アゲラタム
□第一巻
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3、 地獄不思議発見
あの世には、この世にはない動植物もある。
閻魔殿の中庭にて。
「肥料を変えるべきか、エサを変えるべきか……それが問題だ」
大量の金魚草を前にしゃがんだ鬼灯は、膝に頬杖をついていた。
そこに椿がやってくる。
「お、やっぱりここか。お前、夕飯前に絶対ここ来るよな。……つーか何なんだよ、この珍妙な金魚の群れは」
「前にも言ったでしょう? 私が品種改良した金魚草です」
「何でこういう方向性で改良したのか、訊きたかったんだがな……」
椿は呆れ顔で鬼灯に歩み寄る。
そして何をするのかと思いきや……
「あ"ー……疲れた」
しゃがんだ鬼灯に、後ろから抱きつくように乗っかった。
「……何してるんですか」
「何って、眠いんだよ。お前にひっついて仕事して回ってっからな……ふぁ〜。……お前あんな睡眠時間でよく生きてんな」
「あんな睡眠時間って、きちんと20時には業務終了してるじゃないですか。始業時間を考えれば、8時間はたっぷり寝れるはずですけど? 今までの補佐官業務から考えれば、あり得ないです」
「阿鼻にいた頃は、14時間以上寝てたっつの」
「赤ん坊か……」
「ふあ〜ぁ……」
「ほら、今日は19時で終わったんですから、いつもより寝られますよ? さっさと部屋に戻って寝ればいいじゃないですか」
「ダメだ。夕飯がまだだからな」
「ならさっさと食いに行け」
「鬼灯も一緒に行こうぜ〜?」
ダダをこねる子供のように、鬼灯の首に腕を巻きつかせたまま動かない椿。
「……」
鬼灯は、椿からふわりと漂ってくる香りに、疑問符を浮かべていた。
(……この香り、どこかで)
花のような、甘い香り。
……しかし思い出せない。
いったいどこで―――
「…くぅ……くぅ……」
知らぬ間に、椿が耳元で寝息を立てていた。
「……まったく」
"ビシッ"
「痛ってぇ!」
鬼灯は椿の額にデコピンをくらわせた。
「降りて下さい。食堂に行きますよ」
椿は額をさすりながら渋々降りる。
「ったくよぉ、お前のデコピン食らうと、マジで頭蓋骨にヒビ入んだよ……」
「次は指を刺してあげましょうか?」
「るっせぇ、死ぬわ」
二人は揃って、社員食堂へと向かった。
その日の気分で定食を頼み、テレビの近くの席に座る。
すると……
「今日〜の夕食はァ〜、シ〜ラカンス丼!」
ご機嫌に歌いながら、閻魔がやってきた。
「あれ、珍しいねぇ、二人がこんな早い時間にいるなんて。……あ、これ現世の番組? "世界ふ●ぎ発見"ってやつだっけ」
「あぁどうも。……そうです。CSにすると見られますよ。この番組、司会者の存在感が好きなんです」
「テレビってやつぁ相変わらず不思議だ。魔力もねぇのに、電気だけで浄玻璃鏡と同じようなことしてんだろ?」
「うーん……わしにとっては、そこに積まれた丼ぶりの数の方が不思議だ……」
椿の定食の横には、カラの丼ぶりが14杯分も重ねてあり、まだ6杯分、白飯が入った丼ぶりも並べられている。
性格は男勝りでも、体つきは華奢な椿の、一体どこにそれだけの白飯が入っているのか……
『本日は魅惑の大地、オーストラリア!』
テレビから快活なナレーションの声が響く。
そして、次々と紹介されていくオーストラリアを見るうち、閻魔はあることを思い出した。
「あれ? そういえば鬼灯君の仕事部屋にあった謎の人形……まさかっ、クリスタルなヒトシ君か!?」
「えぇ、まぁ。一緒にモンゴルの民族衣装が当たりました」
「凄いなぁ地味に」
「クリスタルな人殺し君? 誰だそれ」
「……なにその超合金殺人犯」
「草●さんに怒られますよ?」
鬼灯は涼しい顔で味噌汁をすする。
その向かいで、閻魔はテレビを眺め、ため息をついた。
「しかしいいなぁ、海外かぁ……。わし、ここ千年くらい仕事以外で海外なんて行ってないしなぁ」
「私もです。"魔女の谷"とか、ゆっくり観光したいですね」
「わしは現世がいいなぁ。エアーズロックに旗を立てて、チキンライスって叫びたい」
「よしなさい! エアーズロックは地球のへそです! つついてお腹が痛くなっても知りませんよ!」
「母ちゃんみたいだぞ、鬼灯」
「むしろ椿ちゃんのオヤジ感が……」
鬼灯はテレビを眺め、小さくため息をついた。
「オーストラリア……一度行ってみたいものです」
「綺麗だし、独特の自然がいっぱいだしね」
「えぇ。それに……コアラ、めっちゃ抱っこしたい……」
「コアラッ!?」
「お前、モフモフしたもん好きだもんな」
「いやいやいや! 鬼灯君はどっちかっていうと、タスマニアデビル手懐ける側でしょ!」
そう言って、ちょうどテレビに映ったタスマニアデビルを指さす。
椿が笑った。
「ははっ、鬼灯の後ろに100匹くらい並べたら絵になるなぁ」
「失敬な! どちらかといえば、ワラビーとお話したい側ですよ!」
「君の頭ん中、割とシル●ニアファミリーチックだな……」
「ワラビーは可愛いのに、カンガルーはよく見ると妙にアンニュイ……でもカモノハシは割と……」
椿が白飯で口をモゴモゴさせつつ、訊く。
「お前、何でそんなに詳しいんだよ」
「動物を扱った書籍やテレビが好きなもので……。鳥獣戯画もリアルタイムで楽しく読んでましたよ?」
「あ〜、高山寺の坊さんが描いてたアレか? アタシも暇つぶしに読んだな〜」
「え、やっぱり高山寺の御坊による連載だったの? あの国宝。……そういや、鬼灯君って現世に出張したとき、よく動物園に行ってるよね。アレ経費で落とすのやめてくんない?」
「必要経費です」
「ドウブツエン……って何だ?」
「入園料を払って動物を観る施設です。国内は元より、世界中から動物を集めて飼育してますから、色々いますよ」
「何で動物見るのにンなとこ行くんだ? 山行きゃいいだろ、山」
「いったい何百年前の話をしてるんですか。動物園は、場所によっては数百種類もの動物を見られるのが美点なんです」
「ふ〜ん」
椿は興味なさげに、17杯目のカラの丼ぶりを重ねた。
「他にも上野公園なんかはオススメですね。死ぬほど鳩がいます」
「……それ、いいの? 鬼灯君」
「そして、上野公園にいるハシビロコウたち。彼らのあの距離感が大好き……」
「あぁ、あの鳥、なんか君に似てるよね……」
「鬼灯に似てるなんざ、可哀想な鳥だな、ははははっ」
「あなたに似てるよりいいんじゃないですかねぇ」
"ズガガガガガガガガッ!!"
普通に食事しながら、鬼灯の右腕と椿の左腕が、超高速で喧嘩する。
「ちょっと二人ともやめなよ」
苦笑しながらも、閻魔は二人の喧嘩を微笑ましく思った。
(何だかんだ、二人とも似てるんだよなぁ)
ストレスを感じたらすぐ発散するところも、並みの鬼とはかけ離れた資質も、何もかも。
「……あ」
それは突然だった。
パシッと椿の攻撃を受け止めた鬼灯が、テレビを凝視して固まる。
「当たってる……」
鬼灯が見ているのは、番組最後の当選発表。
その、一番下。
3泊4日で行くオーストラリアの旅に、鬼灯の名前があった。
閻魔も思わず立ち上がる。
「うそっ、当たってる!? オーストラリア4日間の旅!?」
「閻魔大王、私、有休頂きますよ! 止めても行きますからね!」
「クリスタルなヒトシ君2個目じゃないの! 1個ちょうだいよ!」
「ダメです! ご自分で当てて下さい!」
「じゃあ わしも連れてけよ!」
「絶対嫌です! ……というわけで、4日間、補佐官の仕事は任せましたよ、椿さん?」
「はぁ!? ふざけんなよテメェ!」
目を剥いてハンマーを握る椿。
鬼灯も金棒を手に取った。
"ガンッ、ズゴッ、ガキィンッ"
ここが社員食堂であることを失念しているのか。
二人は大喧嘩を始め、閻魔はオロオロ。
そして一般の獄卒たちは、ガクブルしながら、そっと食堂を後にするのであった……
→ 4,白澤