アゲラタム

□第八巻
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「いいですか? キョロキョロしない・騒がない・(はぐ)れない。現世を歩く間は、この三つを厳守して人間に溶け込み、目立たないように行動して下さい」

「は〜い!」

「……あの、鬼灯様、さっそく椿様がいません」

「……。……はぁ」


60、幽霊=亡者=人間


とある平日の昼間。

鬼灯・唐瓜・茄子の三人は、現世の服装に身を包み、下町の景色が残る、東京都内某所を訪れていた。

……本当は、椿も連れてきていたのだが、目を離した たった三秒の間に、どこかへ消えてしまった。

鬼灯は辺りを見渡しながら、何度か鼻を動かしてみる。

そして、ある一点を目指してスタスタと歩いていった。

唐瓜と茄子が、互いに目を見合わせて首をかしげていると、鬼灯は個人経営の洋食屋に入り、椿の首根っこを掴んで店から出てくる。

「おいコラ離せ!」

「到着早々 二万円も食事に使わされるなんて、想定外にも程がありますよ」


何やら口論しながら、鬼灯は椿を引きずって唐瓜たちのところへ戻ってきた。

フレンチタイプのチビTシャツに、ダメージの入ったジーンズを穿き、派手柄のバンダナを巻いている椿は、黙っていればエスニック系ファッションの美女だ。

「出発前に言いましたよね? 私の許可なく一人で動き回らないようにと」

「ぁあ? 現世 来んの初めてじゃねぇんだし、別にいいだろ? 人間っぽくするくらい出来るっつの」

「えぇ、三回目ですけどね、全然出来てないんですよ。毎度毎度 貴女(あなた)の奔放ぶりに振り回される私の身にもなって下さい」

「チッ……へーへー」

鬼灯は大きなため息をついてから、気を取り直して唐瓜と茄子に向き合った。

「改めて、本日の現世出張の目的は、現世をウロつく亡者の回収です。ついでに、今の現世について知ってもらう機会でもありますので、目立たない範囲でしっかり見学して下さい」

「「はーい」」

「あの、鬼灯様、質問いいですか?」

「どうぞ、唐瓜さん」

「回収する亡者っていうのは、地縛霊とか浮遊霊ってやつですか?」

「平たく言うとそうですね。お迎えから逃げたり、お迎えが来る前にどこかへ行ってしまった亡者です」

「ん〜、裁判が嫌なんですかね……」

「そういう場合もありますが、多くは、"死んだら行ってみたかった場所"に居ることも多いです」

「死んだら行ってみたかった場所……?」

「例えば……あぁ、ちょうどいいところに。ついて来て下さい」

そう言って、鬼灯は近くのスーパー銭湯に入っていった。

唐瓜と茄子は勿論、椿も、渋々ではあるがついていく。

「え、温泉ですか? しかも割と綺麗ですけど……。何かこう、幽霊が出るって言われる建物って、古くておどろおどろしい感じじゃありません?」

「それはどちらかというと妖怪の類ですね。こういった、設備の整っている銭湯は、比較的若い方も利用されることが多いのですが……」

スタスタと迷いなく進んだ鬼灯は、女湯の前で立ち止まり、チラリと椿の方へ振り返る。

「お願いしますね」

「へーい。後でなんかメシ食わせろよ」

「分かってますよ。食べ放題のお店を予約してありますから」

「よっしゃ!」

椿は気分一転、上機嫌で女湯の暖簾(のれん)をくぐっていった。

しばらくすると……


「なっ、なんだお前は!」

「ギャアアアアッ!!」

"ドタンッ、バタンッ!"

「えっ? ちょっと何? なんか変な音しない?」

「どこか工事してるんじゃないの?」



男たちの叫び声に、異様な物音、そして、困惑する女性客たちの声が聞こえてきた。

何が起こっているか想像がついた唐瓜は、半目で暖簾(のれん)を見つめる。

「うわー……女湯から男の声が聞こえる……しかも女性客の声より聞こえる数が多い……」

その隣で、鬼灯は眉間の皺を一本増やした。

「目立たないようにと再三言っているのに、全く……」

それから数分経つと、ズルズルと何かを引きずる音が聞こえてくる。

「う〜い、捕まえてきたぞ〜」

椿が暖簾(のれん)をくぐって出てきた。

手には十本前後の縄があり、大量の男の亡者が、簀巻きにされて引きずられている。

「いでででででっ!」

「何なんだお前は!」

それを見て、唐瓜はドン引きし、茄子は近くにしゃがんで亡者の頭をつつき始めた。

「死んだら行ってみたかった所って……しょーもねぇ……」

「ハゲのおっさん率が高いね」

「そこどーでもいいわ……なんかこう、男ってどこまでいっても しょーもない生き物なんだなと、改めて実感した……」

鬼灯が、お迎え課からの未回収亡者リストを椿に渡す。

椿はその分厚いリストの顔写真と、亡者の顔を照合しながら、捕まえた亡者にはチェックを入れていった。

捕えられた十人前後の亡者の多くは、縄から抜け出そうと藻掻いたり、逃げるべく走り出すが、縄の大元を片手で掴んでいる椿がビクともしないので、周囲でバタバタするだけに終わる。

作業は問題なさそうなので、鬼灯は唐瓜と茄子に説明を始めた。

「このように、一先(ひとま)ずウロついている亡者を一網打尽にして、お迎え課の未回収リストと照合します。リストに載っている者は、お迎えから逃亡した者になりますので、それなりの罪が加算されます。載っていない者は、これからお迎えが来る予定の方ですが、こちらで回収して、後で回収済みであることをお迎え課に報告します」

「なるほど……」

唐瓜は真面目にメモを取るが、茄子は亡者をつつき回して遊んでいる。

「この回収作業、女性獄卒にも一緒に来てもらわないと無理そうですね」

「まぁ、そうですね。男性獄卒は、回収した亡者が逃げられないよう捕えておく役割が大きいです。今日は女性獄卒が椿さんなので、回収と連行を一人で行えますが、大抵の女性獄卒は、一人で複数の亡者を捕えておけるほど、力がありませんから」

「で、ですよね……」

「逆に、男性しか入れない場所で回収をすることもあります。ですが、昔から、こういった場所に溜まる男の亡者は圧倒的に多いです。女湯しかり、ある種のホテルや撮影現場などなど……。逆に男女共によく出没するのは、美術館や野球場、トイレ、お化け屋敷などですね」

「そういえば、何でお化け屋敷によく出るんですかね」

「それは勿論、幽霊役を驚かすなんて面白過ぎるからですよ」

「あー……なんか納得」

「鬼灯〜、チェック終わったぞ〜」

「ご苦労様でした」

鬼灯は、椿が放り投げてきたリストを受け取り、ザッと目を通していく。

今回捕えた亡者は、リスト掲載者が九人と、未掲載者が二人だ。

未掲載の二人については、椿が名前や出身地や享年などを聴取して、大きめの付箋にメモして貼り付けてある。

「合計十一名ですね……。さて」

鬼灯は亡者たちの方へ振り返った。

貴方(あなた)たちは今からあの世へ逝き、裁判を受けます」

「「「え〜〜〜っ!?」」」

「もう行くのかよ!」

「まだ死後を満喫しとらんのに、つまらん!」

「どうせ見えやしないんだから、もう少しいいだろ!」

「つーか兄ちゃん何様? 絶対年下だr―――


"ヒュッ、ドスッ"


「ギャアアアアッ! 目がぁぁぁっ!」

鬼灯の目潰しを受けて、亡者はその場に(うずくま)った。

周囲の亡者も恐れ慄き、一気に静まり返る。

「椿さん、回収ボックスまで移送をお願いします」

「ふぁ〜…ぁ〜い」

椿があくび混じりに歩き出すと、縄に括られた亡者たちも引きずられ始めた。

すると、眼鏡をかけた真面目そうな亡者が慌てて手を挙げる。

「あのっ、スミマセン! 私はもっと重要な件でお願いがありまして……」

「何ですか?」

鬼灯が応えたので、椿も一旦立ち止まった。

亡者はモジモジと、両手の指先を揉んでいる。

「いや、その……自宅に行きたいだけなんですけど……にっ、日記を処分したい!」

鬼灯の切れ長の目が、さらに細くなった。

「出たな、その理由」

途端、他の亡者たちも騒ぎ出す。

「あ! 俺パソコンのデータ消したい!」

「あ〜〜! 僕の机っ、中身ごと火をつけたい! ……ぐぇっ!?」

椿が縄を引き、亡者たちを黙らせた。

「ダーメだ馬鹿野郎共。ンなモン逐一聞いてちゃキリがねぇ」

鬼灯も賛同のため息をつく。

「裁判中にしょっちゅう懇願されるんですよねぇ。生前は忘れていた"捨てときゃよかった"物をガンガン思い出すんですよ。……しかし、椿さんの言うように、キリが無いので駄目です」

「なっ、そう言わず帰らせてくれ! 後生だ!」

「もう死んでるでしょう」

すると、亡者の男が一人、待ったを掛けた。

「みんな待て! 下手に帰らん方がいい!」

「「「?」」」

「俺も、実はみんなのように心残りがあって、死後も自室をウロついていたんだ。そうしたら、娘が俺の気配に気づき、箪笥を開けてくれたんだが……」

「おぉ! 願いが通じたということか!」

「家族に見られる危険性はあるが、上手くいけば、遺品をお焚き上げとかで燃やしてくれるかもしれないな!」

「それからそれから!?」

亡者たちは、自分たちも真似できる方法か否か、興味津々で耳を傾ける。

「……娘は、俺が昔に勘当した息子の写真に気づいた。そこで終わってくれれば良かったんだが……その……俺のノートにも気づいてしまってな」

チラリと手元のリストを見下ろした鬼灯が、あぁ、と目を細めた。

「趣味のポエムを(したた)めたものですね」

「言うなァァ! てか何で知ってんだ(アン)ちゃァァん!」

秘密の趣味を曝露された亡者は、その場に崩れ落ちる。

「違う……違うんだ……俺はただ、隠れ少女漫画ファンだっただけで……」

唐瓜が可哀想なものを見る目で見下ろした。

「少女漫画だとしてもちょっとズレてるけどな……」

鬼灯は興味本位で、他に面白い趣味を持っている亡者はいないかと、リストをペラペラ捲る。

「よく聞く話です。見られたくない一心で不審にウロつき、かえって家族に見つかるパターンですね。犯人は現場に戻るとも言いますし」

「……それ、なんか違いません?」

目ぼしい趣味が見つからなかったので、鬼灯はリストを閉じた。

「原因不明の不審火、あれも亡者の仕業であることがあるんですよ。執念の炎で燃やすというか……まぁ、そんなことをすれば、裁判で罪が加算されますがね」

ジロリと細長い目で威圧すれば、亡者たちは誰ともなくゴクリと息を呑む。

「それは嫌だな……」

「あの世の裁判ってホントにあるんだ……」

そのとき。

女湯の暖簾が揺れ、女性が二人出てきた。

「妙子〜、最近ボンヤリしてるけどどうしたの?」

「うーん……なんかね〜、お父さんの気配がずっとするのよ」

「え〜?」

聞こえてきた声に、穴があったら入りたい勢いで蹲っていた亡者が、顔を上げる。

「あっ……」

その反応だけで、鬼灯は、女性の片方が娘なのだと気づいた。

「もしや、貴方は娘さんを見守りたくてここまで来たんですか?」

「え……いや、まぁ……」

目を逸らしつつ頭を掻く姿に、親心を感じながらも、鬼灯はため息をつく。

「これもまた、よくある理由ですけどね……でも結局覗きはしているので、とりあえずあの世でポエム全国放送」

「ひぇッ!?」

鬼灯なりの減刑に、背後の唐瓜がそっと青ざめる一方、椿は退屈そうに大あくびをしていた。




(終)
 
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