デュランタ

□9,死神代行の復活
1ページ/4ページ



―――藍染との決戦から、17カ月。

尸魂界の歴史に残るほどの大戦を経て。

死神たちは、平穏に安堵し現状維持を選ぶ者と、己の無力を嘆いて鍛錬に励む者の、二種類に分かれた。

約一年半が経過した今、両者の力量差は大きく開きつつある―――


「オラオラさっさと並べェ! 順番にかかってこい!」

十一番隊舎の道場で、斑目三席の声が響き渡った。

二十人ほど集められた十一番隊の平隊員たちが、青ざめて震えながら列を作る。

十一番隊恒例、班目三席による しごきの始まりだ。

「あ、あの〜……」

列の一番前に押しやられた新人隊員が、そろりと手を挙げる。

「ぁん? 何だ」

「今日は蓮見さん、いらっしゃらないんですか……」

「知るか。毎回勝手に来てる奴だからな。……何だお前、アイツに気でもあんのか?」

「いっ、いえ! 決してそんな!」

紫月が来ると、一角の相手をしてくれるので、隊員たちは しごきを受けなくて済む。

紫月は十一番隊の隊員たちにとって、密かな救世主なのだ。

一角が渋い顔をする。

「悪いこたァ言わねぇ、アイツだけは嫁にすんのは()めとけ」

そのとき、隊員たちは一角の後ろを見て、あ、と声を漏らしたが、本人だけは気づかない。

「三度の飯より薬バカだし、戦闘狂いだし、口は悪ィし、女っ気ねぇし「へぇ〜?」

背後から響いた低い声と、背筋が凍るような空気に、一角はビクッと肩を揺らした。

「…よく、分かってるけど、何か、忘れてない?」

「テメっ、いつの間に……」

「…ナメた口聞く奴は、叩き潰すって、教えてあげて?」


"ゴギャッ!"


「ふぉぁああっ!?」


……何が起きたのかはよく分からなかったが、とりあえず、班目三席の奇妙な叫び声が木霊した。






カチャカチャと、小道具が擦れる音が響く中で。

十一番隊舎の道場は、数人の平隊員が木刀を打ち合わせているにも関わらず、妙な静けさに包まれていた。

「……やっぱ(こえ)ェな、蓮見さん」

「……あの班目三席が一発KOだもんな」


手合わせしている隊員たちの声や音に隠れて、ひそひそと言葉を交わす他の隊員たち。

彼らが見つめる先には、床に大の字に伸びた一角と、傍らで勝手に一角の斬魄刀の柄を外し、血止め薬を詰めている紫月がいる。

「……班目三席、何だかんだ文句言いつつも、蓮見さんが来ると嬉々として手合わせするし、薬も使い続けてるよな」

「……蓮見さんも、ほぼ毎日のようにここに来てるしな。……あぁ、四番隊って怪我人いねぇと暇なんだっけか」

「……女っ気ねぇとか言ってたけど、普通に色っぽいよなァ?」

「……まぁ、松本副隊長ほどじゃねぇけど、普通にな」

「……あの人と比べたらダメだろ」


……隊員たちが何か言っているのは分かるが、内容までは聞こえない。

というか、紫月は興味がなかった。

改良した新しい血止め薬を、今回もよく出来たなと自己満足しながら、たっぷり詰めて、柄をはめ直していく。

「……また新しい(ヤツ)作って来たのかよ」

「…何だ、起きてたの」

「あの程度で気ィ失ってられっか」

「…今回の、薬、塗る時ちょっと、染みるから」

「ふーん」

一角は寝そべったまま、両腕を頭の後ろで組み、足も組んだ。

紫月が薬を詰め終わるまで、動く気がないようだ。

……と、そこに。

「一角〜? ……あ、紫月ちゃんもいた」

弓親がやって来て、道場を覗いた。

「何だァ弓親」

「ついさっき、九番隊の月雲(つくも)三席が、現世の浦原元十二番隊長 連れて、尸魂界(こっち)に来たんだよ。聞いた話、黒崎一護に死神の力を取り戻させる道具を持ってきたんだって」

目を閉じていた一角は、片目だけ開けて弓親を見る。

「一護の力だと?」

「そ。ただし、膨大な霊力が必要になるから、全隊の隊長・副隊長は霊力を込めろってさ。噂を聞きつけた人は、隊長格じゃなくても霊力を注ぎに行ってるみたいだよ」

「……」

「行くでしょ?」

一角は反動をつけて起き上がった。

「ヘッ、一護め、世話のかかる野郎だぜ」

悪態を吐きながら、紫月の方へ手を差し出す。

紫月は、ちょうど柄をはめ終わった斬魄刀を乗せた。

ほんの僅かに重くなった刀の感触を確かめるように、鞘で肩をポンポン叩きつつ、歩き出す。

紫月も、当然のように立ち上がり、一角の後を追った。

「あれ、紫月ちゃんも来るの?」

「…うん。…返せるときに、恩返し、しないとね」

「ふーん。場所は一番隊舎の二番側臣室だってさ」

先導する弓親の後をついて、一角と紫月は道場から出ていった。

一部始終を見ていた隊員たちは、上位席官がいなくなったことで肩の力を抜く。

「……なぁ、今の見てたか?」

「あぁ」

「口では罵り合っても、阿吽の呼吸で動いてるよな、あの二人」

「何考えてんだかな」

……実は二人とも無意識で、当人たちが誰よりも分かっていないのだが、それを知っているのは弓親くらいのものだ。







一番隊舎の二番側臣室に行くと、黒崎一護と縁のある死神たちが列を成していた。

家電量販店の店員でも真似ているのか、テンションの高い浦原が、霊力の込め方を説明している。

「ハイハーイ! 後ろが閊えてますんで、ちょろちょろじゃなく一気に霊圧を叩き込んで下さ〜い!」

集まった死神たちが霊力を込めているのは、浅打のような一振りの無刃刀だ。

ぼうっと青白い光に包まれている。

「あれ、隊長?」

一角は、部屋の隅の方に、上官である更木剣八を見つけた。

傍には、六番隊隊長・朽木白哉と、同隊副隊長・阿散井恋次、十番隊隊長・日番谷冬獅郎もいる。

隊長格ではない一般隊員が刀に霊力を込めている辺り、隊長・副隊長は既に全員終わっているのだろう。

何故まだこの部屋に残っているのか……

「どうしたんスか?」

近くに寄ると、隊長三人が一気に振り向く。

更木は小指を耳に突っ込み、面倒くさそうに言った。

「何だか知らねぇが、コイツらと現世に行って、一護の奴を見て来いってよ」

日番谷がため息をつく。

「聞いてなかったのか。銀城空吾に対する黒崎一護の対応を見届けるためだ」

弓親が眉をぴくっと上げた。

「銀城空吾……なかなか懐かしい名前ですね。失踪したんでしたっけ。……そういえば、次に現れた死神代行を餌にして誘き出すなんて話、ありましたね」

「今まさに、銀城が黒崎に釣られている。本来は、これを機に銀城も黒崎も殺すはずだったんだが……総隊長からの命令で、黒崎一護に力を戻させ、銀城への対応を見届けることになった」

「へぇ……なるほど、彼はそれだけの影響を与えたということですね」

弓親が納得したような笑みを浮かべていると、恋次が口を開いた。

「その見届け役として、銀城の件の全権を任されてる月雲(つくも)三席と、あの無刃刀の管理者である浦原さん、隊長格から、朽木隊長、日番谷隊長、更木隊長、俺とルキアが選ばれてるんスけど、あと2〜3人は欲しいんスよ。弓親さんたち、どうっスか?」

弓親は、一角と紫月を見た。

二人も、弓親を見る。

何かを考え、目を細めた弓親は、肩を竦めた。

「残念だけど、僕はこの後 用事があるから。でも、一角と紫月ちゃんはいいんじゃない? 暇でしょ、どうせ」

「暇とか言うな……ぶっちゃけ暇だけどよ」

「…私も、仕事は、終わってるけど……」

恋次がニッと口角を上げる。

「んじゃあ、一角さんと紫月さん、お願いします」

「……ったく、しゃァねェなァ。久々に一護のケツ蹴り上げに行くか。どうせ、力なくしてしょぼくれてんだろ?」

悪態を吐くように言う一角だが、表情は楽しそうだ。

恋次も笑う。

「しょぼくれてるかどうかは知んねぇっスけど、月雲(つくも)さんの話じゃ、色々と足掻いてるみたいっスよ?」

そんな話を聞き流しながら、日番谷はチラリと紫月を見た。

「銀城の下には今、数人の完現術者(フルブリンガー)がいる。戦闘になる可能性も高い。……大丈夫か?」

日番谷は、紫月が四番隊で、十二席という低位であることから、レベルに見合わないのではと考えているらしい。

すると、意外なところから返答が来た。

「そいつなら心配()らねぇ。頭でっかちの席官共より出来るぞ」

そう断言したのは、更木だ。

紫月は、自分を見下ろす更木の、立ちはだかるような強者の瞳を真っ直ぐに見上げ、軽く頭を下げる。

「…任せて、下さい」

……この一年半、更木は、紫月が十一番隊舎を頻繁に訪れ、一角や多くの隊員たちを相手に腕を磨き続けるのを、見ていた。

一角は、自分の隊長が他隊の紫月を認めていることに、釈然としない顔をしているが、異議は唱えない。

日番谷も、更木が認めているならと、それ以上 追及しなかった。

何だか微妙な空気が流れたその時、瞬歩でルキアが現れる。

「お待たせしました、兄様! 穿界門の準備が出来ましたので、いつでも出立できます!」

「分かった」

頷くように目を閉じる白哉の横で、日番谷は無刃刀がある辺りを振り返った。

……霊力を込めている死神は、あと数人。

終わり次第、現世に向けて出発できるだろう。

問題は……

「責任者はどこほっつき歩いてやがんだ」

今回の件の全権を任されている、月雲遊楽(つくも ゆら)だ。

紫月は、そういえば居ないな、と辺りを見渡す。

霊圧を消して動く習性があるため、探知をしても無駄だ。

……まぁ、霊圧と共に姿も消すことが多いので、近くに居るのに気付かない可能性もあるが。

恋次が肩を竦めて言った。

「ただ待つのも暇だからって、檜佐木副隊長をからかいに行きましたよ。霊圧込めるのが終わる頃には戻るそうです」

日番谷の盛大なため息が響く。

「そのまま檜佐木が首根っこ掴んで持ってきてくれたら楽なんだが」

白哉が即答した。

「不可能だな」

「……分かってる」

そうして話す間にも、無刃刀に霊力を込める死神が、最後の一人になった。

そのとき……

「準備できた〜?」

ひょこっと、ルキアの後ろに遊楽(ゆら)が現れた。

「ぅぉおう月雲(つくも)三席!?」

ルキアが素で驚くと、遊楽(ゆら)は満足げに笑みを深める。

「あははっ、いい反応するね〜」

そして、ルキアに後ろから抱きついて、集まっているメンバーを見渡した。

「ほ〜、一角くんと紫月ちゃんと弓親くんが行くことになったんだ」

「あぁ、ボクは行かないですよ」

「そ? まぁ誰でもいいけどね〜。……お? 終わったかな……喜助さ〜ん、終わりました〜?」

「ハ〜イ、今梱包するんで、2〜3分くださ〜い」

「は〜い! ……てなわけで、3分後に出発でぃ〜す」

日番谷がジト目で睨む。

「お前に命令されることほど腹立つことはねぇな」

「んぇ? じゃあ冬獅郎が全権代理していーよ? 寧ろやって〜?」

「やるわけねぇだろ馬鹿」

「え〜」

……出発間際まで、いや、出発してからも、遊楽(ゆら)は文句を垂れ流していた。

 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ