デュランタ

□9,死神代行の復活
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「着いたよ」

町外れの森の中で、雪緒は足を止めた。

その視線の先には、古びた大きな洋館が建っている。

銀城と一護は、警戒心の籠った眼差しで、洋館を睨みつけた。


"ガチャ……"


三人の来訪を感知したのか、月島が玄関を開けて出てくる。

「やあ」

途端、一護が代行証を手に踏み込んだ。

「月島ァ!」

「待て一護!」

銀城が咄嗟に一護の腕を掴んで止める。

「離せよ銀城!」

「考えなしに突っ込むな! 奴の能力が俺の予想通りなら、一回斬られたら終わりなんだぞ!」

叫び合いのような会話を聞いて、月島は肩をすくめた。

「よしなよ。僕は丸腰だ。別に君たちと戦いたいわけじゃないんだよ。……さぁ、中でゆっくり話そう」

一護は尚も、月島を睨んだまま動かない。

「わざわざ罠が張ってあるかもしれねぇ屋敷の中になんか入るかよ」

月島は玄関扉を開けながら、クスクス笑った。

「冗談だろ? 罠にかけるつもりなら、ここへ来る途中の森の中にこそ仕掛けるさ」

雪緒が一護の肩をポンと叩く。

「そういうこと。ほら、早く来なよ」

一護は銀城と目を見合わせ、警戒心を解かないまま、洋館の中に入っていった。





薄暗い廊下を抜けて、一つの部屋に導かれる。

その部屋に足を踏み入れた途端……


"パンッ、パパンッ"


一際(ひときわ)明るい照明が点けられ、クラッカーが鳴った。

「「「おかえり〜!」」」

遊子、夏梨、啓吾、水色、竜貴……

一護の大切な人たちが、気味が悪いほどの笑顔で迎えてくれる。

「ほらほら、何ボーっとしてんの!」

「早くこっち来なよ!」

「良かったね、お兄ちゃん!」

「シュウ兄ちゃん全然怒ってないって!」

「そうだぞ! 秀さんが優しくて良かったな」

「ちゃんと今のうちに謝っとけよ?」

みんな、いつも通りの笑顔のまま、月島と一護の中を取り持とうとし始めた。

「そうだぞ一護、ちゃんと謝った方がいい」

「謝っときな、一護」

「謝りなよ」

「謝れ」

「謝れ」

「謝れ」

疑いようのない善意で、謝罪を要求してくるみんなに囲まれ、一護は青ざめる。

銀城は周囲の動向を警戒しつつ、一護を宥めた。

「大丈夫だ、一護。コイツらは月島を仲間だと思っちゃいるが、お前のことも仲間だと思ってるはずだ。急に襲ってきたりはしねぇから、落ち着―――」

ダッ、と一護は駆け出す。

銀城もその後を追った。

(くそっ……耐えられなかったか……)

考えてみれば、一護はまだ高校生で子供だ。

こんな状況で冷静になれと言う方が無茶なのかもしれない。


一護は館の階段を駆け上がり、逃げるように二階の部屋に駆け込んだ。

そこには、ここ数日ずっと一緒に修行していた、XCUTIONのメンバーが。

沓澤が恭しい態度で目を細める。

「おや、良かった。どうやらお元気そうだ」

皆、表情はこれまでと変わらない。

けれど、一護は分かっていた。

目の前の彼らも、月島を仲間だと思わされていると……

「ホント、元気だけは有り余ってるようなんだ。僕も安心したよ」

「!」

いつの間にか、月島が一護の背後に迫っていた。

完全に恐怖に染められてしまっている一護は、無意識に月島から距離を取ろうと後ずさる。

(今すぐコイツを斬らねぇと……けどっ、下からみんなが上がってきたら……)

こちら側の世界の戦いを、大事な人たちに見せるわけにはいかない。

けれど、いつまでも機を待つ暇もない。

やるしかない、と、半ば自棄(やけ)になって力を込めようとした、そのとき……


"ドゴォッ"


月島の後ろで、部屋の扉が吹き飛んだ。

立ち込める土煙の中から、銀城が現れる。

「階段は壊したぜ。これで、下から上がってこられるのは せいぜい雪緒くらいのモンだろう」

そう言って、銀城は大剣を肩に担ぎ、一護を見据えた。

「さぁ、これで遠慮はいらねぇ。全力で戦え、一護!」

その声に背中を押されて、一護の顔に覚悟が浮かび上がる。

迷いのない力が代行証に込められて、一護の姿が変わった。


"―――ザッ"


「!」


突然目の前から消えた一護に、月島は全く反応できなかった。

慌てて振り向いた先に一護を見つけたと思えば、眼前にオレンジ色の髪が迫り、殺意に燃える瞳が自分を捉える。


"ザシュッ"


月島の左腕が、斬り落とされた。

「ぐっ……」

場数を踏んできているのか、月島は冷静に一護の姿を分析する。

「……それが君の完現術(フルブリング)か……この短期間でよく成長したね」

一護は目を細めて月島を見据えた。

「褒めてるつもりか? せいぜい今のうちに余裕ぶってろ。俺はテメェを……殺しに来たんだ」

すんなりと口から出た言葉。

"倒す"ではなく、"殺す"と明言した自分に、一護は何も疑問を感じなかった。

大事なものを土足で踏みにじられて、思ったよりも心は怒りに満ちていたらしい。

左腕を失くした月島に向き直り、再び剣を構えた、そのとき……


"ヒュッ……ガシャァンッ!"


部屋の窓ガラスが割られた。

そこから飛び込んできたのが誰なのか。

たとえ姿が見えなくとも、霊圧を感じられなくとも、気配で分かる。

「…………チャド……井上……」

やっぱりか、と苦しそうに目を細める一護の視線の先には、当然のように月島を守ろうとする友人たちの姿があった。

「……双天帰盾、私は拒絶する」

織姫は悲しそうな顔で、月島の左腕を再生させた。

月島は穏やかな優しい笑みを向ける。

「さすがだね。いつも通り、凄い治癒能力だ」

「えへへ、ありがとう!」

織姫の屈託のない笑顔が、一護の胸に痛みを走らせた。

「井上……チャド…………やっぱりお前らも、同じなのかよ……」

茶渡は太い眉を顰め、迷いに満ちた眼差しを一護に向ける。

「"同じ"の意味が分からない……俺は寧ろ、"違う"から戸惑ってる。……一護、お前はどうしてこんなことをしてるんだ?」

織姫も一護の方へ振り向き、眉を下げた表情で訴えた。

「黒崎君……今までずっと月島さんにずっと助けてもらってきたこと、忘れちゃったの?」

「そうだ。朽木を助けられたのも、藍染を倒すことが出来たのも、全部、月島さんが居たからじゃないか」

「……。……は?」

一護の思考回路は完全に停止して、頭の中が全て真っ白になる。

背後に月島が迫っていることにも、全く気付かなかった。

「理解、出来てるかい? 一護」

「!」

聞こえた声を目掛けて剣を振り抜くが、月島も一護の速さに慣れてきたのか、同じ攻撃をくらうことはない。

逃げる月島を、一護は追いかけた。

「待て一護! あまり離れん「よそ見してんじゃないよ」

一護を追おうとした銀城は、ジャッキーの蹴りに阻まれる。

仲間を傷つけるわけにもいかず、次の打つ手を迷っている間に、一護の背中は遠くなった。





一方、月島はある程度逃げると、減速して一護の方へ振り返る。

「SF小説なんかでは、タイムマシンで過去へ戻って未来を分岐させる話がある。物事をいじって変化するのは、決まって未来だよね。それは時間が過去から未来へと向かって流れているとされているからだ」

唐突にSFの世界を語り始め、見下すような眼差しでゆっくり一護の方へ戻ってきた。

「だけど、僕の『ブック・オブ・ジ・エンド』は過去を分岐させる。僕の存在自体を、自在に相手の過去へ挟みこむことが出来るんだ」

一護は剣を構えたまま、警戒を緩めずに月島を睨み続ける。

「……銀城の予想は当たってたってことかよ」

「へぇ、銀城が僕の能力を言い当てたのかい? 驚いたな、甘く見ていたよ。アイツはもう少し頭が悪いと思っていた」

「……」

「ともかく、淋しいだろうけど理解して欲しい。彼らの経験した過去と、君の経験した過去は別のものなんだ」

「ヘッ、持って回ったような言い方すんじゃねぇよ。"自分の能力で既に別のものになった"って言ったらどうだ?」

「それは違うよ」

「?」

「別のものになったんじゃない。今までずっと、君以外の全員が、僕と共に人生を歩んできたんだ。君だけが誤った過去を歩んでる。一人だけ違うなんて淋しいだろう? だけど安心していい。すぐに、その淋しさは最初から無かったことになるから」

「ふ……ざけんじゃねぇ!」


"ヒュッ、バキャァンッ!"


斬りかかった一護の攻撃は、織姫の三天結盾に阻まれた。

「井上っ」

ちらりと、一護が織姫を見た隙を図って、茶渡が拳を振り抜く。


"ゴッ"


重い一撃を何とか受け流して、一護は奥歯を噛み締めた。

「やめろよチャド!」

「どうしてだ、一護っ……俺はこんなことのために強くなったんじゃない……お前を殴るために、強くなったんじゃないのに」

「待ってくれチャド! 俺だって悪魔の左腕(ブラソ・イスキエルダ・デル・ディアブロ)

手加減された一撃。

それでも、完現術(フルブリング)の力しか持たない今の一護には、相殺しきれない霊圧の波だった。

何とかその波を斬り進み、館の外へ逃げる。

「……くそっ、くそっ、くそォ! ……何で……何でこんなことになったんだよ……俺はお前らを守りたかったんだ……それなのに何で……俺はっ……俺は一体何のために力を取り戻したんだよ!」

夜空に吠える一護の目の前に、再び月島が現れた。

一護は怒りのままに体中の力を込める。

「月牙天衝!」

「!」

飛んでくる霊圧の速さに、月島は目を見開いた。

 
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