アゲラタム

□第一巻
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5、いかにして彼らの確執は生まれたか


ある日。

「ん? ……おい鬼灯、この記録書の束、いつから閻魔庁を通すようになったんだ? 確か管轄は秦広庁だろ?」

「あぁ。200年ほど前に改訂されました。こちらで一括処理した方が早いので」

「……なぁ、そうやって全部引き受けるから忙しくなるんじゃね?」

「えぇ。……分かってはいますが、やらざるを得ないんですよ」

「難儀なもんだな」

補佐官二人は書類仕事を片付けていた。

椿が来たことで、鬼灯の負担はかなり軽減されているらしい。

そこへ、決算書を持った桃太郎と、薺がやってきた。

「こんにちは」

「こんにちはです!」

「あぁ、どうも」

「お、桃太郎だけじゃなくて薺も来たのか。珍しいな」

「はい、さいきん働きづめだから、息ぬきにどうかと、白澤さまにすすめられまして」

「……女連れ込むために厄介払いされただけじゃねぇのか、それ」

薺は苦笑いする。

「あはは……かもしれませんねぇ」

「かもって、そんな頻繁に女連れ込んでんのか、アイツ……」

「お好きですからねぇ……」

椿と薺が話す傍ら、鬼灯は桃太郎から受け取った決算書を一瞥し、判子を押した。

「ハイどうぞ。白澤さんにお渡し下さい」

「あ、はい……」

「どうかしました?」

桃太郎がじっと見てくるので、鬼灯は首をかしげた。

「鬼灯さんってやっぱり白澤様に似てますよね。目が切れ長で……」

「はわわわっ、桃太郎さん! それは言ってはいけまs"ドゴォッ!"


薺の忠告もむなしく、鬼灯の裏拳でそばの柱が粉砕された。

パラパラとコンクリートの欠片が落ちる。

「……申し訳ございません。気にしないで下さい」

鬼灯は手の甲をさすった。

(あ、一応痛かったんだ……)

意外だなと思いながらも、人知を超えた怪力に桃太郎が青ざめていると……

「説明しよう!」

さっそうと閻魔が現れた。

途端、桃太郎は姿勢を正す。

「え、閻魔様!? こ、こんにちはっ!」

「ハイこんにちは。そうかしこまらなくていいよ。薺ちゃんも久しぶりだねぇ」

「はい、お久しぶりです!」

「あ、あの、説明って……」

「あぁそうそう。あのね? 鬼灯君は白澤君に似てるって言われると怒るのだ」

「え、あ……ごめんなさい」

「いえ、こちらこそ」

椿が、柱にできた凹みを撫でてため息をつく。

「ホント、少しは加減を覚えろよな。修理費かさんで予算減る一方だぜ」

貴女(あなた)にだけは言われたくないですね」

軽く口喧嘩を始める二人を横目に、桃太郎は閻魔に訊いた。

「あの、何か仲が悪くなるキッカケでも?」

「うーんとねぇ、あれはもう千年くらい前だったっけか……。昔、和漢親善競技大会……まぁ、オリンピックみたいな大会があってね?」

「いつも白澤さまからおはなしをきいてますが、見てみたかったです」

「そうか、そういえば薺ちゃんが来る前だったねぇ。……その大会で、鬼灯君と白澤君は審判だったんだ」

「えっ、代表選手とかでなく?」

「うん。ホントはそうキメたいとこなんだけど、二人とも選手の域を超えててさ。鬼神である鬼灯君は言うまでもないけど、白澤君も中国じゃ妖怪の長とまで言われる存在だからね」

「あれが長では世も末です」

「うおっ、鬼灯さん……聞いてたんですか」

「日本の現世じゃ、ぬらりひょんが長とされてるけど、こっちもどうかと……あ、でね? つまり不公平がないようにお互いの国から審判を出したわけ。競技は武道系と知恵比べ、妖術による術対決なんかだったかなぁ……」

「うわぁ、楽しそう!」

椿が大きく頷いた。

「そりゃ楽しかったぞ? あんなデカい大会はもう開けねぇだろうな」

「椿さんも参加してたんですか?」

「いーや、見てただけだ」

「椿ちゃんだって鬼神だよ? 出たら圧勝だって」

「ぇえっ、椿さんも鬼神だったんですか!? ……でも、確かに……」

鬼灯を相手に引けを取らないわけだから、鬼神と言われても何ら不思議ではない。

「あたしは特に、諸葛孔明VS聖徳太子が好きだったな〜」

「何それ超見たい!」

閻魔も楽しそうに、当時を思い出す。

「途中、VIP席にいた策士・太公望が混ざっちゃってさ。さらに邪馬台国の卑弥呼まで降りちゃって、最後はどんちゃん騒ぎだったよ」

「ものすっごく写メ撮りたいそれぇ!」

テンションの上がる桃太郎に、薺が微笑んだ。

「でしたら、つぎのお休みにでもご案内しますよ! いちど白澤さまにつれていってもらったので、場所はしっています!」

「行きます行きます! カメラ用意しとかないとなぁ…」

「あ、だったら楊貴妃と小野小町にも会ってくるといいよ! 彼女たちも大会で観戦してたんだけどさぁ」

「うわスッゲっ、やっぱ美人でしたか!?」

「うーん……昔の婦人の習慣で、扇で顔を頑なに隠しててねぇ……」

「試合見えてたんですかそれ!」

「でも、後ろ姿が美しくてねぇ。さりげなく小野小町が鬼灯君へ和歌を詠んでたり……」

「あの時代の人は何でもすぐ詠むなぁ……ところで、肝心の鬼灯さんと白澤様の間には、一体何が?」

「ん、あぁ、そうだったね」

当時を思い出したのか、椿が吹き出した。

「ぶふっ、聞いたら笑うぜ絶対。あんなくだらねぇことでここまで喧嘩長引いてる奴ら、世界中探したってコイツらだけだ、はははっ」

 
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