デュランタ

□2,手間のかかる患者
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「………ん…」

濃く重かった霧が、晴れるように。

薄闇から、意識が浮かび上がってきた。

「……」

目を開けると、そこは見慣れない天井で。

鼻につくのは、あらゆる薬の匂い。

「ここは…」

「…救護詰所」

「!」

突然、目の前に影が差した。

空色の瞳と、視線がかち合う。

「…お早う、おバカ三席」

「フン…誰だそりゃ」

「…説明しなきゃ、分かんない?」

紫月は一角の首筋に手を当て、脈を測った。

「…ホント、危なかったんだから」

「…俺としちゃ、あのまま死んだ方が本望だったんだがな」

血圧を測るべく、マンシェットを腕に巻きつける。

「…いい相手、だったの?」

「……そこそこな」

聴診器を腕に置き、マンシェットに空気を送り込んだ。

「…感謝しなさい、その人に。…その人が薬塗ってなきゃ、死んでたんだから」

「フン、余計なお世話だっつの」

"ビシッ"

「痛って」

紫月は軽くデコピンを食らわせた。

一角は紫月を睨みつけるが、紫月はすまし顔で空気を送りながら、血圧計のメモリを見つめている。

「あ。そういや、そいつが伝えてくれってよ」

「……? ……私に? …何を」

「礼を言っといてくれって。あの血止め薬、よく効いたみてぇだ」

「……そう」

…お礼を言うのはこっちの方だ。

もしもどこかで会えたら、伝えたい。

あのとき、敵である一角を見殺しにせず、手当てしてくれたことに、心から感謝すると。

「…相変わらず、タフだね」

血圧を測り終え、マンシェットを外す。

一通り診たが、異常は見当たらなかった。

このまま安静にしていれば、問題なく隊務に復帰できるだろう。

「…包帯の替えと薬、取ってくるから。…逃げないでよ?」

「ケッ……残念ながら、今回ばかりは動けねぇよ」

「…よろしい。大人しく待ってなさい」

「へいへい」

紫月はカルテを書きながら、病室を出て行った。





その、僅か1分後。

「ヤァ。大丈夫カネ? 斑目三席」

病室に客がやって来た。

「…涅隊長」

十二番隊隊長・涅マユリと、その副官・涅ネムだ。

「旅禍と交戦したそうじゃナイカ」

「……まぁ、そうですね」

マユリが訊きたいことは、分かっている。

一角はわざとらしく、そっぽを向いた。

「その旅禍に関しテ、洗いざらい教えてもらえないカネ?」

「……」

「オイ、聞こえてイルだろウ」

「すいませんが、答えられることは何もありません」

「…何ダッテ?」

「言葉の通りっスよ。俺は旅禍に関して、何の情報も持ってないんス」

マユリから殺意がにじみ出てきた。


"ヒュッ、ボゴォッ"


病室の壁に、穴が開く。

「次は、君のカラダに穴が開くヨ?」

「……」

「いい加減に吐いたらどうかネ、斑目君」

そこへ、爆発音を聞きつけた看護師が走って来る。

「ちょ、困ります十二番隊長様! 所内でこのような準戦闘行為は「うるさいヨ」

"ボッ"


「ひっ…」

看護師の頭のすぐ傍の壁に、穴が開いた。

「…マユリ様」

「お前もうるさいヨ、ネム! またバラバラにされたいのカ!」

「…は、申し訳ありません」

一角は頑として、そっぽを向き続けた。

「吐かないも何も、俺は知らないんですよ。旅禍の目的も行き先も、何も」

「…じゃあ何かネ? 君は何の情報も得られぬまま、ただただやられて帰ってきたというわけかネ」

「その通りっス。ついでに言うと、俺は敵の顔も見てないし声も聞いてません。だから、あなたにお伝えできることはこれっぽっちも無いんスよ」

ピキ…っと、マユリのこめかみに血管の浮く音がした。

「…良かろう。ならば、失態に相応の罰を受けて貰おうじゃないカ!」

振り上げられるマユリの腕。


"ヒュオッ――――――パシッ"


けれど、何も起きないまま、マユリの腕は掴まれた。

チリンと鳴る、聞き慣れた鈴の音。

「驚いたな。テメェはいつの間に、他隊(よそ)の奴を裁けるほど偉くなったんだ? 涅」

「チッ…更木か」

マユリは腕を振り解き、(きびす)を返した。

「…隊長殿が来たんじゃあ仕方ナイ。私はひとまず退散するとシヨウ。行くぞ、ネム! モタモタするんじゃないヨ、ウスノロ!」

「…はい、マユリ様」





マユリはネムを連れて、病室を出て行った。

気配が十分に遠のくと、剣八は一角を振り返り、見下ろす。

一角も、そっぽを向いていた視線を戻した。

「よォ」

「…隊長」

「やっほ〜!」

「副隊長もいらしてたんスか」

剣八の背後から飛び出した、副官のやちる。

「だいじょーぶ? 心配したよ!つるりん!」

「そのアダ名はやめろっつったろ、ドチビ

「聞いたぜ。負けたんだってな」

「…申し訳ありません。負けて永らえることは恥と知りつつ、戻って参りました」

「強えのか?」

「強いです」

「外見は」

「オレンジの髪に、身の丈ほどの大刀。向かった先は、懺罪宮・四深牢」

「例の極囚が目当てか…」

「隊長の人相を伝え、気をつけるよう言っておきました。奴が俺の言葉を覚えていれば、どこで遭っても最高の戦いが楽しめるはずです。奴は強く、そしておそらく、あの強さは未だ発展途上。隊長と遭う頃には、さらに強くなっているかもしれません」

「そうか…。そいつの名は?」

興奮状態が伝わってくる。

いったい何年ぶりだろうか。

隊長がこんなに嬉しそうな顔をするのは。

「奴の名は、黒崎一護」

「黒崎一護…。よォし、覚えたぞ。……邪魔したな」

「行ってらっしゃいませ」

「おう」

剣八は、肩にやちるをくっつけ、病室を出て行った。

…すれ違うように、紫月が入ってくる。

「……」

入り口で止まった紫月は、2,3秒、剣八の後ろ姿を見つめた。

…やがて、短いため息をついて一角の傍に歩み寄る。

「…教えたの?」

「あぁ」

紫月は、近場の台を引き寄せ、薬の入った壺を置いた。

そして、一角の体を起こし、血が染み始めた包帯を外していく。

「…荒れそうだね、瀞霊廷」

「だろうな」

露わになった、まだ塞がりきっていない傷。

その上に、薬を厚く乗せていく。

「痛…ってぇ!」

「…当たり前」

「おまっ…わざと染みるヤツ選んでんじゃねぇだろうな!」

「…そんな意地悪しない。…良薬口に苦し、傷にも沁みる。…これに懲りたら、次から大怪我するな、バカ三席」

「ぃぎあっ!」


一角はしばらく、とてつもなく沁みる良薬に翻弄されていた。


 
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