ブラキカム
□11,枷
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浦原が十二番隊長になってから、九年後。
ある日の、夕方。
「3人で行くのも久しぶりだね」
「せやなァ」
「そうですね」
五番隊の管轄区域で、隊長の平子真子は、恋人の千晶と、副官の藍染を連れ、三人一緒に路地を歩いていた。
いつもより早めに仕事が終わったため、数カ月ぶりに飲みに行くことにしたのだ。
「それにしても、ギンって本当に優秀だね。近いうちに、空席の十番隊隊長に、史上最年少でギンが選ばれたりして。ふふふっ」
「何や嬉しそやなァ。アイツに空席埋めてもろたら、自分が推薦されんで済むからか?」
「えっ、いや、そんな後ろ暗いことは……ごめんなさい。ちょっと考えました……」
「くははっ、やっぱりか」
「けれど、彼が抜けてしまうと困りますね。あれほど優秀な三席は、そうそう居ません」
「しょーじき、前の三席より優秀やな。本人聞いたらヘコむやろけど。……ぁん? あそこ歩いてるん、遊楽やないか?」
「え? ……あ、ほんと。遊楽〜!」
前方に、肩を落としてトボトボ歩く遊楽を見つけ、千晶が手を振った。
遊楽はゲッソリした顔で振り向く。
「あー、千晶ねーさん……」
「やだちょっと、どうしたの? 虚の討伐か何かで疲れちゃった?」
遊楽は首を横に振る。
「拳西たいちょーが、あたしが溜めた一週間分の仕事、律儀に全部残してて、それ片づけるまでは、何日徹夜になっても帰さねぇって、椅子に縛り付けられたから……」
「なるほど? それを一日で片したら、こないゲッソリになってしもたと」
「よく一日で終わったわね……」
「明日から本気で逃げてやるぅ……」
「アホ。また仕事ぎょーさん溜まるで?」
「いーですよ! 隊長に押しつけ返します!」
「もう、そんなところに闘志燃やさないの。これから宿舎に戻るところ?」
「はい……」
「なら、遊楽も行く? 飲み屋」
「!」
一気に紫の瞳が輝きを取り戻した。
「行きます!」
「ふふ、元気になった。……あ、先に言っておくけど、お酒は飲ませないからね?」
「え〜……」
「当たり前でしょう?」
「ジュースやったら、なんぼでも飲ましたるぞ」
「ちぇ〜っ」
三人は遊楽もつれて、四人で歩き出した。
千晶は夕日を見つめて、ぐっと伸びをする。
「ん〜。こうやってゆっくり夕日を眺められるのも、久しぶりだね」
「せやなァ。いつも仕事終わるころには星空やし」
「それはそれでいいんだけどね」
「……あ、夕日言うたら、三十年くらい前やったか、休みで出掛けた先で偶然えぇとこ見つけて、沈むまで見たことあったなァ」
「あぁ覚えてる! 小野宮峠のところだよ! 少し前に真子と喧嘩して、でも夕日見てたらどうでもよくなっちゃって、結局仲直りした場所!」
「そやったっけ?」
「そうだよ。忘れたの?」
……思い出話に花を咲かせる二人。
それを、少し離れた後ろからジト目で眺め、遊楽は隣を歩く藍染に訊いた。
「いつもこーなんですか?」
「ん? あぁ。大体ね」
「大変ですね。ず〜っとノロケ話聞いてるなんて」
「もう慣れたよ。スルースキルには自信がある」
「ふっ、あはははっ。ある意味、貴重なスキルですね」
「あぁ。重宝しているよ」
「ところで……」
「?」
藍染が隣を見下ろすと、夕日で深みの増した紫の瞳が、じっとこちらを見上げていた。
「あなたは誰ですか?」
「……」
藍染は僅かに目を見開いた。
気取られないよう、いつも通りを演じる。
「誰って、僕は僕だよ? 五番隊副隊長、藍染惣右介だ」
「ほら、また」
「え……?」
「微笑むとき、右に首を傾げる癖があるのは変わらないんですけど、傾げ過ぎです。まるで、わざと傾げてるみたいに」
「……」
「それに、歩幅も前より少し大きいですね。足音も大きくなってますし、歩くたびに体が左右に揺れてる。なんか、藍染副隊長よりちょっと大柄で、体幹の弱い男の人が歩いてるみたいです。見た目も身長も変わらないのに」
「……」
藍染として振る舞っている男は、内心焦っていた。
姿かたちは勿論、言葉遣いから筆遣い、クセまで完璧にコピーした自分の演技を、見破る者が現れるなんて。
……しかし、偽物である証拠はないのだ。
このままシラを切り通してしまえばいい。
―――と、思った瞬間。
「気のせいじゃないかな」
男の意思とは無関係に、体が動いた。
……おそらく、藍染本人が、鏡花水月を通して話している。
「僕は僕だ。それ以外の何者でもない」
ニヤリと口角が上がると、遊楽は肩を震わせて真っ青になった。
そして、ふいっと顔を正面に戻す。
「すみませんっ……勘違いでしたっ」
震える声でそう言うと、足早に真子と千晶の後ろへ駆け寄る。
"バフッ"
「うわっ、と、え? どうしたの遊楽」
いきなり腰に抱きつかれて、千晶は後ろに手を回した。
「遊楽?」
死覇装に顔を埋めたままの遊楽の頭を、戸惑い気味に撫でる。
千晶は真子と目を見合わせた。
首を傾げる千晶に、真子は肩をすくめて見せて、後ろを振り返る。
「何かコイツに言うたんか? 惣右介」
藍染はいつも通りの笑顔で答える。
「いいえ、これと言って何も。スルースキルの話しかしてません」
「スルースキル?」
「そうだろう? 月雲七席?」
「……」
……話を振られ、遊楽はゆっくり顔を上げた。
わざとらしく頬を膨らませ、千晶と真子を交互に見て言う。
「二人ともイチャつきすぎです。罰として、あたしが飲み屋まで、千晶ねーさんの腰巾着になります」
「なっ、別にイチャついてなんかっ」
「くははっ、腰巾着か。オモロいこと考えよったなァ」
「うっ、ちょっと遊楽っ、ひっついててもいいからちゃんと歩いて! 重い!」
……このとき、遊楽にほんの少しの勇気があれば、何かが変わったのかもしれない。
あるいは、藍染のことを話していたら、この場で三人とも、藍染に殺されていたのかもしれない。
どうすることが正解だったのかは、未だに分からない……