デュランタ

□7,自戒
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決戦から、約十日。

紫月は、ほぼ四番隊に缶詰めで、仕事をしていた。

今回の一件では重症者が多く、大量の薬が必要になったためだ。

毎日毎日、薬を作るか寝るかを繰り返した挙句、ようやく落ち着いてきた。

「……はぁ」

要請のあった最後の薬を作り終え、紫月はため息をついた。

薬作りは好きだが、こう何日もやり続けていると、さすがに別のことをしたくなる。

「……」

ふと、紫月は視線を巡らせた。

そういえばアイツは、ちゃんと治療を受けたのだろうか。

早々に四番隊から抜け出し、鍛錬などを始めて、傷を悪化させてはいないだろうか。

心配になり、紫月は薬倉庫を出た。

最近のカルテが保管されている記録庫へ向かい、日付から、一角のカルテを見つけ出す。

「……」

パラパラと捲っていくうち、紫月のこめかみに血管が浮いていった。

「…あの野郎」

最初の一日目以降、治療記録がない。

治療初日で四番隊から逃げ出したということだ。

先日の戦いで、後悔が残っていたことを考えると、アイツがやることはただ一つ。

「…鎖で縛りつけてやる」

紫月は、背後にゴゴゴゴッを纏いながら、記録庫を後にした。

足早に医療道具の鞄を取りに行き、四番隊舎の出入口へ向かう。

……その間、すれ違う隊員たちは、紫月を見るなり壁にへばりつき、道を開けていた。





ズンズンと、恐竜でも歩いているような足音をさせて、紫月は十一番隊舎にやってきた。

怒っています、と、顔にも霊圧にもくっきり浮き出ている紫月を見るなり、十一番隊の隊員たちは、こぞって道を開ける。

「うおっ、紫月さん!?」

「なんか、スゲー怒ってね?」

「班目三席、今度は何したんだ…?」


紫月は、道場の前までやってくると、思いっきり扉を開けた。


"スパタァンッ!"


響き渡った音に、竹刀で打ち合いをしていた隊員たちは、ビクっと肩を揺らす。

紫月は怒りに染まった空色の瞳で、道場の中を見渡した。

しかし、あの目立つツルツル頭は見つからない。

「…ちょっと、そこの」

「ひぇぁっ、はいっ!?」

紫月は近場の隊員の肩に手を置いた。

「…班目三席、どこ」

隊員は滝のように汗を流して答える。

「ま、斑目三席でしたらっ、ついさきほど、稽古の休憩に散歩に行かれましたが…っ」

すれ違ったか。

紫月はくるりと踵を返し、道場を出ていく。


"ガラッ、ピシャンッ!"


引き戸が閉まると、隊員たちはため息と共に肩の力を抜いた。






十一番隊舎を出た紫月は、今までの一角の行動パターンから、可能性のありそうな散歩ルートを探した。

通りすがりの隊員にも、一角を見ていないか訊きながら、瀞霊廷内を歩き回る。

(…手間、かけやがって)

連日の激務で疲れきったところに、この仕打ち。

一歩踏み出すごとに、紫月の怒りボルテージが上がっていった。


…しばらく歩くうち、普段は馴染みのない、五番隊舎まで来てしまった。

ここまで来ても鉢合わせないということは、またすれ違って、アイツは十一番隊舎に戻ってしまったんじゃないだろうか。

そんなことを考えていたとき…


なァ、アンタ


どこからか、一角の声がした。

声のする方を見れば、塀がある。

紫月は周囲を見渡し、誰も見ていないのを確認すると、そっと塀の屋根へ飛び上がった。

一応、他隊のため、勝手に敷地に入ったとバレれば、怒られる。

屋根の上に着地してみると、通路を挟んで、もう一つ向こうの塀の屋根の上に、探していた後ろ姿が在った。

剃髪頭が日の光を反射し、光っている。

どうやら、塀の内側に居る誰かと、話をしているらしい。

一角は塀の内側へ飛び降りていった。

紫月は小さくため息をつき、一角が居た塀の屋根に、音を立てないように飛び移る。

霊圧を抑えて、こっそり覗き見れば、一角は一人の女性死神に歩み寄っていた。

「アンタ、見たことねぇ顔だが、名前は?」

「え、あぁ、朝比奈(あさひな)千晶(ちあき)です…」

腰まである長い茶髪、柔らかい人柄を感じさせる、茶色の瞳。

顔立ちからして、自分や一角より、少し年上のような気がする女性だった。

手には、始解された斬魄刀と思しき、黄金色のコルセスカが握られている。

「何席だ?」

「いえ、私は席官ではないので…」

「あんだけスゲェ槍捌(やりさば)きでか?」

「あまり役職に(こだわ)らないものですから…」

一角は、千晶(ちあき)というその女性に詰め寄った。

「妙だな」

「……はい?」

「それほどの腕前、席官じゃなくとも名は上がるはずだ。それなのに、俺はアンタの名前を知らなかった。…まさか、新入りとか言わねぇよな?」

「あー……新入りと言えば新入りです。100年ぶりに復帰したので」

「100年……ってまさか、100年前に虚化実験だか何だかをされたっつー集団の!?」

「え、えぇ、まぁ…」

紫月は、あの仮面の軍勢(ヴァイザード)とかいう集団の一人か、と、記憶を探る。

―――数日前、尸魂界全土を、とある伝達事項が巡った。

100年前、藍染の策略により、九名の隊長・副隊長が、虚化実験の被害に遭った。

彼らは、中央四十六室の判断により、虚として殺処分されるはずだったが、元・十二番隊長の浦原喜助、元・二番隊長の四楓院夜一、元・鬼道衆総鬼道長の握菱鉄裁の手によって救い出され、現世に潜んでいたそうだ。

その九名のうち、五名が、今回、護廷十三隊に復帰したらしい。

彼女、朝比奈(あさひな)千晶(ちあき)も、そのうちの一人というわけだ―――

彼女の正体を知った一角は、いきなりビシっと背筋を伸ばした。

「失礼しました!」

「……え?」

「俺は、更木隊・第三席、斑目一角っていいます!」

「ザラキ……あ、十一番隊の?」

「はい! ……あの、朝比奈さん」

「な、何でしょう…」

「俺に、戦い方を教えてください!」

言って、ピシっと90度のお辞儀をした。

「え……ええっ!?」

紫月は、少し目を見開いて、一角と千晶(ちあき)のやり取りを見つめた。

…あの一角が、更木隊長以外に師事しようとするなんて。

「ちょ、ちょっと待ってください! 話が見えないんですけど!」

「朝比奈さんの槍捌(やりさば)きに惚れたんス。…俺はもっと強くなりてぇ。だから! 俺に戦い方を教えてください!」

「いや、ぇえ? ……あの、私以外にも、もっと強い人がいらっしゃるのではないかと…」

「いいや、槍捌きに関しては、朝比奈さんの右に出る奴ァいねぇっス」

「あ、あぁ、確かに槍型の斬魄刀は珍しいですけど……え、えっと、あなたも槍型の斬魄刀なんですか?」

「正確に言うとちょっと違うんスけど……ていうか、敬語いいっスよ」

「え、あぁ、ありがとう……じゃなくて!」

「よろしくお願いしゃス!!」

「い、いや、えっと……。……はぁ…」

千晶(ちあき)はため息をついて項垂れた。

どうやら、押し負けたようだ。

「…分かった。でも、まずはお試しからね。君がどんな人物か知ってから、今後どうするか決めさせてくれる?」

「ありがとうございます!」

 
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