アゲラタム

□第二巻
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タクシー。

それは、現代において欠かせない交通手段。

料金は高いが、自由に出発地と目的地を選べる便利なシステム。

だがその一方で、密室を利用した犯罪等も増えている。


7、地獄四谷タクシー怪談


ある日。

時刻は夜の九時半過ぎ。

とあるバス停にて。

椿は眠そうな目で、バスの時刻表を見ていた。

「ふぁ〜……。……ありゃ。鬼灯、今さっきバス行っちまったみてぇだぞ?」

「そうですか。……仕方ない、タクシーで帰りますかね」

鬼灯は時計を確認する。

次のバスを待つ時間は無いようだ。

二人は近くのタクシー乗り場……もとい、朧車乗り場へ向かった。

ちょうど二台の朧車が停まっており、何やら雑談している。

「なぁ」

「ん?」

「最近、現世じゃタクシー強盗ってのが深刻らしいよ」

「え〜何それ、超怖ぇじゃん……」

「なんか、一対一で個室の状況が狙われやすいんだとさ」

「うわ〜絶対嫌だよそんなの」

「まぁその点、俺らは顔が前に付いてるから安心だけどな」

「あぁ、まぁな。……現世って怖ぇ」

「あっ、でも腹の中から突かれたら嫌だな」

「あー確かに、それは痛い」

「その車部分ってやはり"体内"なんですね」

「「?」」

朧車たちは揃って、声のする方を見た。

「あ、鬼灯様に椿様」

「今からお帰りですか? 大変ですね」

「まぁ、そういう仕事ですし」

「ていうか椿様、この間みたいに走行中に飛び降りるのは勘弁して下さいよ。何かあったらこっちの責任になることもあるんですから」

「アタシを誰だと思ってんだ。あれぐらいじゃかすり傷一つつかねぇよ」

「それに、コイツは訴訟なんて面倒なことしませんし、私が訴えさせませんから安心して下さい」

「……ならいいっすけど」

「ところで、こんな一介のタクシー利用でいいんですか? もっといいお車(龍とか)お使いになればいいのに」

「いえ、公費の無駄ですから」

「龍とか乗ろうとするとコイツ怒るんだよ」

「当たり前です。タダでさえ貴女の設備破壊で予算が削られてるんですから、これ以上削らせてなるものですか」

「そりゃこっちのセリフだっつの」

「まぁまぁお二人とも……」

「高級がダメなら、専用車を買ってしまわれてはいかがですか?」

「現世では安全のためにそんなのもあるようですね。……しかし、地獄では己の身は己で守るのが鉄則です」

「……あぁ、まぁ、襲撃したところで普通に敵わないよな、どっちにも」

鬼灯と椿は個々でも強い上に、二人揃えば敵なしだ。

「でもさ、俺らだって乗り物界のアイドルじゃん?」

「はい?」

「いきなり何だ?」

「え、だって俺ら、よく考えるとネコバスの仲間ですよ」

鬼灯の眉間にクワっとしわが寄る。

椿は首をかしげた。

「ネコバス……? って何だ?」

池袋駅も知らないのだから、ジブリなんて知るわけがない。

鬼灯はため息をつく。

「今度見せてあげますよ」

「おう、そうか」

「高級じゃないけど憧れの乗り物だよな、ネコバスも俺らも」

「だよな〜」

「いえ、サツキがあなたたちに乗って迎えに来たらメイは大号泣です。別の意味で。……まぁ確かに構造は似ていますが、どちらかというと一反木綿に近いのでは?」

「えー、アイツ屋根ないじゃないですか」

「……って、雑談ばっかしてないで仕事しなきゃだな。どこまで参りましょうか。あの山の病院?」

「いえ、別に穫れたてのトウモコロシは届けません。閻魔殿までお願いします」

「こんな遅くまで、出張お疲れ様です」

鬼灯と椿は、片方の朧車に乗った。

「それじゃ、最速で飛びますからね!」

有名人を二人も乗せて上機嫌な朧車は、颯爽と空へ舞い上がる。

残された朧車は、嬉しそうな友人の背中を見送った。

「……アイツ、鬼灯様と椿様乗せたってしばらく自慢すんだろうな……」

一人寂しく呟いていると、人影が近づいてきた。

男性一人のようだ。

「ご利用ですか? どちらまで参りましょう」

「……高天原まで」

男はボソっとそれだけ言って、ソロリと朧車に乗り込んだ。








その頃。

鬼灯と椿を乗せた朧車は、順調に閻魔殿へ向かっていた。

鬼灯と朧車の間で、雑談に花が咲く。

「しかし、タクシーも大変ですよね。変な客も多いでしょう」

「えぇまぁ。困ったお客様はどこにでもいますよねぇ」

「酔っぱらって吐いたりする方もいるのでしょう?」

「はははっ、そんなのしょっちゅうですよ。鬼の方々は酒好きが多いですし」

話しながら、鬼灯はみたらし団子の包みを開ける。

一本を自分の口へ運びながら、もう一本を椿の方へ差し向けた。

椿はそれを口で受け取り、眠そうな顔でもくもく頬張る。

「あっ、そうそう、怖い話があるんですよ」

「怪談ですか?」

「はい、友人の体験談なんですけどね?」



―――朧車は語り始めた。


それは湿度の高い、とある晩のこと。

友人がひと気のない通りを、一人流していたんです。

すると女が一人、手を挙げているじゃないですか。

嫌だなぁ……怖いなぁ……って思っても、仕事だから乗せないわけにはいかない。

いざ勇気を出して乗せてみると、女は静かに言ったんです。

『あの……地獄の門まで……』

女が座ったのを確認して、友人は出発しました。

女は口数が少なくて、やけに青白く、亡者にしては妙に存在感がある。

それを不思議に思いながらも、友人は地獄門に着きました。

"キイイィィ……バタン!"

女が通り抜けた後で、閉じた門の扉。

すると……

"ドンドンドンドンッ、ドンドンッ!"

『開けて! お願いよ! 間違いなのっ、私、間違えてきちゃっただけなのよ!』





「―――えぇ、その女、生きてたんですよ! 臨死体験してやがったんです! ……ね? 怖いでしょ?」

鬼灯は無表情で二回ほど瞬きした。

「そういうのが、朧車タクシー界での怪談なんですね」

その横で、椿はこっくりこっくり……

「ぁ、やべぇ……鬼灯、膝、借りる」

「はい?」

突然何を言い出すんだと、鬼灯が首を傾げれば、椿が糸の切れた人形のように、膝に倒れ込んできた。

「……椿さん?」

「………すー…すー…」

膝に乗った寝顔から、問答無用で聞こえてくる寝息。

「……」

急にどうしたというのか。

鬼灯は、椿の頭を何度か撫でた。

 
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