アゲラタム
□第八巻
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「鬼灯〜、腹減ったァ」
「私に乗らないで下さい、椿さん。……食堂に行けばいいでしょう。もう昼休みの鐘は鳴りましたよ」
「さっき行ったら休みって書いてあったぞ」
「……。……そういえば、整備点検日でしたね」
58、似てるっちゃあ似てる
ある日の昼前。
地獄の門番の一人、牛頭は、亡者が来ない暇な時間に、ネットでブログを読み漁っていた。
「ハァ〜〜……ミノタウロス様、超カッコイイ……」
すると、同僚の馬頭が横から覗いてくる。
「え〜〜ヤダァ、ミノタウロスさん男臭すぎる〜」
「そこがワイルドでいいんじゃないのよォ」
「アタシは、ペガサスの方がいいわ〜ァ」
「やァだ、彼 馬面じゃな〜い。あぁでも、神農様もカッコイイのよね〜」
「アタシ、ケンタウロスもキュンとくるかも〜。って、そういえばアナタ、前に白澤様がイイって言ってませんでしたこと?」
「そうそう、だってあの人、牛顔で可愛くない?」
「え〜? どっちかっつーと馬っぽくない?」
「でも本命はミノタウロス様〜!」
「どうしてそんなにお好きなのよ」
「シンパシー感じちゃうのよォ! 牛頭人身で〜!」
恋心が燃え上がった牛頭は、手近な柱を軽く殴る。
"ボゴッ!"
「怪力なところも似てるわヨね〜。……それにしても、牛のオバケって世界各地にいるわね。何でかしら?」
「あらヤダ、オバケって言わないでよォ〜」
「というか、ギリシャと日本って、神様の感じちょっと似てるわよね」
「そう?」
"ボーン、ボーン、ボーン……"
「あら、お昼だわ。一旦 門閉めて、ランチ行きましょ? 今日は何がいいかしらね〜」
「あ、だったら、カロリー亭行かな〜い? この間クーポン貰ったのよ〜」
「あらいいわね〜! 行きましょ!」
キャッキャウフフと楽し気に、重厚な地獄の門を閉めて。
牛頭と馬頭は『ステーキハウス カロリー亭』へ向かった。
"カラン、カラン……"
「いらっしゃいませー。お好きな席どうぞ〜」
店の戸をくぐった二人は、キョロキョロと店内を見回す。
「どこにする〜?」
「ん〜、窓際がいいわねぇ、天気もいいし」
「ん? アラ、ねぇちょっとアレ!」
「なァに? ……あらあら! 大王様! 鬼灯様に椿様も!」
まるで久々に旧友と再会したようなテンションで、二人は店の奥の方のテーブルへ駆け寄った。
「やあ! 久し振りだねぇ」
「ご無沙汰しております、牛頭さん、馬頭さん」
「……よ〜ォ」
「あら、椿様ったら元気ないわね」
馬頭が心配そうに首をかしげると、鬼灯がため息をつきながら、テーブルに傾れた椿を見下ろす。
「ご心配なく、空腹なだけですから。今日は午前のおやつに供物を摘まみ食い出来なかったので、ほぼ飢餓状態なんです。食事が来れば元気になりますよ」
「お待たせしまし「来たァ!」
「……言った傍からですね」
店員が、巨大なステーキの皿をカートで運んでくると、椿が光の速さで飛び起きた。
「牛フィレステーキ、LLサイズ三つになりますー。一つは食べ放題となっておりますので、三十分以内でしたらおかわり自由でーす」
ジュワジュワと油が跳ねる音と、香ばしい肉汁の香りが、辺り一帯に広がる。
もはや巨大レンガのような肉が目の前に来ると、椿は一目散に食いついた。
それを微笑ましいものを見る目で眺めつつ、牛頭が首を傾げる。
「大王様や補佐官様が外で食事なんて珍しいわねェ。普段は閻魔殿の食堂でしょう? 今日はどうして?」
「今日は整備点検で閉まってるんですよ。食堂が閉まると供物の選別と供給もなくなるので、こうして外に」
「アラそうなの〜。でも、どうして大衆食堂に?」
「もっと高級店が周りにありますのに」
「……コレを高級店に連れて行けると思います?」
そう言って鬼灯が視線を向ける先には、既に三枚目のステーキを、丸呑みする勢いで食らっている椿が。
「えっ、うそ、いつの間に!?」
「こんな勢いで高級料理を食べられたら、国家予算も秒で破綻します」
「おかわり!」
椿のコールに、店員が青ざめた顔でやってくる。
鬼灯がチラリと厨房を見れば、店長と思しき青ざめた男が、コックに肩を揺さぶられていた。
視線が合いそうになったので、ご愁傷様、と心の中で思いながら、そっと視線を逸らし、自分も目の前のステーキを切る。
「それより、牛頭さん馬頭さんは宜しいのですか? ステーキハウスなんて不愉快でしょう」
「あらヤダ、そんなことないわよ? アタシたちの目的はここの豆腐ハンバーグステーキ!」
「美味しいのよ〜!」
「それに、アタシ牛だけど、あくまで牛頭だから。人間が猿料理を見たとして、心の底から同情する?」
「なるほど、なかなかシビアな考え方ですね」
「オホホホッ! いちいち気にしてたら何も食べられないじゃな〜い? ミノタウロス様だって、牛だけど人間食べるし」
「あ、ところで、同席よろしいかしら?」
「えぇ、どうぞ」
席に座った牛頭と馬頭は、豆腐ハンバーグステーキのXLサイズをそれぞれ頼んだ。
その注文を受けた店員に、椿がムスっとした顔を向ける。
「んな〜ァ、おかわりまだか?」
「も、申し訳ございません、ただいま焼いておりますので……」
誰も、一分に一枚ペースでおかわりが来るとは予想できなかっただろう。
……というより、このまま食べ放題で出し続けたら店舗史上最大の赤字だ。
鬼灯がため息をついて、店のためと、椿の機嫌をこれ以上悪化させないために、追加注文した。
「すみません、サイドメニューの、簡単ですぐに出来るものを、上から下まで一品ずつお願いします」
「え、あ、は、はい! かしこまりました!」
店員は小走りで、厨房へ戻っていく。
……どれだけ足しになるか分からないが、これでステーキを焼く時間は稼げるし、店もほんの少しだけ潤うだろう。
「ほら、テーブルに頬ずりしてないでシャンとして下さい」
「え〜……お前のステーキちょっとくれよ」
「ダメです。すぐに繋ぎになるものが来ますから」
「……へ〜い」
鬼灯に頭をポンポンと叩かれ、テーブルに伸びていた椿は身を起こした。
そんな二人を見て、牛頭が微笑む。
「椿様のお世話も大変ねぇ」
「本当ですよ、まったく」
「男の人って、お世話したいものかしら、それとも、されたいもの?」
「……。……個人差があると思いますが、どなたか気になる方でも?」
割り込むように、馬頭が答えた。
「牛頭ったら、ミノタウロス様にご執心なのよ〜! 同じ牛頭、人身だから、シンパシー感じるんですって〜!」
「なるほど」
「ん〜、そうなのよね〜。それに、彼の母国ギリシャも、何故か親近感あるのよ〜」
「まぁ、同じ多神教の国ですからね。ギリシャの冥界の王、ハデス様は、人付き合いが得意な方ではなく、あまり友好的ではないんですが、そんなところも余所者に弱い日本に似てるんです」
閻魔も、外交の席を思い出しながら髭を撫でた。
「確かに、ハデス王との会談は他にない難しさだったなぁ」
ギリシャと聞いて、馬頭はピンと閃く。
「ギリシャって言うと、アタシはペガサスが好きですわ〜!」
「馬頭さんはやはり馬顔がお好きなんですね」
「それはそうだけどっ、メドゥーサの血から生まれた純白の天馬……ステキじゃな〜い?」
鬼灯はステーキを咀嚼しながら何やら考え、ゴクンと飲み込んだ。
「大量の血の中から生まれたなら、赤馬を経て、途中一回ピンクだと面白いんですけど」
「ヤダッ、ピンクのペガサス!? それはそれでカワイイ!」
「ていうか、ペガサスってメドゥーサの血から生まれてるの?」
「そうよ?」
「あの人、何で髪が蛇なのかしら」
「さぁ、知りませんわ」
二人の疑問に、椿が待ちぼうけの顔で暇潰しに答えた。
「この髪お前のより綺麗だろ〜っつって、アテナっつー知恵と芸術の女神を怒らせたんだよ。だから、ご自慢の髪を蛇にされたワケだ。……あ〜〜〜〜ステーキまだか〜〜〜〜」
「アラ、椿様もそういうこと知ってらっしゃるのね。さすが第二補佐官様だわ〜」
「それにしても、ちょっと自慢されたからって報復酷くない? 怒りっぽすぎよ〜」
鬼灯が、店員が運んできたフライドポテトやサラダを椿の前に置き、説明を加える。
「多神教の国の神様は、大体怒りっぽいですし嫉妬深いですよ。日本もそうでしょう?」
「「確かに〜」」
「そもそも、アテナ自体、ゼウスが頭痛の時に頭割って出てきた娘ですから、出生から恐ろしいんです。ギリシャ神話はぶっ飛んだ話が多いですが、頭痛だからって斧で頭割るか普通」
「ん〜、でも酷い頭痛って、そのくらいのことしたくなるかも。アタシ頭痛持ちだし」
「頭の中で小さなジェイソンが脳をマッハで刻んでる感覚だものね〜」
「え、世の中の頭痛持ちの人って、みんなそうなの……?」
困ったような、労わるような顔をしていた閻魔は、ふと、鬼灯が自分をジッと見ているのに気づいた。
「え、何、鬼灯君……なんか嫌な予感がするんだけど……」
「ゼウス王が頭割って無事なら、大王もイケるかもしれない!」
「イケないよ! 何も生まれないからね!?」
「先程も申し上げた通り、日本とギリシャのあの世は酷似してるんです。向こうの懐に入れれば、スムーズな外交を展開できるでしょう。お近づきのきっかけに、やはりこちらも頭をかち割るくらいのことを「だからしないってば! 何でそういう提案だけ妙にダークサイドなんだよ君は!」
そこに、店員が慌てた様子でカートを押してくる。
「大変お待たせ致しました! 豆腐ハンバーグステーキXLサイズお二つと、牛フィレステーキLLサイズのおかわりと、サイドメニューの鶏のから揚げ、餃子、春巻き、タコのから揚げ、焼売、牛肉コロッケになります!」
一気に運ばれて来た料理は、いくら広いテーブルでも乗り切らない。
どうしたものかと困る店員をチラリと見た鬼灯は、サイドメニューの料理を一つの皿にこんもりと積み上げた。
「あ、あの、お客様……」
「気にしないで下さい。コイツに料理の見た目は関係ないので」
「あ、ありがとうございます……」
助かった、と言いたげな顔で、店員は戻っていく。
鬼灯は、おかわりステーキに瞳を輝かせる椿の傍に、サイドメニュー全部盛りも置いた。
「それで最後ですよ」
ものの三十秒で既に半分平らげた椿が、眉間にしわを寄せる。
「何でだよ、まだ時間あるだろ?」
「貴女は余裕でも、おそらく店側が間に合いません。ランチはこれで終わりにして下さい」
「ぁあ? こんなんじゃ二時間ももたねぇよ」
「……では、帰りに詰め放題の菓子でも買っていきましょうか。今日は食べながらの勤務を許します。夜は予め、食べ放題の店に予約を入れておきましょう。これで仕事出来ますか?」
「おう! サンキュー!」
鬼灯の提案に満足したのか、椿はご機嫌な様子で、ステーキや山盛りサイドメニューを平らげた。
一方、牛頭と馬頭は、豆腐ハンバーグステーキをつつきながら、互いに目を見合わせて微笑む。
何だかんだと文句を言いながらも、鬼灯は椿の世話をするのが嫌いではないのだと感じ取れたからだ。
和やかなランチが終わる頃。
「さて、そろそろ仕事に戻ろうか。ここは奢るよ」
「アラッ、いいんですか大王」
「いいの いいの」
「すみません、御馳走様です」
閻魔は意気揚々と、財布を出しながらレジに向かった。
が……
「あ! 手持ちがないや! 鬼灯君、ちょっとお金貸して! このあと下ろしてすぐ返すから!」
「斧で頭割ってみましょうか? 千円くらいなら出てくるかもしれませんよ」
……ちょっといいところを見せられるかと思いきや、失敗に終わる閻魔であった。
(終)
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