、ガッ"
見事、千晶に首根っこを掴まれた。
「ふふ、まだ私には勝てそうもないね」
「んやぁぁぁぁっ!」
「あ、コラっ、暴れないの。死覇装がはだけちゃうでしょ? ……それじゃ、またね、リサ。さっきは本当にごめん……」
「もうえぇて。今度、昨日の晩の詳しい話聞かしてくれるんやったら、チャラにしたる」
眼鏡の奥で、リサの瞳が光る。
「なっ、そんなこと出来るわけ……っ」
「別に千晶が答えんでも、真子に訊ぃたら喜んで答えてくれると思うで?」
「ま、まさか、今までにも訊いたことあるんじゃ……」
「さァ、どうやろな」
千晶は一気に青ざめた。
リサは冷静にその手元を見下ろし指し示す。
「千晶、手ぇ離したり。遊楽が死にそうや」
「え? ……あっ」
いつの間にか手に力が入って、遊楽の死覇装の首元を引っ張っていたらしい。
遊楽は首が絞まって、青い顔で泡を吹いていた。
「ぁ……お花、ばたけ……」
「ヤダちょっと! 戻って来て! 遊楽!」
千晶はしばらく、遊楽の襟元を掴んでぶんぶん振っていた。