フリチラリア

□1,新・十二番隊長
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黒崎一護が、現世にて生を受ける、遥か昔。

数字にしておよそ、110年前。

尸魂界は、さほど大きな問題を抱えることもなく、穏やかに時を刻んでいた。




「はぁ……そろそろ、朝晩は冷えるようになってきたなぁ……」

広がる青空にかかる、薄い雲。

周囲もわずかに霧が掛かっていて、なんだかぼんやりしている。

そんな淡い情景の中でも、空気だけはピンと張り詰めていた。

「こんなに朝早くから、総隊長が私なんかを呼び出すなんて……」

呟きながら、五番隊隊員・朝比奈千晶は、五番隊舎の縁側を歩いていた。

ハーフアップにされた、腰まである長い茶髪が、歩くたびに揺れる。

早朝ゆえ、すれ違うのは夜間警備明けの隊員ばかり。

「あ、おはようございます、朝比奈さん」

男性隊員が、眠そうな顔で声を掛けてきた。

「おはようございます。夜間警備、お疲れ様でした」

「あはは……途中10分ほど眠ってしまいましたけどね」

「ふふ、それだけ平和ということです。いいことですよ」

「そう言って頂けると助かります……。ところで、こんな朝早くからどちらへ?」

「えぇ、ちょっと所用があって他隊へ。終わり次第仕事に戻りますから、ご心配なく」

「貴女が仕事をサボるなんて誰も思いませんから、大丈夫ですよ。……では、俺はここで」

「はい。ゆっくり休んでくださいね?」

「ありがとうございます」

男性隊員は軽く頭を下げ、宿舎の方へと戻っていった。

それを見送り、千晶は再び歩き出す。



五番隊舎を出て、瀞霊廷の中央方面へ。

目的地は一番隊舎だ。

実は三十分ほど前、起きがけで身支度していたところに、突然 地獄蝶が飛んできたのだ。

指にとまらせてみれば、"今から一時間後に一番隊舎へ来るように"とのこと。

一瞬、何か悪いことをしてしまったかと心配になったが、覚えはない。

だとすると……

「……」

一つだけ、思い当たる節がある。

千晶は視線を道端に落とし、あまり気乗りしない様子で歩いていった。







やがて、指定された時間の十分前に一番隊舎に到着すると、いつも隊首会が行われている部屋の前に立った。

緊張しながらも、声を張り上げる。

「五番隊、朝比奈千晶、参りました」

程なく、巨大かつ重厚な扉がゆっくり開き始める。


"ゴゴゴゴ……"


開いた扉の向こう。

総隊長である山本元柳斎がいるのは当然。

しかし、あと二人、共に立つ人影に千晶はまばたきを繰り返した。

「えっ、羅武? それに、拳西も……」

七番隊長・愛川羅武、九番隊長・六車拳西。

どちらも、死神に成りたての頃から交流のある、友人だ。

こんな早朝から二人が元柳斎の元にいるということは、"思い当たる節"が的中してしまったのだろうか。

「よぉ、千晶。朝早くから悪いな」

「急な呼び出しだってのに、言われた時間より前に来るたァさすがだな。お前ンとこの旦那にも見習わせろよ」

「なっ、ちがっ……真子とは別にっ、まだ、えっと……」

「俺は"真子"とは一言も言ってねぇぞ?」

「えっ、あっ……」

「それに、"まだ"ってことはそのうちそうなるってことだよな?」

「えっと、それは……って、もう! 二人してからかわないで!」

「はははっ」

元柳斎が咳払いを一つする。

「……そろそろ、本題に入って良いかの?」

羅武が頬をかいて苦笑した。

「あぁ、はい。すいません。どうぞ」

千晶は緊張から肩を竦ませ、そろりそろりと三人の傍に寄る。

「朝比奈や、おぬしがここに呼ばれた理由、大方察しがついておるじゃろう?」

元柳斎の糸目に見つめられ、千晶は申し訳なさそうに目を伏せた。

「……はい……確信はありませんが……」

握った両手を、そわそわと何度も揉んだり組み替えたりする。

「この二人から、おぬしを十番隊長に推薦する旨を聞いておる」

「……」

現在、十番隊の隊長席は空席となっている。

先日のとある一件で亡くなったからだ。

「おぬしが承諾するならば、後に行われる十二番隊・新隊長就任の儀の後、隊首試験を行おうと思うておるが……どうじゃ?」

……やはり、その話だったのか。

千晶は両手をぎゅっと強く握った。

そして目を伏せ、首を横に振る。

「……推薦して頂けたことはとても光栄ですが、お断りします」

それを聞き、羅武は困ったような笑みを浮かべた。

「実力は十分にあると思うけどなァ。自信ねぇのか?」

千晶は苦笑して視線を彷徨わせる。

「うーん……それもあるけど……」

拳西が両腕を組み、励ますような口調で言った。

「自信なんざ、やってくうちについてくさ。誰だって最初は不安なもんだぜ?」

「……うん、そうなんだろうけど……違うんだ。理由は別にあるの」

千晶は握っていた両手を解いて、双方の指先を合わせた。

「私はね、上に立って引っ張っていくより、下から支えて押し上げる方が得意だと思うんだ。……それに、隊長になりたくて努力してる人は沢山いるはずだから。私みたいに、なるつもりのない死神がなるべきじゃないよ」

「ったく、お人好しなのか気が弱ぇのか」

「同じ理由で、席官にすらならねぇもんな」

「だって、私には席官になる理由なんてないもの。護廷のためや、現世と尸魂界のバランスを守るために働きたいんだから、階級なんて関係ない。今のままで十分だよ」

言って、千晶は笑顔を見せる。

羅武と拳西は諦めのため息をついた。

「ったく、死神の鑑だな。真子が惚れるわけだ」

「あぁ、全くだ」

「えっ、いや、ほ、惚れるって……」

千晶は顔を赤くし、両手を彷徨わせる。

元柳斎がゆっくりと口を開いた。

「……では、受ける気は無いんじゃな?」

千晶は背筋をピッと伸ばし、真剣な表情になる。

「はい。先ほど申し上げた通りです。早朝より時間を割いて下さったというのに、申し訳ございません」

そして深く丁寧に頭を下げた。

元柳斎はふっと短く息をつく。

「自責の念を持つことは無い。おぬしの言うた死神としての本分こそが重要じゃ。これからも自身の信念に従い、励むが良い」

千晶はバッと顔を上げ、表情を輝かせてからもう一度深く頭を下げた。

「ありがとうございます」

元柳斎はふわりと隊首羽織を翻し、部屋の出入り口に向かって歩き出した。

「これにて十番隊長の件は終いじゃ。他隊の隊長が揃い次第、十二番隊・新隊長就任の儀を執り行う」

「「はい」」

羅武と拳西は、そのまま部屋に残ることにした。

千晶は仕事に戻ろうと歩き出す。

すると、部屋を出ていこうとしていた元柳斎が、ふと何か思いついた様子で、足を止めて振り返った。

「朝比奈や」

「あ、はい! 何でしょうか」

「おぬしも同席してゆくが良い」

「え……よろしいのですか?」

元柳斎は深く頷き、部屋を出ていく。

千晶は戸惑い、まばたきを繰り返した。

「は、はぁ……分かりました。では、同席させて頂きます」

元柳斎が行ってしまうと、千晶は、羅武、拳西と目を見合わせる。

三人とも、何故元柳斎が千晶を同席させたのか、分からなかった。

 
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