ブラキカム
□12,決戦
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翌日の昼頃。
遊楽は一カ月ぶりに、十三番隊舎の修練場を訪れた。
"ヒュッ、ガキンッ、ガンッ"
「お、やってるやってる」
崖上から見下ろせば、織姫とルキアが手合わせしている。
織姫のために用意していった4本の岩柱は、全て真っ二つに斬られていた。
「ほっほ〜、一カ月であれを斬れるようになったんだ。……んじゃ、織姫ちゃんの攻撃力は5倍くらい上がったねぇ。ルキアちゃんも手合わせに移ってるってことは、二重詠唱に成功したってことかな?」
遊楽はひょいっと、修練場へ飛び降りた。
「やっほ〜、お二人さん」
声を掛けられ、振り返った二人は、目を見開く。
「あ! 月雲さん!」
「月雲殿! お久しぶりです」
「いや〜、二人とも、一カ月前とは見違えるようだねぇ」
実力も然ることながら、顔つきが全く違う。
「あのね月雲さん! 月雲さんが用意してくれた岩柱、全部斬れたんですよ!」
「うんうん、頑張ったね〜っこのこの〜!」
遊楽は織姫の頭を、わしゃわしゃと撫で回した。
「ひゃっ、あははっ、くすぐったい!」
「きっと喜助さんもビックリするぞ〜っ」
ルキアは、微笑ましいものを見る目で、二人のやりとりを見つめた。
一通り織姫の頭を撫で繰り回すと、遊楽は手を離す。
「さてと! ルキアちゃんは、二重詠唱、何番台まで試した?」
「あ、はい。六十番台までは何とか……。七十番台はまだ成功していなくて……」
「ほうほう。六十番台までの成功率はどのくらい?」
「六割、くらいでしょうか……」
「ん、一カ月でそこまでいければ上出来〜。あとは、百発百中で撃てるように、練習あるのみだねっ! ……てなわけでぇ、」
遊楽はニッコリ満面の笑みを浮かべた。
「今日は、織姫ちゃん ア〜ンド ルキアちゃん VS あたしで、手合わせしよ〜う!」
「「!」」
「織姫ちゃんにはぁ、本格的に"闘う覚悟"を持ってもらわないといけないしぃ、ルキアちゃんにはぁ、習得した技術を実戦で使えるようになってもらわないといけないからね〜」
「2対1、ですか…?」
「そ! 二人とも本気でかかって来てね? ……あ、ルキアちゃんは、斬魄刀の始解をしないこと。解放してない斬魄刀と、鬼道だけで戦ってみて?」
「わ、分かりました……」
「よし! じゃ、始めよっか! 殺し合い」
"ザワ…ッ"
「「!」」
突如感じた殺気に、織姫とルキアは飛び退いた。
いつもと変わらない笑みを浮かべている遊楽だが、首元に刃をつきつけるようなオーラが感じられる。
「ほらほら、油断してるとぉ」
"シュッ―――"
「!」
何が起きたのか、織姫には分からなかった。
ただ一度まばたきをしたら、目の前に遊楽が居た。
"ピキィンッ"
「いっ、たあっ!」
左腕に、つったような痛みが一瞬走る。
「井上!」
ルキアが駆け寄って来た。
織姫は涙目で左腕をさする。
遊楽は満面の笑みを浮かべた。
「にへへ〜っ。もしあたしが破面だったら、織姫ちゃんの左腕は、今頃なくなってただろうねぇ」
「月雲殿っ、井上に何を……」
「あぁ、心配ないよ? 回道の応用で、ちょっぴり筋肉引っ張っただけだから。つった感じしたでしょ?」
織姫は左手を握ったり開いたりする。
「あ、何ともない……」
「今のが本当の戦場なら、織姫ちゃんはとっくに死んじゃってるね」
「……」
「まずは、死神の瞬歩の速さに慣れること。破面たちも、響転っていう似たような歩法を使うから、あたしの速さにも反応できないようじゃ、一撃で殺されちゃうよ? いいね?」
「は、はいっ!」
「よーし、んじゃもっかいいくよ? 今度はルキアちゃんも狙ってくからね〜」
「あ、はい!」
「あと、二人ともあたしに攻撃していいんだからね? 遠慮は要らないよ。二人が死ぬほど霊力絞り出しても、あたしには当たんないから、あははっ」
「「は、はい……」」
((それはそれでヘコむ……))
「……ふむ。修行も第二段階か」
修練場の崖の上で。
浮竹は、三人が手合わせをするのを、お茶の湯呑み片手に見下ろしていた。
そこに……
「またここに居たんスか?」
「? あぁ、檜佐木君」
修兵がやって来た。
「しょっちゅうここに来て、修行の進み具合見てますよね」
「いやぁ、若いとはいいもんだなぁとね。たった一月でも、見違えるように成長してしまう。……まぁ、導く者の手腕がいいからかもしれないが」
「俺としては、帰って来たんなら仕事してほしーんスけどね」
遊楽を見下ろして苦笑する修兵に、浮竹はまばたきを繰り返した。
「うん? 昨日は手伝ってくれたんじゃないのかい?」
「え?」
「キミの顔色が、少し良くなっているようだから。月雲が仕事を手伝って、久々に寝ることが出来たんじゃないかと思って」
「あー……まぁ、そうなんスけど」
「月雲は、何か言ってたかい? 長らく現世へ行ってたんだろう?」
「それが全然。浦原元隊長とも、ただ井戸端会議してきただけのようですし」
「ははっ、月雲らしい」
修兵はため息をついて苦笑した。
「まぁ、どこまで本当かは分かんないっスけど。……俺は死ぬまで、アイツを理解できない気がします。まるで判じ物を相手にしてる気分だ」
浮竹はフっと笑う。
「そうでもないさ」
「?」
「判じ物には、作り手の癖が出る。その癖さえ分かってしまえば、解くのは簡単だよ」
「ははっ、それまで何年かかることやら……」
―――と、そのとき。
"ひら……"
地獄蝶が二匹、飛んできた。
片方は浮竹と修兵に、もう片方は遊楽とルキアに、情報を伝える。
『空座北部に、十刃と見られる破面出現! 数は4! 日番谷先遣隊と交戦状態に入りました!』
「月雲! 朽木!」
浮竹が呼ぶと、二人も答えた。
「大丈夫です」
「こちらにも今、報告入りました!」
「鬼道衆が開門処理に入っているはずだ! 朽木は隊舎前の穿界門に急げ!」
「はい!」
織姫が駆け寄ってくる。
「ま、待って朽木さん! あたしもっ」
「お前は駄目だ、井上。こちらへ来るときに教えたろう。私と一緒に穿界門を通っても、地獄蝶を持たぬお前は、自動的に断界へ送られる」
浮竹と修兵が、瞬歩で傍に現れた。
浮竹が鎮めるように言う。
「今、断界を安全に通過できるよう、界壁固定の指示を出しておいた。半刻ほど掛かると思うが、君はそれから現世へ向かいなさい」
「は、はい……」
遊楽が織姫の頭に手を乗せた。
「半刻なんてすぐすぐ。向こうに行ってすぐ戦えるように、あたしとイメトレしながら待ってよ?」
「はいっ」
ルキアが笑顔を向けて言った。
「先に行って、待っているぞ」
「うん!」
"シュッ―――"
ルキアは瞬歩で駆け出していった。
……それを見送り、遊楽は遠い目をする。
(……十刃が4体だけ出てきたってことは、間違いなく、揺動……。織姫ちゃんの迎えに、仕掛けてくるのは現世か、断界か……。尸魂界でってことはまず無いな……)
「月雲さん?」
織姫の声で、遊楽は我に返った。
「ん〜? なぁに?」
「どうかしたんですか?」
「んや〜? 十刃がもう出てくるなんて、早いな〜とか思ってさ」
修兵がため息をついた。
「お前は相変わらず軽いな。もっと緊張感持てよ」
「んぇ〜? 修兵は緊張しすぎだよ〜。そのうち眉間のしわ、消えなくなるぞぉ?」
「るっせぇ」
と、そこに。
「井上様! 井上織姫様!」
裏廷隊の隊員が走って来た。
「断界界壁固定、終了致しました! ご案内いたします!」
「は、はい!」
遊楽はきょとんと瞬きを繰り返す。
「およよ、早かったねぇ。……そんじゃ」
バフっと、遊楽は織姫に抱きついた。
「ふ、ぇ? 月雲さん……?」
遊楽は織姫の背中をポンポンと叩き、沁み込ませるような声で、告げる。
「……いーい? この先、何があっても、自分の守りたいもののために、今何をすべきか。それを一番に考えるんだよ?」
「え……」
遊楽は身を離し、織姫の両手を握った。
「思いの強さが、そのまま、織姫ちゃんの力になるから。いいね?」
紫の瞳が、優しく強く、見つめてくる。
織姫は、ぎゅっと、遊楽の手を握り返した。
「はい! いってきます!」
「ん、いってらっしゃい」
三人に見送られて、織姫は、裏廷隊の隊員と共に走っていった。
(……ごめんね、織姫ちゃん)
これから起こることを、知っている。
けれど、それが後々必要なことだから、ここで助けるわけにはいかない。
「頑張れよ〜、織姫ちゃん……」
ぼそっと言って、遊楽は小さなため息をついた。
浮竹は目を細める。
「しかし、崩玉の覚醒は冬だと聞いていたが、もう十刃が出てくるとはな」
「マユリが優秀で良かったですね。ニセ空座町、もう出来てますから」
「やはり、直に来ると思うか?」
「そう思います。勘ですけど」
遊楽は肩をすくめて見せて、くるりとUターンした。
「帰ろ〜? 修兵。今日は特別に、仕事手伝っちゃるからさ?」
「え? あぁ……。って、元はといえばお前の仕事だぞ!」
「あははは〜」
九番隊舎へと戻っていく二人。
その背中をしばらく見つめてから、浮竹は空を見上げた。
この平穏は、もう終わってしまうのかと、心底残念に思いながら……