アゲラタム

□第一巻
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「おに〜のパ〜ンツはい〜いパ〜ンツ、つよ〜いぞ〜、つよ〜いぞ〜」

「……」

三途の川を通りかかった鬼灯は、どこからか聞こえてきたその歌声に足を止めた。


6、鬼とパンツとカニ


「トラ〜のけ〜がわ〜でできている、つよ〜いぞ〜、つよ〜いぞ〜、あ、なぁなぁ唐瓜」

「ん?」

「モラルって大事だよなぁ」

「ん〜? あー、まぁ大事だなぁ。……って、え、何?」

三途の川、川原付近。

ゴミ拾いをしていた唐瓜は、思わず手を止めて茄子を見た。

茄子は竹箒を操りながら、お前こそ何言ってんだ的な顔で話し始める。

「何ってパンツのことだよ。パンツを履くことはモラルの基本だろ? だから俺は、パンツをモラルと呼んでるんだ」

「お前の話っていっつもよく見えねぇなぁ。いいか? お前にとっての常識はみんなの常識じゃないんだ」

「あ、カニだ!」

「っておい聞けよ! そうやってすぐ気移りする癖なんとかしろ! そんなだからサダコ逃がしたりすんだよ!」

「ん、あぁ、ゴメンゴメン」

とはいえ、今に始まったことではない。

唐瓜はため息をついて訊いた。

「んで? パンツが何だって?」

「え? あぁ、いや別に? ふとパンツって大事だなってさ」

「混乱するから思ったこと何でもすぐ口に出すな!」

「あーゴメンゴメン。唐瓜はさ、パンツ従来(とらがわ)派? 先端(ポリエステル)派?」

「綿100%派。敏感肌なんだ、俺」

「へぇ〜。どこのヤツ? ピーチ・ジョン? チュチュ・アンナ?」

「いや、普通のだけど……何でお前は現世の女性下着ブランドに詳しいわけ? 健全な男子には分かんねぇだろ? 分かんねぇはずだ!」

「へ? だってこの前雑誌で特集してて……そういう唐瓜は何で知ってるのさ」

「姉ちゃんが愛用してて、実家帰るとよく届いてんだよ」

「へー」

「それより、さっさと掃除終わらすぞ。ちんたらしてたら昼飯になっちまう」

「ほ〜い」

半ば強制的に話を終わらせ、唐瓜はゴミ拾いに、茄子は掃き掃除に戻った。

しかしすぐに……

「はっこう、はっこう、おにのパンツ〜!」

飽きたのか、続きを歌い始めた。

どうしても気になってしまい、唐瓜は再び手を止める。

「ところでさぁ、その歌って何だろうな。趣旨がよく分かんねぇよな」

「え? 鬼のパンツ製作会社の販促ソングじゃないの?」

「違いますよ」

「「!?」」

突如響いたバリトンボイスに、二人は肩を揺らして振り向いた。

鬼灯が無表情のまま歩み寄って来る。

「さっきから内容が気になって聞いてしまいましたが、お喋りばかりしてないで、仕事して下さい」

「すみません……」

「あ、あの、ところで"違う"というのはどういう……」

「あぁ……あの歌はもともと南イタリアのカンツォーネで、日本語歌詞は後づけなんです。元は"フニクリ・フニクラ"」

「あ、知ってる!」

「"フニクリ・フニクラ"は掛け声です。登山鉄道のアピールソングだったらしいですよ」

「なーんだ、地獄のオリジナルじゃなかったんだ。鬼灯様は何でもよく知ってるなぁ」

「ハイハイ、いいから、この先の賽の河原まで、しっかり大掃除して下さい」

「「はーい!」」

唐瓜はゴミ拾いを、茄子は掃き掃除を再開した。

「……しっかし、汚ねーなぁ」

そう呟き、唐瓜は鬼灯へと目を向ける。

「六文銭が散らばってますね。まったく最近の亡者は……」

そこに……

「あっ、蛇だ! アレ三途之川の主だよな! すっげー!」

と茄子が叫び声を挟むが、軽く受け流す。

「はいはい。……ぅお、時計も多い」

「遺品でよく一緒に納骨しますからね」

「なるほど……あと眼鏡も多いですね」

「あっ、カニ食われた!」

「はいはい。……うぉわっ、ずらっとズラだらけ……」

「壮観ですね。店が開けそうな量です」

「あんなデカいの食えるのかなぁ……」






やがて、掃除を終えた二人は、鬼灯と共に閻魔殿へと戻った。

中に入ってみれば、裁判の真っ最中。

閻魔が判決を下す傍らに、椿が補佐官として立っていた。

「ワシが貴殿に下す判決は、衆合地獄! 下着ドロなど低俗の極み! よって、99年穿き古された鬼のパンツまみれの刑に処す! 次の審査へ回せ!」

「「はい!」」

二人の鬼が、亡者を抱えて連れていく。

「ひぃぃっ、慈悲をぉぉぉっ!!」

「慈悲は無い!」

閻魔はふうっと一息ついて、亡者の記録をもう一度眺めた。

「まったく、どいつもコイツも下着ドロだの何だの、嘆かわしいっつーか中身に興味持てよ」

「なぁに言ってんだ大王。そっちのが重罪だろ」

「まぁそりゃ、行き過ぎてストーカーとかになっちゃえば重罪だけど……」

「閻魔大王、椿さん」

呼ばれて、二人はそちらを見た。

「あぁ、鬼灯君」

「よぉ。河原の掃除終わったのか?」

「えぇ、長らく視察できなかった間に、結構荒れていました。……やはり、椿さんに来てもらって正解だったようです。今まで以上に地獄全体に目が届きますから。椿さんの裁判業務の方はどうですか? 大王」

「うん、椿ちゃん覚えるの早いし、支障ないよ」

穏やかな閻魔の笑顔と、満足げな鬼灯の頷き。

椿は褒められ慣れていないため、そっぽを向いて頬をかいた。

「そ、それより」

話題を逸らすように、柱を指さす。

「あの変な仮面は何だ。どうせ掛けたの鬼灯だろ?」

「あぁ、オーストラリア土産ですよ。綺麗でしょ? 魔除けだそうです」

「地獄の閻魔に魔除けって、お前なぁ……」

「うん……ワシ、魔除ける必要ないよね」

そこで、唐瓜が思い出したように言った。

「そういえば、奪衣婆が賃金上げろってキレてました」

椿がちょっと目を見開く。

「おぉ、あのバァさんまだ居んのか。あたしが入職した頃からいるよな」

閻魔は頬杖をつき、盛大なため息をついた。

「あのオババ、けっこう我が儘なんだよな〜……」

鬼灯がすまし顔で淡々と言う。

「その件なら、賃金据え置きで了解して頂きました」

唐瓜がクワっと目を剥いて振り返った。

「ええっ!? 鬼灯様すげぇ……。俺なんか銭よこせって脅されたのに……」

慰めるように、閻魔が苦笑する。

「賃上げというよりカツアゲだね。ちゃんと拒否さえしていれば、無理に奪い取ってくることは無いから、気をしっかりね?」

「はい……」

「ところで…」

急に、鬼灯が冷めた眼差しで広場の向こうを指さす。

そこには、慈悲、慈悲と喚いている先ほどの亡者がいた。

「あの亡者は何をしたのですか? 先ほどから随分と喚いていますが」

椿が面倒くさそうに答える。

「下着ドロだよ。女の下着盗みまくって誇らしくかざした馬鹿だ」

「そうですか。……まぁ、その性癖はともかく窃盗ですね。何が彼をそうさせたのか……」

閻魔が髭を弄りながら答えた。

「う〜ん、ストレス社会の歪みなのかなぁ」

 
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