アゲラタム
□第七巻
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『ハーッハッハッハッ! これで鬼卒道士もキョンシーの仲間入りだ!』
『まだよ……くらえ! 奥義、エンジェル・クロッキー!』
54、正式名称は知らんがそこそこよく見るあの技
とある平日の午前中。
天国にある漢方薬局『極楽満月』では、幸か不幸か客がいないため、テレビがついていた。
巷で大人気のアニメ、『鬼卒道士チャイニーズエンジェル』が放送されている。
そして、テレビの前に積み上げられた段ボール箱の上に、兎たちが並び、テレビをじっと見つめていた。
白澤と桃太郎は、カウンターの後ろから、暇そうな顔で兎たちを眺める。
「兎ちゃんたちみんな好きだねぇ、そのアニメ」
「表情変わってませんけど、楽しいんですかね?」
「欠かさず見てるから、楽しいんじゃない? どうなの薺ちゃん」
白澤は、自分の後ろで洗い物をしていた薺に聞いてみた。
薺は陶器のすり鉢を濯ぎながら、にこりと笑みを浮かべる。
「みなさんお好きですよ、チャイニーズエンジェル。兎さんたちは、人間よりも本能や感情がつよいので、善悪がハッキリしていて、分かりやすいお話を好むけいこうがあります。いろいろな感情がからみあったドラマやドキュメンタリーよりは、子供むけのアニメのほうが性に合うのでしょう」
桃太郎が驚きの顔で振り返った。
「そんなこと分かるんスか!?」
白澤が、当然じゃない、と言いたげに笑みを浮かべる。
「そりゃあ、薺ちゃんは兎の神獣だもん」
「それって、白澤様には牛の言葉が分かるってことになりません?」
「え、いや……それは……話が別かな」
洗い物を終えた薺は、蛇口を閉め、濡れた手をタオルで拭きながら苦笑した。
「兎と人間の複合体であるわたしとちがって、白澤さまは白澤さまですから、牛さんともまたちがうのです」
「そういうもんスか……」
話している間に、白澤は流れるように薺をヒョイっと持ち上げ、カウンター席に座った自分の膝に降ろす。
そして、水仕事で冷たくなった薺の手に、保湿剤を塗り込み、自分の手で包んで温めた。
薺は顔を赤くして慌てふためくが、白澤はそれすら楽しそうに眺めている。
桃太郎はというと、最近 薺にべったりの白澤に慣れつつあった。
距離が異様に近い二人のことは、今さら気にも留めず、ぼんやりとテレビを眺める。
『いでよ! エンジェル大熊猫!』
主人公のエンジェル朱色が広げた巻き物から、描かれたパンダの絵が実体化して飛び出した。
「ああいう技って、バトルものでよく見ますけど、ご馳走とか描いて出せたら超いいッスよね……あ、でも、紙と墨の味だったりして」
白澤は、満足げな顔で薺の頭に顎を乗せ、小さな手をすりすりと揉みながら、テレビを見る。
「ん〜? あぁ、あれね。僕、あの技使えるんだよね〜」
「……。……え……はぁ!?」
「久々にやってみよっか〜」
白澤は楽しげだが、薺は困ったような顔をしていた。
「あの……本当にやるのですか……?」
「だってホラ、桃タロー君 見たそうだし」
「そう、ですか……」
白澤は薺を膝から降ろすと、どこからか道具を出してきた。
灰で満たされた壺に長い線香を数本差し、それを両脇に置いて、細くたなびく煙に包まれながら、紙に絵を描く。
そして、何やら唱えながら不思議な足の動きをすると、酒を口に含み、絵に吹きつけた。
途端、何らかの動物を模った絵が、紙からするりと抜け出す。
ぺラリと床に落ちたその絵は、次第に立体的に盛り上がり、四本の足で立ち上がった。
「……ニャ〜〜ン」
足をぷるぷる震わせながら、低い声で不気味に鳴く。
それを見下ろして、桃太郎は何とも言えない顔をしていた。
隣で、白澤は悩ましげに両腕を組む。
「う〜ん……どういうわけか、この技だけは昔っから苦手なんだよね〜。本当はもっと颯爽と飛び出して動くはずなんだけど」
(理由は明快っスよ……)
「出せてもただ鳴くだけなんだよね〜。びっくりするほど何もしない」
「ただただ怖いです」
ゆらゆらと、奇妙な動きで歩き出した白い生物から、兎たちはそっと距離を取り始めた。
白い生物は亀のような歩みで、まっすぐある一点を目指す。
「あ、あの……えっと……」
目指していたのは、薺。
辿り着いた白い生物は、薺の足に纏わりつき、すりすりと頬ずりをし始める。
薺が移動しても、しつこく追いかけた。
「あ、あの、ご、ご勘弁を……」
薺は店内をくるくると逃げ回り、最後には白澤の背中にひしっとくっつく。
それでも、追いかけてくることに変わりはないが。
「は、白澤さまっ、お止めください」
「無理だって。知ってるでしょ? ……よっこらしょっと」
白澤は薺を抱っこすると、自分の足元に寄って来る白い生物を見下ろした。
桃太郎は、しゃがんでつついたりしてみる。
「コレ、どうやったら消えるんスか? やっぱり元は紙だから燃やすとか?」
「自然に消えるよ。でも、一度出たらしばらくは断固消えない」
「断固!?」
「3日は消えないね。ただ存在し続ける」
「何なんスかその能力! 神がかった嫌がらせじゃねぇか!」
「唯一の特技は、意地でも付き纏うことかな。特に薺ちゃんがお気に入りみたいで、見つけると延々と追っかけ回してる」
「あー……それは、まぁ……」
理由は何となく察しがついた。
(言っても白澤様が作ったモンだもんなぁ、コレ……)
何というか、薺へのすり寄り方が術者の白澤にそっくりだ。
「それにしても、本当にこんな技があるなんて……」
「魂宿しの術って結構多いよ。ホラ、美人画が嫁になった話とかあるじゃん? 西洋にはピグマリオンなんてのがあるし」
「それとコレを同じと見るのは……」
「あ、忘れてた。そこの箱、閻魔庁まで配達してきてくれる? 昼休み指定だから、そろそろ出ればちょうどいいと思うよ。僕はこれから茄子君と、芸術展に向けて制作しなきゃいけないから」
「アンタ芸術活動してたのかよ!? やること成すこと無駄ばっかだな!」
"ガララッ"
「こんにちは〜!」
「こんにちは〜……」
店の扉が開き、茄子と、付き添いの唐瓜がやって来た。
「あ、来た来た、いらっしゃ〜い」
白澤は、薺を抱っこしたまま笑顔を向ける。
(ホントに芸術活動する気か、この駄神……)
もはや遠い目をしながら、桃太郎は配達品を抱え、店を出るのだった。