アゲラタム

□第八巻
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57、八寒地獄


吹雪き(すさ)ぶ八寒地獄。

その本部で、鬼灯たちは春一に案内され、雪合戦の会場を巡っていた。

「ようこそ! 八大の皆様! お近づきのしるしに、八寒名物『わぁスゴイ! バナナで釘が打てる!』セットをどうぞ!」

そう言って、八寒体験セットを渡して去っていった、一本足に一つ目の妖怪を、唐瓜と茄子はじっと見送る。

「何だろう、アレ……」

春一がアイスの棒を齧りながら教えた。

「一本ダタラっていう雪山にいる妖怪だよう」

茄子は周囲を見渡す。

「一本ダタラって言うのか〜。右足が多いなあ」

「……そこに気付くか?」

左足の一本ダタラが振り向いた。

「サウスポーもいますよ〜」

早くもバナナで釘を打っていた鬼灯が、目を細める。

「一本なのに"左利き"っておかしくないですか」



……そうして、八寒地獄の文化を満喫していると、放送が入った。

『お知らせします。各部署対抗、雪合戦、間もなくスタートとなります。出場者は―――』

二度繰り返される放送を聞き流しながら、茄子が鬼灯に訊く。

「そういえば鬼灯様、今日イベントって知らなかったんですか?」

「えぇ。八寒地獄は、仕事のほとんどをこちらに任せているので、細かい予定までは把握していないんです。……おっと、椿さんを連れてこなければ」

思い出したように、鬼灯は近くの茅葺屋根の建物へ向かった。

壁がなく、屋根と柱だけのその建物の中には、大鍋が三つ並べられ、けんちん汁の炊き出しが行われている。

鍋の一つを陣取った椿は、もはや器に盛ることすら省略し、柄杓で鍋から直接口へとけんちん汁を運んでいた。

周囲で、八寒地獄の獄卒たちがドン引きしている。

彼らの間を割って、鬼灯は椿の傍に歩み寄った。

「お腹は膨れましたか?」

「ん? おー、ほぉふひ(鬼灯)、ゴクン……まだまだ食えるけど、そこそこ溜まったぞ〜。味噌が濃くてウマイ」

ニッ、と笑顔を浮かべる顔は、先ほどまでは寒さと空腹で眠そうだったが、今は血色が戻り、いつも通りの溌剌さが覗いている。

鬼灯は、誰にも分からないくらい小さく、安堵のため息をついた。

「そろそろ雪合戦が始まります。その前に、八寒地獄の各主任たちに挨拶に行きましょう」

「そーいや、元々の目的はそれだったな」

椿は、残り僅かだった鍋の残りをかき集め、柄杓で口に放り込んだ。

ごくりと飲み込むと、満足げに唇をぺろりと舐めて、立ち上がる。

「ご馳走さん。行こうぜ〜」

椿は手を合わせてから、防寒着を直しつつ外へ出た。

鬼灯は、炊き出し要員の獄卒たちに会釈してから、椿の後を追った。

蓑の下に隠し持っていた手土産を提げ、椿と共に本部テントに赴く。

「どうも、ご無沙汰しております。突然お邪魔した上、行事にも参加させて頂いてすみません」

「いえいえ、こちらこそ」

「こちら、詰まらない物ですが」

「これはこれはご丁寧に」

「それから、ご挨拶を。以前、第二補佐官の権限改定と人員配置の変更についてご報告しましたが、彼女が新しい第二補佐官の、椿さんです」

「よろしく〜」

友達感覚でひらひらと手を振る椿の腕を、鬼灯がぐっと引っ張った。

「……せめて敬語を使って下さい」

「え〜」


言っても無駄か、とため息をつくと、主任たちに頭を下げる。

「無作法者で申し訳ありません。ですが、補佐官としての腕は確かですので、今後とも宜しくお願い申し上げます」

主任たちは、また厄介なのが補佐官になった、と心の内に浮かべるが、表情は変えなかった。

「こちらこそ、今後とも宜しくお願い致します」

鬼灯は、椿がこれ以上の失礼を働かないうちに、さっさと雪合戦会場へ向かう。

厚着した二人の背中を見送りながら、主任たちはひそひそと言葉を交わした。

「……鬼灯様が挨拶に来られたということは、我々の独立を懸念してるということだな」

「さらに椿様も連れてくるとは……」

「今や第二補佐官の権限は第一補佐官とほぼ同等……」

「権力を誇示しているようにしか見えん……」

「これはまた、独立が難しくなるな……」







挨拶を済ませると、鬼灯と椿は、先に雪合戦会場へ行っていた唐瓜たちと合流した。

既に、放送でルール説明が始まっている。

『―――と、なりますので、全チームがフィールド内で球を投げ合い、勝ち残ったチームが優勝です。玉は、崖の上から玉部隊がどんどん追加しますので、当たらないように気をつけて下さい。……それでは、さっそく始めます。よーい……スタート!』


"ドゴゴゴゴッ!"


開始早々、爆発音にも似た爆音が響き、八寒の獄卒たちが数人、宙へ舞い上がった。

「そぉ〜い!」

舞い上がる獄卒たちの中心では、あの春一が、手当たり次第に氷柱(つらら)の玉を振り回している。

『さぁ始まりました! 早速スタートと同時に何人もフッ飛ばされています!』

『これは"洗礼"ですね〜。4月に入ったばかりの新卒に、先輩からの引導です。今年も注目はやはり、"摩訶鉢特摩(まかはどま)のブリザード"こと、春一選手ですね』

『毎年、若い芽を摘むことに掛けては、彼の右に出る者はいませんからねぇ』

会場を湧かせる春一を、八寒の主任たちも必死の形相で応援し始めた。

「いいぞ春一〜!」

「この勢いで八大チームも負かしてくれ〜!」

「二つ名と本名が矛盾してるけどな〜!」

一方、攻撃するというより周囲の様子を窺う八大チームでは、唐瓜が春一を見て青ざめていた。

「げっ、やっぱりあの人 強かった……」

チラリと、春一と鬼灯の視線が交錯する。

その間も、実況放送は続いていた。

『お〜っと、出鼻をくじかれた新卒! 辛い所です!』

『えぇ、ですが、社会ではそういうことは間々ありますからね。是非くじけず、頑張って欲しいです』

「どうでもいいけどさっきから実況と解説がよく分からん!」

鬼灯は呑気な顔で、実況放送のスピーカを見上げる。

「私、この実況、結構好きです」

「言ってる場合ですか鬼灯様! うおわっ!?」

八寒のチームの数が減ったためか、八大チームの元にも、氷柱(つらら)の玉が飛び始めた。

放物線を描いて飛んできた氷柱(つらら)に、茄子が身を縮める。

「ひいっ……」

このままでは、当たるを通り越して刺さってしまう。

と、思ったが……


"バキャンッ!"


氷柱(つらら)は砕かれ、茄子の目の前で半纏(はんてん)が揺れた。

「なぁに縮んでんだ、いい的になっちまうぞ」

「あ、椿様。ありがとう」

茄子の足元には、椿が拳一つで砕いた、氷柱(つらら)の欠片が落ちている。

氷柱(つらら)は一つに留まらず、幾つも続けて飛んでくるが、椿が端から息をするように叩き割っていった。

「すっげ〜」

「呑気な顔してんな、やらなきゃやられる」

「けど俺、拳で氷柱(つらら)砕くなんて無理だし」

そこに、必死で逃げ回っていた唐瓜も転がり込んでくる。

「ひぃ〜〜〜っ、()けるので精いっぱいだ!」

仕方なく、椿が二人を背中に庇い、飛んでくる氷柱(つらら)を次々に壊した。

足元に、氷の塊が溜まっていく。

そこに、少し離れたところから鬼灯が声を掛けた。

「椿さんは規格外なので、同じことをする必要はありません。武器を使いなさい。使ってはいけないとは言ってませんでしたよ?」

仕事道具(かなぼう)なんて置いてきちゃいましたよ!」

「先程貰った、凍ったバナナを使いなさい」

「そんな使い方あります!?」

「それから、椿さんは絶対に手袋を外さないように。直に素手で八寒の氷に触れると、一瞬で凍傷になりますからね」

「言われなくても、(さみ)ィから外さねぇよ」

「暑くなってきても外さないように」

「へーい」

「あれ? そういえばシロたち三匹は……」

「唐瓜、唐瓜、ほら、あそこ」

茄子につつかれ、空を見上げると、柿助がルリオの背に乗って飛び、ピンポイントで氷柱(つらら)を落としている。

「お〜! さすが、鬼退治しただけのことはあるな!」

「でも、シロは?」

「そういえば……。……ん? あれじゃないか? 雪と同化して奇襲かけてるぞ」

「そっか、完全に保護色だもんね」

そうして、安全な椿の背後で雑談していると、観客たちの歓声が聞こえた。

「おおおおおおっ!!」

「一騎打ち!」

「やっちまえぇぇ!!」

「八大に目にもの見せてやれぇぇ!!」


いつの間にか、鬼灯と春一の一騎打ちが始まっている。

唐瓜と茄子は、珍しい光景に目を丸くしていた。

「すげぇ……鬼灯様が正式に戦ってるのって、初めて見たかも」

「春一さんが投げてくる氷柱(つらら)、全部 握り砕いてるけど……」

「椿様のこと規格外って言ってたけど、鬼灯様も大概なような……」

椿が、つまらなそうに流れ玉を弾きながら、鬼灯を見る。

「アイツはあたしなんかより力強ぇし、悪知恵働くからな、よっぽど化けモンだよ」

「あ、やっぱり鬼灯様の方が力は上なんだ……」

二人の一騎打ちに、八寒の主任たちも盛り上がる。

「いいぞ! 行け行け〜!」

「鬼灯様に勝ったとあれば、文句も言いやすい!」

「頼んだぞ! 春一!」


"バガッ、バキッ、ガゴッ、ガガンッ"


春一が高速で投げる氷柱(つらら)を、同じ速度で鬼灯が砕いていく。

その速さに、玉の支給部隊が追いつけなかった。

「アリャ? 玉がなくなっちまったよう、もっとくれよ〜う」

ゆらゆらと春一が手を振りながら見上げる先。

崖の上にある配球所をじっと見つめて、鬼灯は駆け出した。

「お? どこ行くんだよう?」

鬼灯は、傍に落ちていた凍ったバナナを拾い、自分が持っていたバナナと両刀使いで、崖を登っていく。

『おっと、どうしたことか! 突然 鬼灯様がアイスクライミングだ〜!』

『ああっと、続いて玉の補給部隊をなぎ倒す!』

『フィールドを出ると失格ですよ、鬼灯様〜!』

そう忠告する放送席に、鬼灯はくわっと振り向いた。

「失格でいいです、正直しっくり来ない! ルールが生温いんですよ! 玉部隊が球を追加するだけなのが納得いかない! しっかり当てていかないと!」

そう言って、玉部隊の代わりに、会場へ氷柱(つらら)の豪速球を投げ始める。

「うぎゃあ!」

「わああっ!」

並みの獄卒では、その速度に反応できず、反応できても力量差がありすぎて弾き飛ばせないため、どんどん場外へ弾き飛ばされるか、自ら逃げ出していく。

唐瓜と茄子は唖然として、鬼灯を見上げていた。

「鬼灯様がいつものポジションに収まったな……」

「あの人、根本的に選手は性に合わねぇんだよな……」

一方、つまらなそうな顔をしていた椿は、ニヤリと笑みを深める。

「やっと面白くなってきやがったな」

そう呟いて、今まで防戦一方だった椿が、反撃に出た。

ひたすら砕き続けて足元に溜まった氷柱(つらら)の欠片を、思いきり蹴り飛ばす。

「ぅおおりゃ!」


"ドガガガガッ!"


その氷塊群の標的は、もちろん鬼灯。

下から打ち上がる氷塊群を、しっかりと見据えた鬼灯は、氷柱(つらら)の一本を握り砕いて、手中の氷の(つぶて)を思いきり投げた。


"ガガガガッ、ピシッ、ガンッ!"


椿が蹴り飛ばした氷塊を、氷の(つぶて)が打ち抜き、砕いていく。

そうして空中で細かくなった氷たちは、(ひょう)のように会場に降り注いだ。

「「「ぎゃあああああっ!!」」」

「逃げろ!」

「マジで洒落にならねぇ!」

「当たったら死ぬぞ!」


まだ僅かに残っていた八寒の獄卒たちが、一斉に逃げ出した。

春一も引き気味に避難し、唐瓜や茄子、不喜処トリオも、一目散に会場外へ逃げる。

「おいおい、おっかねぇ人たちだなァ。八大ナメてたよう」

呑気な顔でドン引きしている春一の足を、シロが慰めるようにポンポンと叩いた。

「鬼灯様はね、決められたルールをもっと厳しくするのが好きなの。椿様は、力の限り暴れるとスカッとするから好きなんだって」

見る限り、鬼灯の厳しいルールについていけるのは椿だけで、椿の力に対抗できるのも鬼灯だけだ。

雪合戦会場は、完全に補佐官二人の一騎打ちになっていた。

八寒の主任たちは、開いた口が塞がらない。

「……あの、諸君」

「うん……」

「今後も、八大には逆らわんとこ……」

「……賛成」


"ブンッ、ドスッ!"


「「「ぎゃあああああっ!!」」」

主任たちの座席に、流れ玉が飛んできた。

もはやこの会場近辺に、安全な場所はない。

八寒の獄卒たちは、鬼灯と椿のほとぼりが冷めて自然に終了するまで、数時間にわたってガクブル震えながら待っていた。

そして、これからも友好関係を維持したいという意思表明として、寒ブリを贈ることを約束したそうな。




(終)

58,似てるっちゃあ似てる
 
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