デュランタ

□8,戦闘型四番隊員
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「……ん。いいよ、完治」

「はァ……やっとかよ」


―――藍染との決戦から、約3週間。

十一番隊舎の縁側で、第三席・班目一角は、ようやく全ての包帯を外され、肩や肘を何度か回した。

その横で、四番隊・第十二席、蓮見紫月は、治療用の道具を片付けていく。

「ホント、馬鹿。じっとしてれば、十日で完治したのに、結局3週間、掛かってる」

「……るっせぇ」

一角は小さく悪態を()きながら、脱いでいた死覇装の左袖を直した。

そして、ニヤリと口角を上げて飛ぶように立ち上がる。

「っしゃ! これで朝比奈(あさひな)さんに稽古つけてもらえるぜ!」

「…ご迷惑に、ならないようにね」

「分ァってるっつの」

紫月の忠告を半ば聞き流し、懐から、雑に扱いすぎて傷だらけの伝令神機を取り出す。

稽古の日程調整のメールでも送るのかと、紫月が見ていると、一角は通話の発信ボタンを押した。

「…ちょっと、先に文書で送りなさい。仕事中だったら、ご迷惑でしょ」

「あん? 出らんねぇなら出なきゃいいだけの話だろ」

「…その理屈が、通じる人じゃ、ないんだけど……」

五番隊隊員・朝比奈千晶(あさひな ちあき)は、度を越したお人好しで気遣い屋だ。

たとえ、用事があって電話に出られなかったのだとしても、申し訳ない気持ちでいっぱいになるに違いない。

紫月は、最近 四番隊舎でよく見る光景を思い出した。





「あの、すみません、花瓶をお借りしても宜しいですか?」

「ん? あぁ、朝比奈(あさひな)さん、こんにちは。今持ってきますね」

「お手数かけてすみません」

「いいえ、全然。ちょっと待ってて下さいね」

綜合救護詰所の廊下で。

千晶(ちあき)に声を掛けられた四番隊員は、にこやかに会釈をして、花瓶を取りに行った。

待つ間、千晶(ちあき)は腕に抱えた花束を見下ろし、穏やかに微笑んでいる。

その表情は、見舞い相手に会えるのを、心から喜んでいるようだ。

千晶(ちあき)は、暇を見つけてはよくお見舞いにやって来る。

五番隊・副隊長、雛森桃が入院中だからだ。

千晶(ちあき)の姿を見かけた他の四番隊員たちは、今日も来てる、と瞬きを繰り返した。

「凄いよね。五番隊、副隊長いないし、隊長も新しい人だから、忙しいはずなのに、三日に一度は来るもん」

「雛森副隊長、繊細で落ち込みやすいところあるから、助かってるだろうなぁ」

朝比奈(あさひな)さんて、仮面の軍勢(ヴァイザード)の人なんでしょ?」

「あぁ。だからっていうのもあるんだろうけど、同じ仮面の軍勢(ヴァイザード)から隊長になった新隊長と、他の隊員との間を取り持ってるんだってよ。五番隊に居る同期が、スゲェ人だって言ってた」

「私、最初、副隊長の座を狙って、雛森副隊長を穏便に追い落とすためにお見舞いに来てるのかと思ったんだけど、全然違った。頑なに席官の推薦を断ってる人が、副隊長になんてなるわけないもの」

「地位にも金にも興味はないから、自分が入るくらいなら、席官の地位が欲しい人に声掛けて欲しいって、よく言ってるらしいからな」

「かァ〜っ、美人だし、仕事できるし、気遣いも出来るし謙虚だし……彼氏とか居んのかな?」

「バーカ。俺らが生まれる前から、五番隊の新隊長と恋仲だよ。お前の入る隙なんかあるわけねぇ」

「なっ、別に俺がどうこうとかじゃなくてだな……けど、そっか、そうだよな」

……隊員たちの話を立ち聞きしていた紫月は、チラリと千晶(ちあき)を見た。

以前、自己鍛錬に隊首室の前を使用していた理由が気になっていたが、恋人同士であれば納得だ。

何となく、初対面の時に見た言動から察していたが、やはりそうだったらしい……

「…なに、サボってるの?」

「「「!?」」」

「す、すみません!」

「すぐ戻ります!」

紫月が一声かけると、噂話に花を咲かせていた隊員たちが、蜘蛛の子を散らすように仕事に戻っていった。

そのドタバタが聞こえたようで、千晶(ちあき)がこちらへ振り向く。

「あ、紫月ちゃん、久し振り」

笑顔で手を振ってくれる。

さすがに、何の挨拶もなく去ることは出来ず、紫月は千晶(ちあき)の傍へ寄った。

「…お久し振りです。…雛森副隊長の、お見舞いですか?」

「うん」

千晶(ちあき)は、抱えた花束を見下ろして、眼差しを和らげた。

しかし、すぐに視線を上げる。

「そういえば、一角君の傷は大丈夫?」

……ちゃんと覚えてるんだ、一方的に押しかけて来た、傍迷惑な奴のことも。

「…今は、私が直接、監視してるので、大丈夫です。あと数日で、完治しますよ」

「そう、良かった。傷がちゃんと治ったら、また連絡してって伝えてくれる?」

「……いいんですか?」

「え?」

「…あんな、一方的に教えを請うような、身勝手な奴……放っておいて、いいんですよ?」

すると、千晶(ちあき)は懐かしそうに微笑んだ。

「遊びじゃないって分かってるから、いいの。……それに、昔の弟子に似てるんだ。……その子も、あんな風に真っ直ぐで、一方的に弟子になりに来たの。……その子はもう、いないから、ちょっと嬉しいんだ」

「…そうですか」

過去に何があったかは分からないけれど、本人がいいと言うのなら、これ以上に言うことはない。

「紫月ちゃんはどうする?」

「…?」

「前に、また手合わせしたいみたいなこと言ってたから。一角くんと一緒に来る?」

……私のことまで、覚えて―――

「…ご迷惑で、なければ」

「迷惑なんて思わないよ。いつでも連絡して?」

「…ありがとう、ございます」






「お、朝比奈(あさひな)さんっスか?」

一角の声で、紫月の意識は現実に引き戻された。

呼び出していた通話に、千晶(ちあき)が応答したらしい。

「はい、空いてるときにお願いしたいんスけど……だァいじょうぶっスよ、紫月からちゃんと許可出てますから。……いやホントですって……今ここに居るんで、代わります?」

どうやら千晶(ちあき)は、一角の完治を疑っているらしい。

一角は紫月に伝令神機を渡した。

「…代わりました、蓮見です」

『あ、紫月ちゃん。一角君、本当に完治してる? 大丈夫?』

「…はい。今度は、大丈夫ですよ」

『そう、良かった。……日程なんだけど、ちょっと仕事が立て込んでて、一番近くても、2週間後の金曜日の午前中になっちゃうんだけど、大丈夫そうかな?』

「…大丈夫ですよ、一角(コイツ)暇人なので」

『え、でも、三席だし、仕事が……』

「…してると、思います? 十一番隊ですよ?」

『あー……』

十一番隊は、席次が上位になるほど仕事をしなくなる。

というか、戦闘に関われそうな外勤しかしない。

隊舎で行う内勤は、専ら平隊員や第十席以下の仕事だ。

『それじゃあ、二週間後の金曜日の午前中で。都合が悪くなったら、遠慮なく言うように伝えてくれる?』

「…分かりました。……あの、私も、行っていいですか?」

『もちろん。待ってるね』

「…ありがとうございます。……失礼します」

紫月は通話終了のボタンを押し、伝令神機を一角に返した。

「何でお前が決めてんだよ」

「…問題ないでしょ。…二週間後の、金曜日の午前中、だって」

「そうか。……お前も行くのか?」

「…うん。……文句ある?」

「別に構わねぇが、前みたいな醜態晒すんじゃねぇぞ」

「…治療から逃げ出したアンタほど、恥ずかしくないと思うけど」

「う……るっせぇ」

ふと、紫月は視線を上げ、考える素振りを見せると、じっと一角を見た。

無表情で見てくる紫月が何を訴えたいのか分からず、一角はたじろぐ。

「な、何だよ……」

「…あんたこの後、暇?」

「あ? 隊の連中に稽古つけるつもりだが?」

「…暇か。ちょうどいい」

「おいコラ」

「…ついでに、私とも、手合わせして」

「あ?」

「…こっちは、あと1時間後までに、戻ればいいから。…次、朝比奈(あさひな)さんとは、全力でぶつかりたいから、練習台、なって」

一角はビキッとこめかみに血管を浮かべ、頬をヒクつかせた。

「ほ〜? この俺を練習台にしようってか、いい度胸じゃねぇの?」

紫月は、ニヤリと口角を上げる。

「…あんたも、私のこと、練習台にしていい。これなら、お相子でしょ?」

「ヘッ、乗った!」

始解していない鬼灯丸を肩に担ぎ、一角は隊舎裏の修練場を目指して歩き出す。

平隊員を相手にするなら道場でもいいが、この二人で打ち合うには手狭だからだ。

紫月も、治療用の道具が詰まった鞄を肩に掛け、立ち上がる。

そして、傍らに置いていた斬魄刀を腰紐に差しながら、一角の後を追った。

 
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