デュランタ

□9,死神代行の復活
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一方、その頃。

現世では、銀城空吾の下で完現術(フルブリング)の修行中の一護が、今日の修行を終え、家に帰るところだった。

時刻は既に真夜中。


"ガチャッ"


「ただいまー……」

妹たちは怒っているだろうか、と、恐る恐る玄関の扉を開ける。

すると、遊子(ゆず)と思しき軽い足音が、パタパタと走ってきた。

「あ、お兄ちゃん! 良かった! やっと帰ってきた〜!」

「お、おう、悪ィ、遅くなって……」

怒鳴られると思っていた分、笑顔で迎えられて、逆に調子が狂う。

「待ってたんだよお兄ちゃん! 今日は懐かしいお客さんが来てるの!」

「懐かしい客? こんな時間にか? 誰だよ」

「えへへ〜、誰だと思う?」

「ノーヒントじゃ分かんねぇよ」

「じゃあヒントね? 従兄弟(いとこ)の誰かです!」

従兄弟(いとこ)……?」

そんな奴いたか……?

全く思い出せないまま、一護はリビングへと踏み入る。

そして、予想外の光景に固まった。

遊子(ゆず)はというと、楽しそうにくるくる回っている。

「ね? ビックリしたでしょ? シュウちゃんだよ! 燐じいちゃんの法事以来だから何年ぶりだろ〜、懐かしいよね!」

リビングで、我が物顔でソファに座っていたその人物は、ゆっくりと黒い瞳を動かして、一護を見据えた。

「やあ、一護。久しぶりだね」

"シュウちゃん"なんて名前の従兄弟(いとこ)は、一護の記憶には存在しない。

そして目の前に居るのは―――





「月、島……?」




―――月島秀九郎だった。




"ダンッ"

一護は焦りのままに強く踏み込み、月島の胸ぐらを掴み上げる。

「てめぇ……ここで何してんだ!」

「お兄ちゃん!? 何してるの!?」

「どうしたんだよ一兄(いちに)ィ!」

妹たちが血相を変えて一護の腕に纏わりついた。

「シュウちゃん苦しそうだろ!? 放してやれよ!」

「何で!? シュウちゃんが急に来たから怒ってるの!?」

二人は、月島を慕っているように見える。

その不気味さに背筋が冷えるのを感じながら、一護は奥歯を噛み締めた。

「……遊子と夏梨に何しやがった」

月島は一護には答えず、遊子と夏梨の方を見る。

「いいんだよ二人とも。一護は真面目だから、僕がこんな時間までここに居たことに怒ってるんだろう」

「てめぇ、何言ってやがる!」


"ピーンポーン……"


日付を超えた夜中にも関わらず、インターホンが鳴った。

一護が嫌な予感に息を呑む間に、月島がさも当然のように妹たちに命じる。

「あ、遊子、出てあげてくれる? たぶん、啓吾たちだから」

一護は目を見開いて振り向いた。

遊子がパタパタと玄関へ走っていったあと、見慣れた友人たちが次々に現れる。

「こんばんは〜、って、アレ、何だ一護も居るじゃん。もっと菓子買ってくりゃ良かったな」

「あ、ホントだ。なんか一護見るの久しぶりな気がする〜」

「こら一護! アンタ最近 夜遊びしてるんだって? 遊子ちゃんも夏梨ちゃんも心配してたよ?」

啓吾、水色、竜貴(たつき)が、いつも通りの顔で話しかけてきた。

月島という異物を、異物として認識していないかのように。

焦りでいつの間にか呼吸を忘れていた一護は、空気がヒュッと喉に入ると同時、拳をヒュッと振り抜いていた。


"バキャッ"


力任せの拳は月島の頬に直撃し、その細身の体を吹き飛ばす。

ガシャァン、と、月島は窓ガラスに背中をぶつけた。

「きゃあああっ!?」

「ちょっ、一護!?」

「何やってんだよお前!」

一護は揺れる瞳で月島を見下ろしている。

「言え、月島……てめぇ、みんなに何しやがった……なぁおい、月島ァ!」

「一護! アンタ何してんだよ!」


一護の問いに答えたのは、月島ではなく竜貴(たつき)だった。

「アンタが何にイラついてんのか知らないけどさ! 久し振りに会った親戚に何だよこれは! 月島さんに謝れよ!」

「……たつ、き……違う、俺は……」

「何が違うんだよ! いいから謝れ!」

「俺、は……俺は……」

「一護?」

「お兄ちゃん?」

「どうしたんだ?」

「なんか変だぞ?」


……変って何だ。

変なのはお前らだろ……


「一護?」

心配そうに見てくる、妹や友人たちの視線に耐え兼ねて、一護は割れた窓から飛び出した。







「はぁっ……はぁっ……」

一護は走った。

(誰か……誰か真面(まとも)な奴は残ってねぇのか!)

……月島が電話で話しているのを聞いた限り、茶渡と井上も十中八九おかしくなってる。

途中で会ったバイト先の育美さんも、月島を親戚の大人だと思ってた……

「はっ、はぁっ……くそっ!」

一護は走り続けた。

行く当てなどない。

ただ、誰でもいいから、この世界はおかしいのだと、間違っているのは皆の方だと、そう言ってくれる同士に会いたかった。

「一護!」

ここ最近で聞き慣れた声が、後ろから聞こえた。

一護はビクっと肩を震わせながらも、恐る恐る止まって振り返る。

「銀城……?」

つい一時間ほど前に別れたばかりだ。

銀城も、月島に言われて迎えに来たとか言い出すのだろうか……

「……ダメだっ、やられた!」

息を切らせる銀城は、開口一番にそう言って、早口に捲し立てた。

「リルカも、沓澤も、雪緒も、ジャッキーも、全員、月島にやられちまってた……っ」

「全員……全員って……」

「とにかく、話は後だ。どこに月島の息がかかった奴が潜んでるか分からねぇ。今は身を隠す方が先だ、ついて来い!」

点在する電灯が照らす夜道を、銀城は真っ直ぐに走り出す。

一護は縋る思いで、その後をついていった。





しばらく走ると、廃ビルに辿り着いた。

「……ここならしばらく大丈夫だ。ここは全てのアジトが月島に知られたときのために、俺が用意しておいた場所だ。月島どころか、仲間すら誰も知らねぇ」

一護は、両膝に手をついて息を切らせ、ズボンをグっと握る。

「くそっ……くそ! 何でこんなことになったんだ!」

「一護……」

ガッ、と一護は銀城の胸ぐらを掴んだ。

「てめぇのせいだぞ銀城! てめぇが俺を巻き込んだからこんなことになったんだ!」

一護らしくない、焦りに満ちた恫喝を浴びせられるが、銀城は怯まず、悲しげに眉間にしわを寄せる。

「……あぁ、そうだな……。……すまん」

「……っ」

はくはくと、一護の口は動くけれど、それ以上に罵倒の言葉は出てこない。

「くそォッ! ……分かってんだよ、お前らは俺に力を貸してくれただけだ。お前らのせいじゃねぇっ」

「……誰のせいでもねぇよ。自分のことも、責めんじゃねぇぞ」

一護は、ギリっと歯を食いしばる。

それを見下ろしながら、銀城は冷静に自分の仲間たちの言動を思い出した。

「俺に攻撃を仕掛ける直前、雪緒たちはこう言った。"そろそろ思い出してもいいよね"、ってな」

「……思い出す? どういう意味だよ」

「茶渡の話から俺は、月島の能力は記憶を混乱させる能力だと思っていた。……だが、アイツは混乱というより寧ろ、思い出してクリアになったというような口ぶりだった。……おそらく月島の能力は、"記憶の混乱"ではなく、"過去の操作"」

「は……過去……?」

「じゃなきゃ、あんな思い出を語るような言葉は出ねぇよ。……予測でしかねぇが、月島は、斬った相手の過去に自分の存在を挟みこんでる。だから、アイツらにとっては、月島が味方じゃねぇ俺たち二人の方が、正気じゃねぇんだよ」

「そんなこと……出来るのかよ……」

「分からん。……だが、アイツらの言葉を聞いただろう? 月島を信じるとか信じないとか、そんなレベルじゃなかった。アイツらにとって、月島はずっとそこに居たし、過去の人生のどこかで、家族・友人・恋人として、深く関わった相手なんだ」

一護は、自分の世界がパラパラと崩れ、暗闇が拡がっていくのを感じながら、グッと拳を握った。

「……アイツらは、月島を殺せば元に戻るのか?」

銀城は、怒りの灯った一護の顔を見て、視線を伏せるように逸らす。

「……正直に言う。月島を殺しても、元に戻る確証はない」

「は……?」

「だが、解ける解けないに関わらず、アイツらと月島の絆を絶つには、もう月島を殺す以外に方法はねぇ! そうなりゃ、もし解けなかった場合、俺達は人殺しとしてアイツらから一生恨まれることになるかもしれねぇ。……それでも、やれるか?」

「……っ」

一護は即答できず、息を呑んだ。

すると……


「あーあ、物騒な相談してるなぁ」


幼気(いたいけ)な少年の声が聞こえてきた。

二人が振り向けば、雪緒が戸口に立っている。

「なっ……どうしてここが……」

「どうして? 何言ってんの。いつものことだろ? 離れ離れになるときは、いつもお互いにどこ行ったか分かるようにしてるじゃん」

銀城の肩から、発信機を模したドット絵が飛び出し、雪緒の元へ戻った。

「やっぱり、どうかしちゃったんだね、空吾……。ま、いいや。さっさと帰ろう? 心配しなくても、月島さんも僕も、誰も君たちのこと怒ってなんかいないよ。寧ろ可哀想に思ってるんだ。……大丈夫、すぐに真面(まとも)に戻してあげるよ」

「……」

「……」

コツ、コツ、と歩き出す雪緒。

月島の居場所を突き止めるためには、ついていかないわけにはいかず、銀城と一護は後を追う。

これまでの人生で何十回と見てきたはずの三日月が、酷く恐ろしいものに見えた。

 
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