デュランタ
□9,死神代行の復活
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"バチィッ"
一護の霊圧を、何とかブック・オブ・ジ・エンドで弾き飛ばした月島は、頬に一筋の汗を流した。
(……完現術状態でも月牙天衝を撃てるのか……しかも事前予測より攻撃速度は数倍速い……僅かではあるけれど、死神の力が完現術に融合してる……)
「……まいったな。これ、もう仕上げでいいんじゃない?」
不穏なことを呟く月島の傍に、茶渡と織姫が馳せ参じて、織姫が月島の怪我を治す間に茶渡が一護に向かっていく。
「何で出てくるんだよ、チャド、井上! もうやめてくれ!」
「それはこっちの台詞だ、一護……いい加減にやめるんだ」
「分かんねぇのか! 俺はお前らと戦うつもりなんかねぇんだ!」
一護は、茶渡から月島へと視線を変える。
「テメェ月島! 俺の仲間の後ろに隠れてんじゃねぇよ! 出て来てテメェが戦いやがれ!」
「そんなに叫ばなくても、聞こえてるよ」
「!」
月島の声は、背後から聞こえた。
(くそっ……くそォ!)
死神の頃ならこの程度の速度、裏を掻いて四度斬りつけても尚、お釣りが来たというのに。
一護は、思い通りに動かない自分に腹を立てながら、鈍い腕を懸命に振り抜こうとした。
(駄目だっ、間に合わねぇ……)
どう足掻いても月島の剣が先に自分に刺さる。
それが分かって、防御に切り替えようかと逡巡していたとき、視界に黒い背中が飛び込んできた。
"ザッ"
月島の剣が、飛び込んできたその人影の左肩を斬りつける。
「銀城!?」
飛び込んできたのは、銀城だった。
斬られた銀城はそのまま、館の屋根の上に落ちる。
一護は銀城の元へ駆けおりて、肩を揺さぶった。
「おい、銀城! 大丈夫か!? 銀城!」
……頼む、まだ味方であってくれ。
最後の一人なんだ、お前だけが……
「……うるせぇな」
「!?」
「俺にばっか気を取られてんじゃねぇよ、黒崎。後ろから月島に斬られたら終わりだろうが」
月島を敵と認識している言葉に、ホッと肺から息が漏れた。
同時に、背後に迫る月島の気配を感じて、振り向きざまに腕を振るう。
"ガキンッ"
大きく振りかぶられた細身の剣を弾き、一護は、月島を警戒しつつ、銀城の様子を見た。
「お前、大丈夫なのか?」
「……さぁな、分からん」
銀城は身を起こし、大剣を支えに立ち上がる。
「ただ、今はまだ、月島のことを敵だと認識できてるし、お前のことも仲間だと思ってる」
「……そうか……良かった」
「何で月島の能力が発動してねぇのかは分からねぇ。発動までに個人差があるのか、何か意図があってわざと発動させてねぇのか……どっちにしても、今のうちに月島を倒さねぇと、発動してからじゃ打つ手が無くなることに変わりはねぇぞ」
「あぁ」
二対一なら勝機もあるだろう。
不安に崩れかけていた心を持ち直し、一護は再び月島を見据えた。
すると……
"タン……"
背後で、軽い足音が響いた。
「!」
この繊細な足音を、一護はよく知っている。
ようやく安定した心を、再びぐらりと揺さぶられながら、一護は恐る恐る振り向いた。
「……石田」
どっちだ?
怪我はもう大丈夫かとか、動いて平気なのかとか、そんなことよりも先に、敵か味方かの疑問が頭を埋め尽くす。
(石田は月島に斬られてたはず……見る限り怪我は治ってるようだが、誰が治した……? ……いや、考えるまでもなく井上しかいねぇ……とすると、月島に斬られた井上が治したってことは、石田も月島の仲間として治したってことになるのか? それとも、井上は月島に斬られる前に石田を治したのか? どっちなんだ……)
数秒の間に巡った思考回路。
その逡巡の末、まだ答えが出せないうちに、雨竜はゆるりと両手を構え、滅却十字に霊子を集めると、銀嶺弧雀を造り出した。
その矛先を向けられ、一護は僅かに眉を下げる。
「……やっぱり……お前もなのかよ、石田……」
「黒崎、こっちへ来い」
「……」
「下の階の様子を見た。安心しろ、僕は味方だ」
「……誰が」
「どうした、早くしろ黒崎」
「……石田」
「解らないのか黒崎! 僕を斬ったのは、お前の後ろに居る奴だ!」
―――その瞬間。
よく知る気配に、殺意が混じった―――
「離れろ黒崎!」
雨竜は牽制するため、無数の矢を飛ばす。
一護の背後に音もなく迫っていた、銀城を狙って。
しかし、雨竜の矢が届くより先に、銀城の大剣が振り下ろされていた。
"ゴキャ……ッ"
一護の全身を覆っていた完現術の装束が、割られる。
「黒崎"ザッ"
まだ病み上がりで反応が鈍かった雨竜も、月島に背後を取られて右肩を斬られた。
「くっ、クククッ……」
銀城が不気味に笑い始める。
「はははっ、はははははははっ!」
空を仰いで高らかに笑う銀城の横で、一護は瞳を揺らしながら呆然と膝をついていた。
「……銀、城……何で……やっぱり、月島の能力で……」
「んぁー、そうだな、確かに月島の能力で、だ。……だがな、勘違いすんなよ? 俺は月島に斬られてお前の敵になったわけじゃない。月島に二度斬らせて、元に戻ったんだ」
要するに、最初から敵だったということ。
「貰うぜ? お前の完現術」
ドッ、と大剣が一護の胸の中央に突き立てられた。
初めて出会ったとき、銀城がグラスの酒に宿った魂を操って、自分の口へ入れたように。
一護の完現術が全て吸収されていく。
「お、来た来た」
17カ月前、藍染を倒した直後に感じた、力を失くしていくときのあの感覚が、再び全身を襲う。
……ずっと、恋焦がれて、やっと見つけた力だったのに、また失うのか。
それに、今度は力だけではない。
家族も友人も、誰も彼もの記憶が塗り替えられてしまっている。
失うのは、自分が生きてきた世界そのもの……
「う……あぁ……うああああああああああああ!!」
絶望を叫ぶ一護の声に応えてか、夜空には雲が掛かり、雨が降り始めた。
月島は肩をすくめて一護を見下ろしている。
「おやおや、泣いてるのかい? 可哀想に」
しかし、銀城は既に一護に対する興味を失っていた。
「好きに泣かせといてやれよ。そいつにもう用はねぇ。そして恐らく、もう会うこともねぇ」
「……ぇせ」
「ぁあ?」
「返せよ、銀城……俺の力を返せっ」
「何言ってんだお前。元々俺のお陰で取り戻した力だろうが。俺が貰って何が悪い。用済みのテメェの命は取らずにおいてやるんだ。礼の一つも言ってくれよ」
「テメェ……っ……銀城!」
"ドスッ……"
「……。……は?」
突然、一護は心臓部を背後から貫かれた。
バサッと布を払う音がして、一護は恐る恐る振り返る。
「……オ、ヤジ……浦原さん……」
震える唇で言葉を紡ぎながら、胸に刺さった白く光る刃に触れた。
「……そうか……そうかよ…………親父たちまで、そうなのかよ……」
今にも泣き叫びそうな、息子の絶望の顔を真っ直ぐに見つめ、一心は口を開いた。
「馬鹿野郎、俺じゃねぇ。よく見てみろ、もう見えてるはずだ。その刀を握ってんのが誰なのか」
「!」
ぼんやりと、淡い光が人の形を成していく。
それはやがて、懐かしい黒装束を目の前に映し出した。
「――――――ルキア……?」
初めて会った頃から変わらない、小さいくせに偉そうで不遜な態度と顔。
その顔の中央で、ニヤリと口角が上がった。
"ドドォォォ……ッ"
刺された刀から濃く強大な霊圧が溢れ出し、一護の体内へと吸収されていく。
溢れ出して渦を巻いていた霊圧が収まる頃には、一護は死覇装を纏っていた。
→ 10,完現術者